フレーバーテキスト
スプーンで掬って、一口分、含んでみる。
爽やかなミントの香りと、冷たい甘さが口の中に広がっていく。
「おいしい」
「でしょう!!」
村人の男が立ちあがって興奮した様子で叫ぶ。しかし冷静さを失っている自分の姿に気づき、小さく咳払いをして座り直した。
「本来ならこれにチョコチップをまぶすんですが、あいにくこの世界でそれを手に入れることはできなかったので……」
「おいしい、おいしい!」
物おじすることのないグローリエンは一瞬のうちにチョコミントアイスを食べてしまった。他のメンバーも元居た世界で砂糖は手に入りにくく、甘味は高価であるため黙々と食べ続けた。
「こんなにおいしいのに、奴らは……」
「えっ……と、このデザートが差別に何か関係あるんですか? おいしかったですけど」
ルカがそう尋ねると、男と、サチコは目を伏せた。
「私達チョコミント派は、元の世界で差別されてきたのです」
ピンとこない。
「我々は、異端とされてきたんです」
全然ピンとこない。
「濃厚なミルクの後味と、濃い甘さが魅力のアイスクリームに、何故清涼感の強いミントをフレーバーとして使うのかと、あまつさえ、あまつさえ奴らは……ッ!!」
「リョウさん!」
感極まって自分の膝を強く叩く。サチコが心配そうにリョウの様子を窺う。
「あまつさえ、奴らは『歯磨き粉の味じゃん』などという暴言を……ッ!!」
なんだか二人は大変に盛り上がっているようなのだが、ルカ達には全くもって全然これっぽっちもピンとこない。
「えっと、すいません。話をまとめると、リョウさん達がチョコミントの味のアイス、クリーム? が好きで、少数派なもんで、差別されてきた、と? そんなくだらない理由で異世界に?」
「くだらないとは何だ!!」
虎の尾を踏む。
「チョコミントなら、差別されても当然だとでもいうのか君は!? いいか、奴らは何も分かってない。ミントが歯磨き粉の味するんじゃなくて歯磨き粉がミントの味を借りているだけなんだ!!」
「す、すいません。差別は良くないと思います。その……」
ルカはアイスに添えられていたミントの葉を手に取ってみる。香りづけと見栄えのために添えられているのだと思って食べずに残していたのだが。
「リョウさん達は、そんなにミントが好きなんですね」
「いや別に」
「えっ、てっきりミントが何か宗教的な意味を持っていて、それで迫害とかされてるのかと……」
「いや全然」
ルカは少し頭の中を整理する。リョウ達は『チョコミント派』のため差別されていた、と言っていた。彼はその言葉をそのまま受け取らずに何か宗教的なものを信じており、その象徴としての食物があのチョコミントアイスなのだと思ったが、どうやら違うようだ。
「え……ってことは、本当にチョコミントアイスが好きなだけ、って話です?」
「だけ……ってなんやねんコラ」
「あっ、いえ」
これ以上虎の尾を踏む事態は許されまい。
「あ~、おいしかった、ご馳走様。ねえ、ちょっとこの世界の星空を見てみたいから外いかない?」
グローリエンの助け舟が入った。ルカ達はリョウ達に一言断って自分達だけで外に出た。
「……そりゃ差別にも濃淡はあるとは思いましたけど」
ルカがため息をつく。
「アイスクリームのフレーバーで差別がどうのこうの言われてもねえ」
グローリエンも正直言って「アイス美味しかった」以外の感想はないし、そんなくだらないことで異世界まで逃げてくるな、とは思った。
「というかよお、あいつらも相当進んだ文明の世界から来てそうな雰囲気は感じるな」
スケロクの言葉にヴェルニーも気づいたことを話す。
「そうだね。正直あの『アイスクリーム』っていうのが美味しすぎて、相当変なフレーバー付けられても僕達なら『美味しい』と感じると思うよ」
正直その通りなのだ。彼らは氷室を使ってアイスを冷やしていたようであるが、よほど好条件がそろっていないと氷菓を作るのは難しいのだ。ヴァルモウエの世界ならば魔法を使う、という裏技もあるものの。
おそらくその時点でリョウ達のいた世界は相当に恵まれている。
その恵まれた世界でアイスの味がどうのこうのだなどと舐めとんのか、というのが彼らの感じた一番大きな感想である。
普通異世界にまで逃げていく差別など、生存権が大きく脅かされる状況で言うことなのではないかと。それが当り前だろう。それがなんだお前らはアイスの味がどうのこうのと。歯磨き粉でも何でもいいだろうが。
「もうここは、余計なことは何も言わずに大人しくスルーして、明日の朝一でさっさとお暇しましょう」
それしかあるまい。
そもそも前回のティルナノーグでも触れた事ではあるが、やはり冒険者は社会の問題に首を突っ込むべきではない。仮に突っ込むにしてもここからチョコミント派の革命を起こすなどと言われても「はあ、そッスか」としか言いようがあるまい。
全員が納得済みで、家に戻った。
「所詮奴らは、歯磨き粉とアイスの区別もつかない阿呆の集団と、我々は雌伏の時を過ごしていたのですが」
しかしまだリョウはヒートアップしたままのようであった。
「ですが私達は、世界の理を覆す、真実を知ってしまったため、この世界に逃げ出すしかなかったのです」
世界の真理を知ってしまったと。
「気になりますよね?」
ならない。
期待されているところ悪いのだが、どうせチョコミントの話だろう。
全く気にならない。
とはいえ、ここはおとなしくスルーして、話を合わせようと決めたばかりである。もう正直さっさと話しを締めて、寝床の準備でもしたいのだが。
「実は、ミントがアイスクリームのフレーバーに使われるよりも、なんと百年も前から、歯磨き粉のフレーバーに使われていたのです」
知るかボケ。
「この事実が世に知られてしまえば、私達は最後のよりどころにしてた『歯磨き粉の方がチョコミントの真似してるだけじゃろがい』という言い訳までも奪われてしまう。それゆえに、異世界に逃げるしかなかったのです」
予想通りどうでもいい話であった。しかし誰一人として「しょうもな……」とは口にせず、スルーを決め込む。
「この世界の連中もそうだ。所詮はチョコミントの良さの分からない下賤な野蛮人だ。今日みたいにチョコミントだけを出せば喜ぶが、バニラを同時に出すと迷わずバニラを選ぶような奴らだ。話にならん」
リョウとサチコの一方的な話は深夜まで続いた。




