エイリアス問題
「え……人を転送できないんですか、その魔法。それだと全然話が変わってくるんですけど。ていうか第八層のテレポーターと何が違うんですか?」
戸惑いを隠せないルカ。グローリエンにその真意を尋ねる。先ほどスケロクの投げた棒手裏剣を一瞬にして移動させた転送魔法。それが彼らが過去に経験したテレポーターと何が違うというのか。
「たとえばよ」
グローリエンは荷物袋から取り出した布切れに炭で二か所、点をつける。
「この二か所を最短、最速で移動するルートは」
「布を折り曲げて繋げるって奴ですよね?」
「チッ」
思わず舌打ちをしてしまったグローリエンだが、小さく咳払いをして実際に布を折り曲げて二つの点を合わせて見せた。
「もちろん、実際に三次元的に二点間の空間が歪曲するわけじゃないわ。私達には知覚できないけど、より高次の軸方向の座標が同じ場所に繋がっていて、そこを経由して移動してるってこと」
「…………」
「…………」
「…………」
「これが第八層にあったテレポーターね。ここまではいいわよね?」
「…………」
「…………」
「…………」
「おそらくはガルダリキからヴァルモウエに繋がっているダンジョンも同じ理屈だと思うわ。これはみんな知ってる事実よね」
「…………」
「…………」
「…………あっはい」
三人とも、示し合わせたかのように言葉を発しない。いったい彼らに何が起きているのか。
「でもこのタイプのテレポーターはその場で自由自在に好きな場所に繋げられるわけじゃないのよ。基本は固定式。ユークリッド空間における座標の移動には限界があるから、これ以外のテレポーターとなると、情報転送により送付先の物質を利用して再構成する方式になると思うわ。これがさっきのだと思うんだけど、非生物ならともかく、生物でこれをするんならエイリアス問題が発生することは魔法学会でも長年のテーマになってたんだけど、ルカくんはどう思う?」
「……はいはいはい」
「……あー、そーゆーことね」
「……完全に理解した」
虚ろな顔で三人が応える。
「いや『理解した』じゃなくて『どう思う』って聞いてんだけど?」
「あっはい。えっ何が?」
「聞いてた?」
「いや聞いてましたよ」
目の焦点が合っていない。相当疲労が溜まっているのだろうか。それともまさかグローリエンの言葉が何も理解できない……などということがあり得ようか。
「エイリアス問題。理解してる?」
「エイリアスね。エイリアス。はい。めっちゃ問題ですよね。うちの実家でもよく問題になってます」
「実家で?」
「え? あっ、はい」
違ったか? 何かまずい事を言ってしまっただろうか。そう思いながらもルカは話を続ける。ヴェルニーとスケロクはなんとなく二人から目を逸らしながらも中間距離を保ち、無関係ではない。他人事ではない。しかしあまり積極的に関わりたくもない、という距離感を持っている。
「その……やっぱり暑い時期になってくるとですね、エイリアスが、はい」
「暑い時期?」
「いやいやあの……違うんですよ。時期とかでは、あんまりぃ、ないんですけどね」
眉間に皺を寄せてジト目で睨んでくる。当然ながら「こいつホンマに分かってんのか」という姿勢である。
「もうあんまり……そういうのやってても時間の無駄なんでね、あの……行きましょうか、ワープ」
「だからイヤだって言ってんでしょうが、話本当に理解してる?」
ヴァルメイヨール伯爵がため息を吐く。苛立っている……というほどではないようだが、話が進まないことに対して辟易としているようではある。
「この転送魔法は私の最も得意とする術。心配しなくとも転送失敗して情報が霧散してしまったりだとか、オブジェクトと重なり合ったりしてしまう事は無いわ」
情報が霧散してしまう、とは転送先での再構築ができずに失敗してしまう事、オブジェクトと重なってしまうとは転送先で石などの密度の高い物質と重なって混ざり合い、死亡してしまうことを指す。
「そゆことじゃないんだけどなぁ……」
いまいち話がかみ合わずにグローリエンは頭をぽりぽりと掻く。あまり魔法に詳しくないルカ達とも噛み合わないのだが、当のヴァルメイヨールとも話が合わないのだ。これはもうどうしようもない。
「じゃあもう、多数決という事で……」
「それじゃ私が不利になるじゃん!」
ルカ、ヴェルニー、スケロクは内容をよく理解しておらず、伯爵はグローリエンが何を危惧しているのかが分かっていない。そんな状況で多数決など出来るはずがない。
「はぁ、人間ってそういうとこ本当に細かいわよねえ……」
「は? デーモンが適当過ぎるんじゃないの!?」
「あなたエルフよね?」
長身のヴァルメイヨール伯爵は腰を折り曲げてグローリエンの長い耳の先をちょいちょいと弄ぶ様に触る。
「エルフって寿命が短いものねえ。やっぱり短命種って性格が細かくなるのかしら」
なんと、エルフ相手に寿命煽りをかましてきたのである。通常であればエルフは人間の三倍から四倍ほどの長寿の種族である。逆にそれ以外の人間、亜人種は巨人であろうと獣人であろうとそれほど寿命が違わない。
それ故エルフが他人種を「短命種」と呼んで馬鹿にするのはもはや定番すぎて一種お約束のジョークのようになっているところすらあったのだが、それを知ってか知らずかの寿命煽り。
聞いた話では魔王バルトロメウスは一万年前から生きているということになりそうであるが、それは極端な例にしてもデーモン種は寿命が長いのだろう。
しかしそんな事実関係はどうでもいいのだ。「エルフが寿命で軽んじられた」、この事実が重要なのである。
「何をわけ分かんないこと言ってんの? 私めちゃくちゃおおらかなんですけど!?」
人前で平気でうんこしてしまうくらいおおらかである。
「でもさっきからピーピーとうるさ……おっと、細かい事気にしてるみたいだったから」
「あーあー、いいわよ行ってやろうじゃないの! 魔王だか何だか知らないけど、私がちょっくら行ってバシッと言ってきてやるわよ! 行くわよヴェルニー! ボサッとしてない!!」
「え、いや……いいの? 大丈夫なのこれ?」
「ま、まあ、グローリエンさんもいる事ですし」
「誰かこっち側で待機してたほうがよくねえか、これ?」
「ごちゃごちゃ言わない!!」
結局最初とは逆、グローリエンが強硬に推し進める形で一行は真っ暗なワープゲートに入っていった。




