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信じたかった

「何があった?」


 家畜小屋の方の処理が終わったのだろう。異様な気配を感じ取ってヴェルニーも駆けつけてきた。


「村の方の人達が、僕達の身柄を要求するかもしれないと……僕達の事を家畜と同類と見てるようで……」


 言葉に詰まるルカ。


 その家畜をまさに自分と同類に見たのが自分自身なのだ。無意識下ではあったとはいえ。そして今度は自分はあんな家畜とは違うと、そう主張しているも同様の言葉。あまりにも酷い自己矛盾に心が張り裂けそうになる。


 だが事は簡単ではない。これは単なる自己同一性を孕んだ哲学的な問いかけなどではない。今そこに在る差し迫った危機なのだ。


 ルカはちらりとナフェクたちの顔を見上げる。


 彼らはいったいどう思っているのか。


 まさかトラブルを恐れるあまり自分達を村人に差し出そうとなどしていないか。いや、それどころか「自分も野生のニンゲンを食ってみたい」などと考えてはいまいか。


 竜人の表情に慣れていないルカはそれを結局読み取ることはできなかった。


「ずるいぜイパーシア、自分達だけで独り占めする気なんだろう?」


 だが時はルカ達に考える猶予すら与えることはなかった。数にして五人ほどか、もう村人達がすぐそこまで迫ってきていたのだ。


「ヴェルニーさん!」


 ヴェルニーが無言で剣の柄に手をやったのをルカが見咎めた。彼の殺気はもはやルカにも見て取れるほどに増幅していたのだ。確かに、竜人達の身のこなしを見ていれば武術の心得もなく、また野生動物の様な慎重さも備えてはいないという事は分かる。おそらくヴェルニーとスケロクがひと暴れすれば簡単に物言わぬ骸と化すことが出来ただろう。


 だがそんな事をした場合、ナフェクたちがどうなるか、想像に難くはない。彼らが社会性動物なのはここまでの会話でも十二分に理解できている。そんな彼らが匿っていた者が村人たちを傷つけたとしたら。


 しばし、場が膠着する。ヴェルニー達は一か所に固まりつつ、村人たちと、ナフェクたちに囲まれるような形。相変わらずルカ達には竜人の表情は読みづらい。時々チロチロと口の間から下を覗かせているが、竜人がいかなる方法によって世界を認知しているのかはルカには計り知れない。


 おそらくは強行突破しようと思えばできる。


 竜人達は冒険者の様な切った張ったの世界に生きているような油断ならない身のこなしはしていなさそうであるし、いざとなればグローリエンのヤミゴケの力で相手を傷つけずにかく乱することもできる。だが彼らはあえてそれをしなかった。


「なあ、ナフェク。こいつら服も着てないじゃないか。家畜と何が違うっていうんだ。まさかそんな奴らを庇って自分の立場を悪くするっていうのか?」


 義理を通すべき相手は誰か。今後の事を考えろ。つまりはそういう事である。


「ま、待ってくれ」


 重苦しい雰囲気の中、苦しみ悶えるうめき声の如くナフェクが声を絞り出す。


「彼らは……客人だ」


 その直後、村人側が口を開いたが、声は聞こえず、耳鳴りの様な感覚を受けた。


「だめです」


 それとほぼ同時にルカがスケロクの腕を抑える。彼の腕は小太刀に伸びようとしていた。


「彼らは私が責任もって送り届ける」


「いいだろう」


 なぜか村人達は納得したようで、素直に退いていった。


「さあ、ルカさん達、お送りします。ゲートを使って次の世界に行くんでしょう?」


 グローリエンとヴェルニーはいまいち状況が分かっていないようであったがナフェクに促されるまま彼の家を離れて山の中へと入る。


「結局ここでも休息は取れなかったね……ところで、さっきのやり取りはいったい?」


「ナフェクの奴ら、俺達の可聴領域外の音で何か話してやがったのさ」


 スケロクの言葉にナフェクは申し訳なさそうに俯いて目を伏せる。


「おそらくは油断させてあとで……とかな。さっきの村の奴ら、先回りしようとしてんじゃねえか?」


「ルカくんはそれに気づいてたの? じゃあなんでスケロクを止めたのよ」


「だってスケロクさん、村人を切り捨てるつもりだったでしょう?」


「まあな」


 ルカ達の立場はナフェクが家に招いた「客人」ということになる。それが大暴れして刃傷沙汰を起こしたとなればナフェクたちに類が及ばないとも限らない。


「だからあえて騙されたふりを? もしナフェクさんが本当に僕達を騙して食べるつもりだったらどうするんだい?」


 ルカは申し訳なさそうに立ち尽くしているナフェクを見る。


「彼はそんな事をしないと、信じてましたから……いや、違いますね」


 少し考えこむ。まだ木々の間から少し陰の見える家畜小屋に視線をやった。


「僕が、信じたいと思ったからです。それに、最悪の場合はグローリエンさんの目くらましで何とかなるんじゃないんですか?」


「さあどうかねえ」


 いたずらっぽく笑いながら、グローリエンは胸元のペンダントを目の高さに掲げた。


 やはり先ほどと同じくペンダントの石は磁石のようにある方向を指す。


「追手が来る前にさっさと移動した方が良さそうね。ナフェクさん、いろいろとありがとうね。スープ美味しかったよ」


「……力及ばず、すみません」


 おそらくはどこかで先ほどの村人たちが先回りしており、一網打尽にしようと罠でも仕掛けようとするだろう。ルカ達はそれに先んじて進み、ゲートを探してこの世界を脱出する。


 正直なところを言えば、ナフェクと村人が超音波で話して「何か」に合意したのまでは事実。だがそこから先は分からないのだ。


 村人に嘘をついてルカ達を逃がすつもりだったのかもしれないし、もしかしたらルカ達を騙すつもりだったが、それがバレていることが分かったので今翻心(ほんしん)したのかもしれない。


 もはやそれは分からないし、ルカもそれを追求するつもりもない。


 ただ彼は、信じたかったのだ。

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― 新着の感想 ―
すみません。ちょっとまじめな展開なんですけど、そもそもコイツらが全裸じゃなきゃ家畜と間違われなかったわけで……え? 全裸だったことへの罪悪感とかは?
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