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モールス信号

「どうしたんだ、スケロク?」


 ヴェルニーが心配そうに声をかける。少し低いところから声が聞こえる。どうやら心臓が苦しくて地面に這いつくばっているようである。


「ちょっとカマソッソ、これどういうことなの!?」


「え、知らねえよ。こんなん初めて見た」


 どうやらこの世界の特質が何か影響している、ということではなさそうであるが、いったい何が起こったのか。スケロクはまだ荒い息を吐いている。


「ふぅ……もう、大丈夫だ」


「ホントに? 全然大丈夫な感じじゃなかったけど?」


「ああ。不思議と今はなんともねえ。さっきまでの痛みが嘘みてえにな……ん、カマソッソは行っちまったか」


 どうやらカマソッソはこのどさくさに紛れて逃げてしまったようである。グローリエンは舌打ちをするが、しかし別にまだ何か用事があるわけではない。


「まあ、とりあえずは先に進むとするか。スケロク、回復したばかりで申し訳ないが、ゆっくりでいいから先行してもらえるかい?」


「もう大丈夫だ。気にしなくていい。さっきのはアレだ、持病のしゃくだ」


「そんな持病なかったよね」


 さて、暗闇の中でじっとしていても話は進まない。一行はゆっくりであるが先へ進むこととなる。木々や草の匂いからどうやら森の中のようである。


 まっくらな森の中、ペンダントの指し示す方向を手で触って確認し、スケロクを先頭に進む。木の根や段差に足を取られながら進む様は(めし)いのそれである。


「ずっとこのまま進むんですかね……でも今進んでるこれって、『道』……ですよね?」


 獣道……のようにも感じられるが、確かに違う。明らかに何か「意志」を持った

生き物が踏み固めた道だ。

 つまりはそれを踏み固めた者がここに生活しているのだという証でもある。


「油断するなよ。俺も警戒はしてるが、万全じゃねえ。ルカ、索敵しながら進むぜ」


 スケロクがそう言うとルカは思い出したかのように竪琴の弦に指を伸ばす。


 奏でたのは今までに聞いたことのない曲であった。


 曲自体は何でもいいのだ。弦を弾き、空気を揺らす。その波紋に魔力を乗せ、遠く、遠くまで力を運ぶ。何か魔力を纏っているものがあれば波は反射してルカの元に戻ってくる。


 優しく涼やかな音はスケロクの音の探知を邪魔しない。


「いい曲だ」


 ぼそりとヴェルニーが呟いてから再び前に進み始める。


 あまり披露する機会はないものの、ルカは楽器をリュートから竪琴に持ち替えてからというものの練習もかねて事あるごとに音楽を披露している。


「幻想的な曲ねえ。それこそ妖精でも出てきそうな……」


― シャタ コ ティ オー スカンナ リヴェ ―



「歌声……?」


― シャタ コ ティ オー ナガ ティルナノーグ ―


 女、いや子供の歌声か。小鳥の囁きのような。まるで鈴の音のような美しい音色に聞こえる。しかし楽器ではない。確かに人の声だ。


 何者かが、ルカの竪琴の演奏に合わせて歌っている。


「ティルナノーグ……」


― シャタ コ ティ オー スカンナ リヴェ ―


― ナーガ ティルナノーグ ―


 もはやスケロクでなくともはっきりと感じられる。すぐ目の前まで何者かが近づいているのだ。気配は感じる。しかし足音を殺しているのか、それとも美しい声が示す通り小柄なのか、その大地を踏みしめる音を察するのは至難の業。


 そして当然ながらその姿を拝することは此れ(あた)わず。


 仕方なくルカ達はその高い声と、それを発する口の高さから姿を想像するしかあるまい。そこから察せられる姿は、やはり妖精のような可憐な子供であろうか。


「うふふ、お兄さんたち、裸だね」


「おう、裸だぜ」


 スケロクが応え、ぺちぺちと音をさせる。おそらくは何かを左右に振って太ももを叩いている音であろう。先ほどもカマソッソが言ってはいたが、向こうからはこちらが見えるのだ。


 「光」とは電磁波の一種である。


 だがこの地表にはルカ達に見える、特定の波長をもつ可視光は届かない。その代わりに赤外線や紫外線、その他各種電磁波が彼らの目には見えているのだろう。


「おにいさん、その竪琴、魔力を込めるのをやめてよ。眩しいんだ」


「え? ああ、はい」


 何が何だか分からないままであるが、ルカは演奏をやめた。どうやら人の発する「魔力」も「光」や「電磁波」の一種であるらしく、彼らにはそれが見えるようだ。


「なぜこれがティルナノーグの歌だと?」


 ヴェルニーが問いかける。


 ルカは先ほどの曲について何も言っていなかったが、ヴェルニー達はそれを感じていた。「これは、ティルナノーグについて謡った曲だ」と。それほどの表現力が今のルカにはついてきているのだ。


 だが、一緒に冒険をしたわけでもない目の前の人物は、なぜそれに気付いたのか。


「この『まっくら森』はね、見えないものが見えて、見えるものが見えなくなる。光の中で見えないものが、闇の中に浮かんで消える。さかなは空に、小鳥は水に。卵が跳ねて、鏡が歌う。近くて遠いまっくら森」


 何を意図しての発言なのかがよく分からない。何を言っているのかもよく分からない。


「僕は妖精スプリガン。このまっくら森を守っている妖精」


「そう」


 こちらの話を振り返ることなく自分の言いたいことだけ喋っているように感じられるが、彼の中では繋がっているのだろうか。


 そもそもここまでで分かっているが、異世界に暮らす人間はあまりにも「常識」が違いすぎる。まともに会話が成立すると思わない方がいいだろう。


 それならばまあ無理にコミュニケーションをとる必要もあるまい、そう考えて無視して先へ進もうかとも考えたヴェルニー達であったが、向こうはまだ話が終わっていないようだった。


「お兄さんたち異世界から来たんでしょう? ティルナノーグは宇宙に近い。君達には見えない光が少し残ってるんだよ」


 押せば引くが、引くと押す。妙な会話のテンポに調子が狂いそうになる。しかしそれでも会話はどうやら成り立っているようではある。


 その時ヒュン、と何かが風を切る音がした。


「ねえ、お兄さんたち冒険者なんでしょう? もっとお話し聞かせてよ」


「ああん? なんでそんなことしてやんなきゃなんねんだよ」


 先頭にいるスケロクとスプリガンの会話を聞きながら、ヴェルニーはやはり風の斬る音を聞いた。


 ヒュン、ヒュン、と何かが風を切り、ぺちりと何かに当たる。この音は聞き覚えがある。いや間違いない。ちん〇んが振り回される音だ。


 スケロクがスプリガンと会話をしながらなぜかちん〇んを振っているのだ。何故斯様な事態と相成ったのか。


 ヒュン、ヒュン、ぺち、ヒュン、ペチ、ペチと会話に紛れて。リズミカルに音が聞こえる。


(これは……)


 その音の組み合わせに、ヴェルニーは何かを思い出した。


ヒュン、ぺち、ヒュン、ぺち……


(モールス信号!?)

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モールスチン号?w
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