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スパイファミリーみたい

「帰る時の事なんも考えてなかった」


 失態である。


 竜のダンジョンの第六階層から転送魔法で送られてきたルカ達は、帰りのことなど何も考えていなかった。もう転送位置からは大分離れてしまったが、そういえばここに来た時すでにワープゲートも閉じていたように記憶している。全く帰る方法がない。


 ルカはちらりとグローリエンの方に視線を送る。


 彼女は転送のことについて何やらごちゃごちゃと小うるさいことを言っていたので、何か知っているのでは、との甘い目算であった。


「知ってるわけないでしょ。そもそも私は転送に反対だったんだから。


 当然の仕儀である。


「ああ~、ヴァルモウエに帰りたいんなら竜のダンジョンから通っていくしかないですよ」


 確かにディフィニットの言う通りだ。実際アストリット達はそこから侵略してきているのだから、既知のルートとしては確実である。そうでなくとも百キロ以上ある大断絶を飛び越える方法などありはしないのだが。


「じゃ、魔王様。私はこの者らを送ってきますんで」


 何ともあっけない別れ。結局得られたものはほとんど無かった。が、全く無かったわけではない。ワルプルガ、おそらくその名前の女性がこの世界の成立に深くかかわっているのだ。そしてそのカギはおそらくダンジョンの中にある。


 ルカ達もバルトロメウスに向かって挨拶をすると、魔王は優しく微笑んだ。


「世界は常に太陽とともにある。たとえ見えずとも、我らを照らしているのだ」


 何とも曖昧な意味の分からない言葉だ。太陽なら目の前に上ってきている最中ではないか。これはいよいよもって本格的に後が無いのかもしれない。


 そう思いつつもルカ達はディフィニットの案内のもとダンジョンの入り口へと歩く。


「まさか竜のダンジョンをガルダリキ側から攻略することになるとはね」


「どちらにしろ、このダンジョンは攻略しなければならなかったと思いますよ」


 独り言ちるヴェルニーにルカが答えた。


「やっぱり、このダンジョンには『意思』がある。人が作ったものなんだから当たり前なんですけど、これだけのものを作るには、それだけの『意思』がないとできない事ですよ。もしかしたら、このダンジョンのどこかに、当時の『意思』が生きているのかも……」


「ロマンに浸るのは結構ですがね」


 ルカ達が話しながら歩いていると地の底深くに続く虚ろな入口が現れた。人口の建造物、ダンジョンの入り口というよりは偶然現れた地の裂け目にしか見えない。


 ディフィニットは浮遊していた体をその入り口の脇に降ろしてルカ達の方に向く。もう大分全裸にも慣れたようである。


「私らデーモンにあまり期待しない方がいいですよ。所詮は向こうのあんたらとは違って享楽的な連中の集まりですからね。爵位なんてもんをつけて表面上真似をしてるけれども、『根本的な価値観』が違うと思った方がいい」


 長くとも寿命が百年は超えない種族と、魔族とで価値観がまるで違うのはよく分かる。同じヴァルモウエの中でも巨人族とルカ達の価値観は決定的に合わなかったのだ。


「それでも、共通することはあるはずですよ。ヴァルメイヨール伯爵の、夫への愛は本物だと思ったし、きっと魔王様も……」


「ふふ、そう願いますね」


 鼻で笑ってディフィニットは何やら懐からネックレスの様なものをいくつか取り出し、一人一人に渡した。エメラルドのような美しい小さな宝石がはめられている。


「こいつは座標です」


 ネックレスを首から提げていると、ディフィニットは説明を始めた。


「これからあなた方は、次元を捻じ曲げて繋げた別の世界を彷徨(さまよ)うこととなる。その石の導きに従って進み、石によって『座標』を固定されていれば、迷うことはないはずです」


 ルカやヴェルニーにはその言葉の意味は分からなかったが、どうやらグローリエンには心当たりがあったようである。


「なるほどね。思った通りダンジョンを『掘る』ってのはあくまでも観念的動作に過ぎなくて、実際には隣り合った別次元の世界をいくつか経由して南に繋がっているってことね」


 ディフィニットは応えず、笑みでもって肯定した。


「それでは、第一層は竜の世界パータラ。良い旅を」


 言い残すとやはり波に漂うクラゲの如く、ふわりと浮いてどこぞの空へと消えていった。


「信じていいもんかね、あいつを」


「少なくとも敵意は感じなかったわ。それに他に方法なんかないでしょう?」


 グローリエンの言う通り、他に方法などないのだ。行きはよいよい帰りは怖い。怖い道でも通りゃんせ。まるで奈落に飲み込まれていく罪人のように一行は岩の裂け目を下っていく。


 中はまるで人の手の入っていない洞穴のようであった。


「これは、もしシモネッタさんが来ていたら難儀しただろうね」


 ヴェルニーがなんとなしにここにはいないメンバーの名を呟く。シモネッタとハッテンマイヤー、それに赤子のメレニーはベネルトンの町に置いてきた。敵陣のど真ん中に突っ込んでいく危険な作戦であったからだ。


「本当に彼女達を置いてきて、良かったのかい?」


 ヴェルニーが尋ねると、ルカはしばらく黙ったまま洞穴を下りていたが、やがて重い口を開く。


「まだ悩んでいるんですよ、正直」


 だが、彼が悩んでいるのは彼女達を町に置いてきたことではなかった。グローリエンの使用した永続光コンティニュアスライトの薄暗い光の中、一歩一歩足元を確かめて進みながら、同じようにルカは自分の言葉を踏みしめ、自分の考えを確かめながら喋る。


「家庭を持った僕が、冒険者を続けていいのかな、って」


「!?」


 全員がその言葉に驚嘆した。まさかそんな重い事を考えているとは思わなかったのだ。


「まだ結局籍は入れてませんが、妻も子供もいる身で……いや実際には妻でも子供でもないんですが」


 一緒に暮らして、メレニーという乳児を育てているものの、ルカはシモネッタに基本的には指一本触れていないし、そもそもメレニーはルカの娘ではない。


 本来なら彼女の実家に送り返してしまってもいいのだが、「ダンジョン探索の結果赤ん坊になっちゃいました」と彼女の両親に言うこともできず、仕方なくずるずると子育てをしているのが現状。ある意味仮面夫婦である。


 しかし仮面を被っていても家族は家族。一家の大黒柱としての重責がルカに重くのしかかっていた。


 実際シモネッタの方も実家との繋がりが切れてしまい(マルセドの方には元ベルナデッタの表向きのシモネッタ姫がいる)、援助も期待できない。


「こんな浮ついた仕事してないで、もっとこう、地に足のついた、手堅い仕事について家族を養うべきなんじゃないか、って」


 誰も彼の言葉に答えられない。


 そりゃそうだ。


 この世界で一番浮ついた連中にどう答えろというのか。完全に聞く相手を間違っていると言うほかない。


 服すら着ていないのだ。


 ルカの告白を聞いた時の彼らの脳裏に浮かんだ言葉はただ一つであった。



― 大人みたいな悩みだ ―

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