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知性の光

「さあ、ここが畜舎です」


 畜舎はルカが想像していた物とは大分違っていた。


 彼の予想では薄暗く汚いパーテーションで区切られただけの場所に所狭しと人間がひしめき合っているのではないかと思っていたが、畜舎は清潔で、鉄格子と石壁で囲われており、各部屋には五人程度ずつ、十分なスペースがあり、中には毛布も支給されている。


 夜中のため蝋燭の薄明かりだけなのは仕方ない事だろう。むしろこの光景を見てしまうと自分のいた世界の畜舎の非人道(?)的な待遇を恥じてしまうほどである。


 そして中に捕らわれているのはやはりナフェクの言っていた通りルカ達とあまり外見の変わらない人間である。


 額が狭く、頭頂部が若干低い。少し眼窩が突き出たような特徴的な顔立ちをしているものの、おそらくはベネルトンの街並みの中に彼らが混じっていても誰も気にしないだろう、という程度の違いしかない。


「なにか、ジャンカタールの拘置所を思い出すね」


 ルカは何か既視感があると思ったが、ヴェルニーの言うとおりである。ジャンカタールの町で自分達が捕らえられていた拘置所を思い出したのだ。それも待遇改善の前のものにそっくりなのである。


 自分達がこれによく似たものに捕らえられていたことがある、と考えると妙な気分になる。さらにもう一つ、ルカは捕らえらえている彼らに自分を重ねてしまう理由があった。


「当たり前だけどみんな全裸だねぇ。なんか親近感湧くね」


 家畜に親近感を湧かすな、とは思うもののグローリエンの言うとおりである。当然と言えば当然なのであるが家畜は服など着ていない。そしてルカ達もこの通り。彼らを分け隔てている物は鉄格子だけである。


 家畜の方も新入りが来た、くらいにしか思っていなかったのだろう。ルカ達を見たときの反応は鈍かった。というより無反応であった。


「最近の研究では彼らも私達のような『知性』があるんじゃないかって話もあるんで、これでも数十年前よりは大分飼育環境は向上してるんですよ。健康にも気を使ってます」


 ナフェクの説明を聞きながら畜舎の中に視線を彷徨わせていると、ルカは家畜と目が合い、そして視線をそらすことが出来なくなってしまった。


 ナフェクは「知性があるんじゃないか」などと言っていた。


 しかし、この瞳の中に「知性」が無いなどということが果たしてあろうか。


 少なくともルカは、竜人(ドラゴニュート)よりもはるかに高い知性と、そして感情を彼らの中に見たのだ。


「ルカ君」


 ヴェルニーが彼の前に制止するように腕を出したことで、ルカは正気に戻った。


「あまり一頭の家畜と目を合わせ続けない方がいい」


 そんなルカの心の機微を、ヴェルニーははっきりと感じ取っていた。


「でも……」


「『でも』じゃない。ナフェクさん、無理言ってすいませんでした。もう十分です。ありがとうございました」


 不穏な雰囲気を感じ取ったのだろう。ヴェルニーはルカの体を反転させて出口の方へと向ける。ナフェクはほうっと安堵のため息をついた。


 だがそれでもルカは家畜達の方を見ようとする。確かに彼は、家畜達の瞳の中に知性を感じ取ったのだ。それを感じ取ったことだけは誤魔化せない。間違いなくそれを()()()()のだ。


 だがそれは、間違いである。


 気の迷いに過ぎない。


 ルカが確かにそう感じたとしても、彼の見たものは感情論による錯覚に過ぎないのだ。人は、脳の成長に大きな労力を割くために体の成長が遅い。はっきりと言って家畜として不適格である。獣の子は生まれたその時から立ち上がって歩き出すというのにメレニーは半年経ってもまだ地べたを這いずることすらできない。


 彼らが家畜として飼育されているという事実がまさに、彼らとルカ達とは姿形が似ているだけの全く別の生き物に過ぎないということの証左であるのだ。たとえ竜人の生命のサイクルや、この世界の一日の長さが大きく違っていたとしても、家畜として必要な条件はそこまで大きくは違うまい。


 ではルカが感じ取ったものとは何だったのか。


 はっきりと言って外見が似ているからシンパシーを持ったに過ぎないのだ。幼児が人形を友達だと思うようなものである。


「シポ」


 家畜の鳴き声が聞こえた。


「シポ、シポ。ナウカッテ、シルァッフェン!」


 一頭の成熟した雄が鉄格子を掴んで叫び、どうやら仲間にも何か呼び掛けているようだ。


「いけない、興奮してるみたいですね。エサの時間じゃないですが、いつもはこんな夜中に畜舎に来ないからかな」


 ナフェクは独り言を言いながらヴェルニー達に早く家畜小屋から出るようにと促した。


「シポ……シポ!!」


「ただの鳴き声です。さあ、早く外に出ましょう」


 鳴き声などではない。はっきりと意思をもって、会話を試みているのだ。ルカは彼らが「待ってくれ」と言っているのではないかと思った。


 当然だ。


 ここで生まれ、ここで死んでいく。彼らは今日までこの家畜小屋と、せいぜい運動の時に外に出される小さな世界しか知らなかった。この小屋の外で生きていけるなどという発想を持ったことが無かった。


 しかし今宵、自分達とそっくりな生き物が、首輪をつけられることもなく、自由にここに出入りして、歩き回っていることを知ったのだ。


 彼らと自分達のいったい何が違うというのか(実際にはまったく別の生き物であるが)、いや、もしかしたら彼らは自分達を助け出すために今日ここに来てくれたのではないか。そう考えても不思議はない。


 そして先ほどの雄は仲間にも呼び掛けて、大きな声を上げて鉄格子を揺さぶる。もはや騒ぎは自然には収まりそうもなくなってきた。


「くそ、うるさいぞ、静かにするんだ!!」


 ナフェクは小屋の隅に立てかけてあった木の棒で鉄格子ごと家畜の手を叩く。


「ああっぐ!!」


 悲鳴を上げて痛そうに手を引っ込める家畜達とルカ達の間にはもはや言葉の壁すらなかった。自分達と全く同じだ。同じ者が、竜人に鞭打たれているのである。


「行くんだ! ルカ君!!」


 退出を促すヴェルニー。しかしそれと時を同じくして、鉄格子の一部が外れて、小さな隙間が出来た。


さらに先ほどの雄が、そこに腕を滑り込ませ、力の限りを尽くして隙間を広げ、一人の子供を牢屋から逃がしたのだ。


「ああっ、まずい! 誰か、捕まえて!!」


 子供は緩慢な動きで、ルカの隣を通り抜けようとした。

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