見えない太陽
「不毛な一晩でしたね」
結局夜遅くまでリョウとサチコの熱いチョコミント愛を聞かされたものの、結局それはどう足掻いてもルカ達には「ピンとこない」ものでしかなかったし、所詮はチョコチップ抜きのチョコミントである。片手落ち感がある。
チョコミント一党の集落を越えてさらに北の山道を進む。ペンダントの反応を見るとそろそろ次のゲートが近そうだ。
「ぶっちゃけて言うとよ、最初の黒い奴らの家に泊まったらそれはそれでまた碌なことになってなかったような気はするんだよな」
スケロクの言葉に全員が同意する。
「なんというかですね、差別って、する方だけじゃなくされる方も心が歪んじゃうんだなあって」
ルカが自分の考えをまとめながら話す。
「思ったんだけどさあ」
ほとんど獣道と言っても差し支えないような山の中を進みながら、グローリエンが口を開く。
「差別を受けてきた人たちが、それから逃れて解放されたとして、じゃあその後差別のない世界を作るかって言うと、そうでもないのよねぇ」
最初の村のズマも、今のチョコミント派の連中も、随分と他の連中を蔑むような態度が見られたのは事実である。
「自分が差別されてきたからこそ、今度は差別する側にまわろうとする、ってことなんですかねえ?」
何ともやりきれない感が拭えない。
「思うんだがよ、差別ってそんな悪ぃことか?」
「えっ!?」
スケロクの言葉に一同は驚きの声を上げる。一般的な社会の良識としては、普通に考えれば「差別」は「悪」であるというはずであるが、そんな開き直りのような言葉が出てくるとは思わなかった。
「ああ~、ちっとこじつけではあるんだがよ、基本的に人ってのは自分と違う習慣や、文化を持ってるもんに対して警戒感を持つもんだろ」
このダンジョンに入ってからも、行く先々で人々の新設は受けてはいるものの、所詮は「客人」であり、「隣人」ではない。
「多分だが、今は俺達は『客』だからもてなされたが、これが永住しようもんなら差別されそうな気がするんだよな」
「全裸だからですか」
「全裸だからだな」
服を着ろ。
「差別もよ、多分生物としての正常な他者への反応の一つなんだと思うぜ。ヴェルニーはどう思う?」
今回の世界では特に感情の高ぶりを見せることのなかったヴェルニー。とはいえ、ただただアイスが美味しくてご満悦だっただけということはない。
「そうだね。生存権を脅かすような苛烈な差別も良くないが、差別の全くない世界というのも……いや、そんなものそもそも作れないんだろうね。不老不死だって、健康に、無病長命を願うのは生物として当然なんだろうけど、不老不死はやりすぎだ。だから歪みが出る」
要するに、何事も「やりすぎは良くない」ということである。
なんだかんだで当たり前の意見に落ち着いたような気がしないでもないが、その「当たり前」を維持することがどれほど難しいのか、手に入れるのがどれほど難しいのか。今ある当たり前に感謝。
「おっと、どうやらあれが第四階層への入り口みたいだな」
「早いところ行きましょう。正直この世界、なんというか……あさましい感じがしてちょっと嫌なんですよね」
ルカの言葉に近しいものをみな感じていたためか、特に反論するもの無く大人しく大木のうろの中へと入っていく。
ティルナノーグは正直言って唾棄すべき邪悪な世界であると全員が感じていた。だが、それはある意味では仕方ない事なのだ。元々邪悪な意図をもってそんな世界を作ったのではない。
誰もが誰も。世界を良くしたかっただけなのだ。
誰もが自分は生きたい、と願い、社会に続いてほしい、と願う。しかし一つ一つの事象が間違っていなくとも結果として訪れたのはあの最悪な、地獄のような世界である。
きっとダグザはティルナノーグの住人を虐殺するであろうし、ティルナノーグの住人はダグザを殺そうとし、子供を殺し続ける。しかしどちらが正義というわけでもないのだ。
翻って見るに、チョコミントとはなんだね。
そりゃ確かに差別は良くないが、逃げた先でさらに差別をしてどうするというのか。人間の浅ましさを見せつけられたようであった。
「あれ、グローリエン? 永続光は、使っているよね?」
「う~ん、使ってはいるんだけど、なぜか光が弱いわね」
言われてみてルカも気づく。元々強烈な光ではないものの、確かにいつもよりも光が弱いように感じられる。
「こんなこと今までなかったんだけどなあ」
とはいえ、光が弱いからといって戻るわけにもいかない。
「まあ仕方ないか。次の階層へ行くまでの我慢だ。さっさと行くことにしよう」
気を取り直して進む一行ではあるが、進むほどに光はどんどんと弱くなっていく。
「出口、みてえだけどよ……」
先頭のスケロクがどうやら通路の先、第四階層に到達したようであるが、その姿はほとんど見えない。とうとう魔法による光は届かなくなり、完全な闇が訪れた。
「あちゃ~、完全に見えなくなっちゃったわね」
「グローリエンさん、申し訳ないけどもう一度永続光の魔法を出してもらえますか?」
「ん~、いや、でもね? 確かに今も出てるのよ、永続光の魔法……」
光を照らす魔法は、確かに出ている。しかし出ているが光が届かないというのだ。魔法自体を何かの力によってキャンセルされているわけではないようである。
グローリエンの永続光の魔法は太陽の力を借りるものである。たとえ空に日が出ていなくとも、太陽が存在しなくなったわけではない。存在している限りは「使える」はずなのだ。
「じゃあこの世界には『太陽がない』ってことですか?」
「いや……そんなはずは……」
そんなはずはない。もし太陽が無いのであれば温度はもっと低い。南方極海の比ではない。約マイナス二七〇度の熱的死の世界である。
「温度は、ある」
ヴェルニーが果敢に第四階層へと進んだようである。暗闇の中でルカ達には見えないが、ヴェルニーは腕を様々に動かして温度の様子を探る。
「いや、これは太陽もあるぞ。上空の、ある方向からだけ特に高い温度を感じる」
「え、どういうことですか?」
ヴェルニーの言葉にルカも第四階層へと降り立ってみた。胸と頭部に熱を感じ、背中や尻側は、それほどの熱を感じなかった。
そして、反対側を向いてみると、今度は背中側が温まってきた。
「これは……見えないけれど、確かに光が、太陽がある。どういうことなんだ、これ」




