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ぺち音

 モールス信号。


 もはや知らない者はいないであろうが、電信などで用いられる短音と長音からなる符号化された文字コードである。


 モールスの名は十九世紀アメリカの考案者の名前からとられているので実際にはヴェルニー達が使っているものは「モールス信号」ではないが、簡略化のためこの物語ではそう称することとする。この世界における遠距離での意思疎通を図るための決まり事、と考えて欲しい。


「んで? 何を聞きたいっつうんだよクソガキ」


 ぺち、ヒュン、ぺち、ぺち、ヒュン……


 スケロクはスプリガンと会話を続けながらもちん〇んを振り、その風を切る音と、腿を打つ音でモールス信号を送ってくる。これにいったいどのような意図があるというのか。


「どんな旅をしてきたのか教えてよ。ティルナノーグの事も別の旅人から聞いたんだ」


「旅の事って言われてもなあ」


 ヒュン、ヒュン、ぺち。


 ヴェルニー達はちん〇んを振り回す音に耳をそばだてる。


(こどもじゃない……ぎたい、擬態して、いる?)


 ちん〇んに、深く、集中する。


 なんとスケロクは、話しかけてきたのは子供ではないと、子供に擬態しているだけだと言っているのだ。


「俺達はダンジョンを通ってきただけだ。他の奴らと同じ道をな。新しい情報なんてないぜ」


「じゃあお兄さん達が元々暮らしてた世界の事を教えてよ」


 スケロクは応えながらもちん〇んを振る。ヴェルニー達は会話の方は無視してスケロクのちん〇んのみに、深く、深く集中する。このちん〇んだけが、光の差さないこの世界での、彼らの命綱なのだ。


 細く、頼りないちん〇んかもしれない。それでも彼らにとってはただ一つの拠り所。硬く、そそり立つ堅牢なる最後の砦なのだ。


(さっきを……殺気を? かんじ、る。こいつはたぶん、ひとを、くう。人食いの化け物か?)


 事態は切羽詰まっているように感じられる。ヴェルニーはスプリガンに聞こえないような小さな声でルカとグローリエンを近くに呼ぶ。互いの位置を把握して、いざとなれば一気にスプリガンから逃げる算段である。それにはヴェルニーの方からもスケロクに連絡を取らなければならない。


ぺち、ヒュン、ヒュン、ぺち、ぺち……


 『だっしゅつの じゅんびを ととのえている』ヴェルニーもスケロクにちん〇んモールス信号を送る。


 スケロクからは『あいずとともに すぷりがんをパスして はしって にげる』と答えが返ってくる。二人の間をちんぺち音が飛び交っている。


『ぐろーりえん めくらましを たのむ』


「ねえ」


 スケロクがグローリエンに指示を出した時であった。


「ちん〇んの音がぺちぺちうるさいんだけど」


 それはたしかに。


 しかもスプリガンから見れば音だけでなく実際に腰を振ってぺちぺちぺちぺちやっているのだ。鬱陶しいことこの上ない。


「ああ? これはただのストレッチだ。気にすんなよ」


 もはやあまり誤魔化しも効くまい。決行の時だろう。しかしそもそもこの暗闇の世界で目くらましなどできるのか。そうグローリエンが聞き返そうとした時だった。あることに気づいた。


 そう。グローリエンにはちん〇んが無いからぺち音を出すことが出来ないのだ。危機的状況である。彼女の貧相な乳では音を出すには心許ない。グローリエンは隣にいたルカにスケロクへの伝言を頼む。


(分かりました。『めくらましが できな……』)


 だが、ここでも新たな問題が発生したのだ。彼の身体的特徴からくる通信の不具合。すなわちちん〇んが短すぎて風切り音を出すこともぺち音を出すことも叶わなかったのである。何という悲劇。いくら腰を振ってもぴこぴこと可憐な花のつぼみが揺れるだけで、音が出ないのだ。


(いくぞ 三、二、一……いまだ)


 まずい。状況を把握できていないスケロクからのちんメッセが飛んでくる。


「ねえ、何か企んでるね? 貴様ら」


「ローゼロッセ!!」


 刹那、スプリガンが言葉を発したと同時にグローリエンが炎の魔法を発したのだ。


「ぐあっ!?」


 その炎は誰に向かって撃ったものでもない。何もない空中に発したのだが、目くらましとしては十分であった。多量の赤外線に驚いてスプリガンが目をつぶり、それと同時にルカ達四人は走り出す。


「化け物!?」


 そして炎の明かりによってルカ達はスプリガンの姿を視認した。確かに太陽の力を借りる照明魔法はその用を成さなかったのだが、炎となれば話は別。グローリエンの魔法によって文字通りスプリガンと周りの景色が炙り出される。


スプリガンは身長こそ低いもののずんぐりむっくりとした筋肉の塊であり、ドワーフかトロールかというような体型をしており、そしてその妖精のような可憐な声からは想像できないほどに醜い顔をしていた。


「一気に走って逃げるぞ!!」


「待て、侵略者め!! 殺してやる!!」


 スケロクの掛け声で四人は山の道を疾走する。辺りは見慣れない植物ばかりではあるものの、やはり森の中であった。一方スプリガンは悪態をつきながらもまだ目が慣れることなく、身動きをとれないでいる。


 スケロクは炎の光が届いている間にペンダントを確認して次のゲートへと走り続ける。


「ぐっ……うう、心臓が……」


「グローリエンさん!? どうしたんです、しっかり!!」


 しかしここでまた予想外の事態が発生した。今度はグローリエンが苦しそうに胸を押さえてうずくまり、身動きが取れなくなってしまったのだ。


 この世界の何かが影響しているのか。彼女の身にいったい何が起こったのか。


「グローリエンさん、僕におぶさって!!」


「大丈夫かルカ! 次のゲートはすぐそこだぞ!!」


 先行していたスケロクとヴェルニーが心配そうに叫ぶ。


 だがルカも冒険者だ。最低限の体力は備えている。小柄な少女一人お背負って森の中を走ることなどわけない。


 都合上彼女の柔らかい肢体を背中越しに直に受けての移動という、大変羨ましいシチュエーションではあるものの、後ろから妖精の用心棒であるスプリガンの追跡を受けながら、というのではそんな余裕はあるまい。


「見ろ! ここが次の階層へのゲートだ。光が見えるぞ!!」


 スケロクの言葉の通り、次のゲートが見える。


 不思議なことではあるがまっくらな森の中、ゲートの入り口である洞窟だけが逆に光を放っているという状況。ルカ達はその穴へと飛び込んでいった。

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