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俺の名はダグザ

「へえ、同性愛者はティルナノーグの市民としてふさわしくないと?」


 空気が緊張感を纏う。


 まさかいきなり斬りかかったりはしないだろうが、ヴェルニーは露骨に不快感をにじませていた。


 最近のヴェルニーは彼のパブリックイメージからはかけ離れた「怒り」を見せることが多かった。温厚で、誰に対しても紳士的、柔和な態度で臨み、調整役を買って出る。そんな彼に、いったい何があったのか。もしくはこちらが元々の彼のパーソナリティなのか。


 グリフィス、シェイマシーナ夫妻はヴェルニーの怒りに気づいていないようである。彼らは脳内のマビノギシステムによって思考を統制されている。「敵意」や「悪意」といったものに免疫がなく、他人の「感情」に対して鈍感になっているのだ。


「『同性愛者』は、軽度の、ですがね。かつての世の中には小児性愛者や反政府思考、精神疾患など、『消えた方が世の中のためになる』ような人間がそこかしこに溢れていた」


「消えた方が世の中のためになる、と?」


 もはや一触即発の空気ではあるが、グリフィスはそれに気づきもせずに饒舌にしゃべり続ける。


「このティルナノーグでは全ての市民が不老不死者ですから子供を作る必要はありません。しかし管理の簡易化と、相互監視、自助のために、あくまでも最小単位は一人ではなく二人以上の疑似家族ユニットで管理されています。現在のシステムが同性愛に対応したものになっていないんで、異物は排除するか、『治療』するしかありませんよ」


「治療? まるで同性愛を病気扱いですね」


 グリフィスはコーヒーを一口すすり、喉を湿らせる。


「定義にもよりますが、社会の役に立たず、しかも治療可能であるならばそれは『病気』であるとした方が分かりやすいでしょう」


「結構」


 ヴェルニーは一言言って立ち上がる。その相貌にはいつもの爽やかな笑みが貼りついている。


「いろいろと貴重な話をありがとうございました。私達は次の階層へと進むことにします」


「もういいんですか? もっといろいろとお話をしたかったですが」


 グリフィスはこの期に及んでもまだこの険悪な雰囲気に気づいていないようである。


「そ、そうだよヴェルニー、まだワルプルガさんの事とかも聞きたかったし」


「結構だ」


 グローリエンはまだ聞きたいことがあったようではあるが、それをヴェルニーが制する。もはや彼は我慢の限界なのだろう。それを察して彼女も大人しく引き下がった。ここでもし問題でも起こしてしまえば、冒険そのものが続行困難になる可能性が高いのだ。


「仕方ありませんね。では、あなた達の目的地まで、案内しましょうか?」


「それも結構です。場所はこのペンダントで分かりますから」


「ん……」


 しばし考え込むグリフィス。町内会の役目か何か知らないが、彼らもなるべくならヴェルニー達に自由に行動はあまりさせたくないのだろう。監視下に置いておきたいのだ。


「まあいいでしょう。しかし、決して忘れないでくださいね。無事に次の階層に行きたいのならば、決して問題など起こされませんよう」


 武術の心得もなければ魔法も使えないグリフィスではあるが、戦えば、敵対すれば確実にヴェルニー達が負ける。くぎを刺したのだ。


「もちろん。一宿一飯の恩義は忘れてはいませんよ」


 後ろ髪引かれる思いを残しながら、グローリエン達はグリフィスの家を後にする。


「それにしてもひやひやしたぜ。お前がグリフィスに斬りかかったりすんじゃねえかとよ」


 外のストリートを歩き始めるとスケロクが胸をなでおろしながら大きくため息を吐いた。つられてルカも息を吐き出し、背中を丸める。


 ルカは歩きながら街並みを見回した。朝の早い時間、ちらほらと何か作業をしたり、犬の散歩をしている人を見かける。のどかな住宅街という感じだ。それも恐ろしく清潔な。


「あれ……壁……いや空も?」


 ふと遠くを見てみると、遠くまで続いた街並みが、坂を上るように続いていき、そして霞んで空にまでも及び、そして一周して反対側にまで続いていた。


「なんだこの景色……」


「どうやら円筒型のシリンダーの内部に町があるみたいね」


 平面上の地平しか知らないルカ達には不思議な光景に見えた。円筒の内部に町が貼りついているのだ。


「こういう世界もあるんですねえ……そりゃ価値観ってものがまるで違うのも頷けます」


「とはいえ、こんな歪な世界を理想郷(ユートピア)だなんて呼ぶのは絶対に間違っている」


 歩いているうちに郊外にまで来ていた。大分民家も少なくなり、自然が増えてくる。振り返って街を眺めながらヴェルニーは言う。


「あんなの、人間じゃない」


 おそらく、生活環境としては今まで見てきたどんな街よりも、どんな世界よりも良かっただろう。


 気温は常に一定で、町は清潔。身を焦がす太陽はなく、どこが光源なのかよく分からない柔らかい光の中、安全に町を歩くことが出来る。


 犯罪や暴力とも無縁の世界。不慮の事故もなければ死ぬこともなく、老いとも病とも決別した完全な世界。


 その点だけ抜き出してみればやはり完璧な理想郷であろう。


 ここには『完全』がある。


「まだ先ですね……だんだん雰囲気が怪しくなってきました」


 ペンダントの指し示す先はまだまだ先のようだ。グリフィスが案内をしようとした理由も少しずつ分かってきた。ルカ達を監視する意味もあったのだろうが、進むほど先ほどの住宅街とは違った風景が広がってくる。手入れのされていない木々に、その間に打ち捨てられた粗大ゴミかと思うようなバラック小屋。貧民街だ。単純にこのティルナノーグにも管理を外れた危険地帯があるのだ。


 グリフィスは「反政府組織」があると言っていた。この貧民街がそうなのかもしれない。


 思想も行動も完全に管理された市民達……それは果たして「人」と言えるのだろうか。


 そしておそらくは同じような疑問を胸に抱えた人たちもいるのだろう。そんな人達の吹き溜まりがおそらくここなのだ。


 もしかしたらグリフィスはそんな反政府組織の人間にルカ達が手を貸すことを恐れているのかもしれない。とはいえ、あの圧倒的な力を持ちながら何を恐れるのか、という気もするが。


「異世界の住人か?」


 先ほどから、何者かがルカ達の様子をうかがっている気配はあった。いや、この貧民窟に入ってからずっと、おそらく住人達が遠巻きに彼らの事を観察はしていたのだ。


 スケロクはそれに気づきながらも「敵意なし」と判断してスルーしていたが。


 しかしここにきてルカ達の前にはっきりと意思を持って立ちふさがる人間が現れた。


 手入れのされていない汚い肌にぼさぼさの長い黒髪。汚いぼろをまとっており、絵に描いたような路上生活者ではあるが、しかしその双眸だけはらんらんと輝いている。


「あなたは……?」


 ルカが誰何(すいか)する。


「俺の名はダグザ。奴らに永遠の命を与えた者だ」

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