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竜の世界パータラ

「そろそろ身を固めるべきなんでしょうか。家族のためにも」


 ― 大人みたいな会話 ―


 想像を超えた衝撃を一行が襲う。


「え? ああ~、あ?」

「あう……」

「うん……ん?」


 冒険者としてはトラカント王国のトップであり、常に耳目を集める存在。誰もが憧れる殿上人の如きものであった三人だったが、このルカの問いかけには揃いも揃って阿呆の様な反応しか返すことが出来なかった。


 それはそうだ。今までの人生で一度も将来のことなど考えたことがなく、ちゃらんぽらんに生きてきたのだ。


 家族を養うために安定した仕事に就く。そう難しい話ではないのだが、ヴェルニー達三人には異次元のような話題であった。


 自分達の後をついてくる可愛い後輩だと思っていたルカが、その実自分達よりもはるかに上の人生のステージに挑んでいたことに今気づいたのだ。


「僕、やっぱり冒険者に向いてないのかなあ」


「い、いやあ! そんなことないよ! ルカ君は才能あるよ、ね! スケロク!?」

「あ、ああ!! もちろんだぜ! お前がいなきゃここまでこれなかったんだからな!!」

「そうよ! ルカくんは冒険者でこれからも稼いでいけるって! 冒険してこそのルカくんだよ!!」


 とはいうものの、よくは分からない。


 子供を一人育てて、妻を養い、ついでになぜかハッテンマイヤーの面倒も見なければならない。それがどれほどの経済的負担になるのか。全く想像もつかない。


「そんなことよりさあ! なんか空気が変わってきたよ! 第一階層、なんだっけ、パータラ? ってとこについたんじゃない!?」


 妙に汗をかき、グローリエンが先の方を指差しながら言う。話題を逸らすのに必死である。


 ルカに冒険者をやめて欲しくない、という気持ちももちろんあるのだが、何より見当もつかない話題をこれ以上振られたくないのだ。


 まあそれはともかく。


 確かディフィニットは『竜の世界』などと言っていた。竜のダンジョンの第一階層が竜の世界に繋がっているとはなかなかしゃれたものである。いつの間にか下るばかりだった洞穴が水平方向に開けており、そのまま細い通路の外に出ることとなった。


 ガルダリキにいたときはまだ明け方であったが、ここはどうやらもう昼のようである。空には太陽がさんさんと照っており、真夏、とまではいかないものの、風は暖かな気配を運んでくる。


「とりあえずさ」


 周囲には緑が溢れている。亜熱帯気候のようにも見受けられる環境は、比較的寒冷なヴァルモウエに住む彼らにはちと暑い。


「世界の危機かもしれないんだ。冒険者を続けるかどうかは、それが片付いてからでもいいんじゃないのかな?」


 額に汗をにじませながらヴェルニーが微笑む。


 確かに、世界が滅んでしまえば安定した職もへったくれもないのだ。そして、この危機の最前線にいるのがまさに彼らなのである。


 そしてヴェルニー達の本音を言うと「そんな難しい事相談されても分からない。この生き方しか知らない」である。


「その話題もういいか? お客さんみてえだぜ」


 早くこの話題を終わらせたいのはスケロクも同じ。少し遠くからがさりと草葉の揺れる音がした。


「気配を殺している雰囲気はねえ。とりあえずは敵対的じゃねえと思う」


 とはいえ、どんな状況にでも対応できるようにスケロク達は構える。やがて藪を掻き分けて姿を現したのは二メートルと少しほどの体高のある竜人(ドラゴニュート)であった。


「めずらしい。ガルダリキからのお客さんかね?」


「ああ、いや……」


 「竜の世界」などと言われていたので、ある程度は「こんな生物が出てくるだろう」と推測はしていた。そのため大きな驚きはなかったのだが、まさかいきなり「自分達の言葉」で話しかけられるとは思ってもみなかった。


「違うのかい?」


「いや、違いません。ガルダリキの方から来ました。ガルダリキの住人……魔人(デーモン)ではありませんが」


 落ち着いてヴェルニーが対応する。


 元々ガルダリキ側から通じていたダンジョンなのだ。そしてこのゲートを通ってヴァルモウエ側に移動している魔人も多い。おそらくこの竜人もデーモンを見たことがあるのだろうという事は想像がつく。


「ふぅん、違うのかい? いまいち違いがよく分からないが、まあ本人が違うというんだから違うのか」


 なんとも理屈っぽい喋り方をする竜人である。一同はとりあえず自己紹介をした。竜人の名はナフェクといい、すぐ近くの小屋に家族と住んでいるらしい。


「どうだい、もうすぐ日も暮れてくる。今日はうちに泊まってそちらの世界の話でも聞かせてくれないかい? 口に合うかどうかは分からないが、食事ぐらいは出すよ」


 ダンジョンに向かってからこっち、ろくに休憩をとっていないのだ。もう二日ほどにもなる。正直言って疲労も限界ではある。


 とはいえ、よく知りもしない人間をそこまで信じてしまっていいのか、という考えもある。ルカの脳裏には黄泉平坂でヴェルニーから言われた言葉を思い出した。


 曰く、冒険者というものは、本質的には侵略者なのだ。


 自分が歓迎されているはずだなどという驕りはもうない。むしろ逆だ。単純に竜人の外見が怖いのである。


 巨人ほどではないが大柄な体に耳まで裂けた口、人の言葉を解すものの、その口から言葉が紡がれるたびに覗く牙は肉食獣のそれである。


「まあ、せっかくだから……」


 しかしそれはそれとしてお世話になることにした。何しろそれを拒否する根拠は「外見」だけなのだ。ここまではっきり言ってこの竜人は非常に紳士的な対応であったし、何より屋根のある場所で寝られるのは非常に魅力的である。食事もクラッカーには飽いていたところだ。


 ルカは胸元のペンダントを見る。


 胸板に寄りかかっていたそれを少し宙に浮かすと方位磁針のように一点を指す。ディフィニットに聞いた話ではその先に次の階層に向かうためのゲートがあるらしい。そして、そのゲートを使えるのはペンダントをしている人間だけだとも。


 何よりも彼らの好奇心が背中を押した。


 彼らの知らない世界の、知らない住人がどんな暮らしをしていて、何を考えているのか。それを目の前にぶら下げられた上で無視して素通りするなどということが出来ていたのならば、彼らは冒険者になどなってはいなかっただろう。

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