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信用できない

「悪魔公爵アストリット……」


 ヴァルメイヨール伯爵の口から聞くことのできたデーモンによる人間界侵略の指揮者。それは半年前にルカ達も遭遇した人物であった。


 ローブを着込んで、仮面をつけていたためその相貌については知ることはできなかったものの、圧倒的な存在感を持っていた。ユルゲンツラウト子爵との戦いによって疲弊していた一行があの時点で戦わなくて済んだことは僥倖と言えよう。


 そのアストリットが魔王バルトロメウスの意向を無視して暴走している状態なのだという。


「魔王バルトロメウスは人間に対して悪感情は持っていない? アストリットの個人的な動きなのか、この侵略は」


「その辺りは、魔王様に直接会っていただいた方がいいでしょう」


「ちょっ、ちょっと待ってください、直接会う? 魔王ってガルダリキにいるんですよね? どうやって会いに行くっていうんですか?」


「そこは、口で説明するよりは直接体験していただいた方が話が早いでしょう。何かこちらに向かって物を投げてもらえますか?」


「こんなもんでもいいのか?」


 伯爵の言葉に答えたのはスケロク。手にしているのはどこに隠していたのかは分からないが棒手裏剣(投擲して使う金属の棒)の様である。


 伯爵の言葉を聞くと振りかぶって、投げつける。先端は尖っており、スケロクほどの手練れが投げれば容易に人を殺傷し得る投擲。だが伯爵位を持つ上級魔人(グレーターデーモン)相手には力を図る意味も兼ねて容赦はしない。


 一直線に伯爵の顔めがけて飛んでいく寸鉄。伯爵の方はそれを受けるでもなく避けるでもなく、自分の前に持っていた扇子で円を描いた。


「!?」


 何が起きたのかを理解するよりも早くスケロクは動いた。時系列で言えば投げ終わってからほんの一秒にも満たない時間、とっさに横に体を逸らして回避動作を取る。


ヴェルニーが何とか目視することが出来たくらいで、他のメンバーは何が起きたのかを理解することもできなかった。


 とにかく、スケロクは回避行動をとり、彼の遥か後ろの壁には投げた棒手裏剣が刺さっていたのである。


「……っぶねぇ。死ぬとこだったぜ」


「ふふ、あなたがそんな速さで投げるからですよ。意地悪は自分に返ってきますからね」


「どういうことです? 跳ね返した? でも、そんな音は……」


 ルカの疑問に答えるのはヴェルニーだった。


「テレポーター?」


「正解。よく分かりましたね」


 その仕組みが理解できたのにもここまでの経験があったからだ。第八層にあったテレポーターにより彼らは世界の果てまで飛ばされている。


 同じようなものを即座に目の前に作ってスケロクの投げた棒手裏剣を向きと位置を変えて出現させたのだろうと推察した。


「これを使ってあなた達を魔王様のもとに送り、実際に会って話をしてもらおうと思います。そして魔王様の意思を聞き出し、可能ならば戦いを止める言葉を引き出してほしいのです」


 しかしルカはこの伯爵の言葉にしばし考え込む。


「言いたいことは分かるんですが、なぜ僕達が? 縁もゆかりもない僕達が聞くよりも伯爵が聞いた方がいいんじゃないですかね。それに、もしアストリット公爵の行動に魔王様が反対しているんなら、その時点で声明を出すんじゃないんですか?」


「魔王様はここ数十年は夢幻の中に生きるような曖昧な状態が続いており、私達の問いかけには答えてくれないのです」


「いや、そのりくつはおかしい」


 道理が通っていないのだ。隣で静かに話を聞いていたヴェルニーもさすがにこれには口を挟んだ。


「自分達の問いかけに答えてくれないからって、じゃあ人間にやってもらおうって、それはいくら何でもあてずっぽうが過ぎるのでは? 逆に何かアテがあるんなら今話してほしい」


 腕を組んで口元を扇子で隠すようにして考え込む伯爵。いまいち彼女の考えが汲み取れない。


「言語化できないが、何か感ずるものがある、ということなんですか?」


「いや、でも……違ってたら恥ずかしいし」


「はぁ!?」


 これには全員が同時に異を唱える声を上げた。イゴールも顔をしかめている。主人のことを敬愛しているようではあるが、この態度がまずいことは自明であるのだろう。


「いや心当たりがあるなら言ってくださいよ。なにかあるんでしょう?」

「人に何かものを頼む態度じゃねえだろ。情報は全部開示しろよ」


 ヴェルニーとスケロクに詰め寄られてももごもごとはっきりとした態度を示さない。命を懸けて冒険をする側としてはたまったものではない。


 押し問答をしていると伯爵は一歩下がって扇子で大きく円を描いた。すると虚空に鏡のように暗黒空間が現れる。中にはまるで星空のようにキラキラと光が浮かんでいる。どうやら先ほどスケロクの棒手裏剣を飲み込んだものと同じもののようだ。


「とりあえず、一旦行ってもらって、そっちで判断してもらえます?」


「いや話聞いてたかお前!!」


 どこまでも言いたくないようである。


「そもそもさあ」


 一歩下がって話を聞いていたグローリエンがスケロクの腕を引っ張りながら話しかける。


「よくよく考えたらこの人信用できるの?」


 言われてみればそうである。


 何となく流れからデーモンにもユルゲンツラウトのように問答無用で襲い掛かってくるイカレ野郎とヴァルメイヨールのような人間に理解があるものの二種類がいるのだと思っていたのだが、よくよく考えてみれば伯爵との繋がりは「感情を失っていた彼女に笑顔を取り戻してあげたら通路の先に行けるようにしてくれた」だけである。


 別に信頼関係で結ばれているわけでも何でもないのだ。


「そう言われると……なんか信用できない感じがしてきましたね」


「お、お待ちください」


 とうとうルカまでも彼女に対して疑義を差し挟んできたことにイゴールが止めに入ったものの、しかしそこから先の言葉が出ない。イゴール自身も「これはちょっとないな」とは思っているのだ。


「そもそもこの魔法……」


 グローリエンが伯爵の作り出した暗黒空間を回り込んでみながら呟く。


「第八層にあったテレポーターとは種類が違うよね。もしかしてこっちの世界にはない『転送魔法』じゃないの?」


 彼女の言葉に伯爵がぴくりと動く。その表情は、トークハットのヴェイルに隠されて、杳として知れぬ。


「本当にこれで人を転送できんの?」

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