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伯爵との再会

「う……いてて」


「もうちょっとじっとしてろよ」


 ぐい、とスケロクが糸を引っ張る。それに合わせてうめき声をあげるルカの目じりにはうっすらと涙が浮かんでいる。


 この半年間続けられてきたルカの首を固定している糸の交換、縫い付けは何度やっても慣れぬもの。特に縫われる方はその痛み、耐えかねるもののようである。


「これでよし、と」


 ベネルトンの町東にある『竜のダンジョン』の中。無事潜入に成功した一行はとりあえずルカの首を縫い付けて、パーティーとしての体裁を整える。


「それにしても、内部は以前とは特に変わりはないようだね」


「みたいねえ。でも第一層にこんなのがうろついてるなんて前にはなかったわよ」


 そう言いながらグローリエンは足元に転がっている黒焦げになった小型のドラゴンの死体を蹴る。以前ルカ達を襲ったドラゴンよりは少し小型ではあるものの、しかしいずれにしろ入り口付近に出るような雑魚ではない。


「そもそもが、何故ダンジョンは浅層になるほど弱い敵が出るんだろうね」


「それは……」


 ヴェルニーの素朴な疑問に答えようとしてルカは口ごもった。


 日常生活に近い浅層に弱い敵が出て、深層になるほど強い敵が出るというのは感覚的には理解できる。しかし理論的には全く説明できない。


 普通に考えれば生活環境の良い浅層の方が生物にとっては激戦区となって、強い敵も集まりそうに思える。


「気になるのでしたら、お答えしましょうか」


 そのしわがれた声に全員がビクリと振り返る。スケロクの知覚にも、グローリエンの魔力検知にも、全く引っかからなかった者が突然至近距離に現れたのだ。


「イゴールさん」


 もう随分と会ったのは昔に感じる。実際半年ぶりなのだからその感覚は正しいのであるが、ダンジョンの第六層に鎮座していた貴婦人、ヴァルメイヨール伯爵の従者である、()()()男のイゴールである。


「ヴァルメイヨール伯爵は?」


「ついてきなされ。(あるじ)は第六層におられます」


 そう言って背中を向け、ランタンを掲げて道案内を買って出てくれた。


 渡りに船というものである。第八層、冥界シウカナルまでの道順は分かってはいるものの、強力なモンスター達の跋扈するダンジョンを進むのは骨が折れる。それに直接会って話がしたいのはちょうどのヴァルメイヨール伯爵なのだ。道案内はありがたい。


「ダンジョンはガルダリキの大地から、何か所も次元を飛び越えて繋がっております」


 ダンジョンの中を深層へと歩きながらイゴールが話す。


 通常の通路でないことは誰もが把握している。ヴァルモウエとガルダリキは大断絶で隔てられて、完全に分離されているのだ。地下通路で繋がっているはずがないのである。


「ゆえに一部の力が強い者は次元間の断絶を通ることが出来ず、そちら側の地上まで行けないのです」


 なるほど、それならば人間世界のヴァルモウエに近いところほど強いモンスターがいなかったことは説明がつく。しかしここ最近向こう側にまでデーモンが出るようになってしまったのは何だったのか。


「狭くて通れん道でも、少しずつ慣らしていけば、やがて太くて大きいものでも通れるようになりましょう」


「ああ……なるほど」


「下品な話やめてもらえる? セクハラよ」


「このパーティーにセクハラとかいう概念存在するんですね」


 くだらない話をしながらも一行はずんずんとダンジョンの奥へ進んでいく。前回潜った時は戦闘をしながら、警戒しながらだったため数日を要した工程も、ほんの数時間だ。おそらく外ではもう朝日が昇り始めていることであろう。


「さて、次の六階層、前と同じ部屋にヴァルメイヨール伯爵がお待ちです」


 そしてやはりこのイゴールの存在が大きい。途中何度か魔族やモンスターがニアミスする気配はあった。しかしイゴールの存在に気づくと距離を取っているような挙動が感じられた。やはり伯爵位を持つヴァルメイヨールと、その従者のイゴールは特別なのだろう。


 第五階層からの階段を降り、その先へと進む。吟遊詩人マルコが消し炭となった焼け跡は、半年も経った今となってはもう何も残っていない。誰も覚えていない。知っているのは、当事者だけ。


 グローリエンがかつてのパーティーメンバーであるマルコを殺したイゴールを恨んでいるのかどうかは計り知れないが、少なくともそれを見せるような様子はない。

 ダンジョンは、人の死体が、積みあがっているのだ。そして、それが当然である。


 無数の人の死体を踏み固めて舗装されたダンジョンという道を進んでいくルカ達。いずれは自分達も、その道と一体になるという覚悟を持ちながら。


「お待たせいたしました、伯爵閣下」


 イゴールが脇にそれてランタンを高く掲げる。ぼうっとした薄明かりに照らされた貴人、ヴァルメイヨール伯爵は相変わらず水死体のように青白く、そして未亡人のように儚げで美しい。


「よくいらっしゃいました、お元気なようで……ッ」


 言葉の途中で伯爵は顔を逸らして震えだした。


「なんで……また全裸……ッ」


「これが僕達のユニフォームなんで」


 今更詮無きことだろう。


 第一伯爵は確かに喪服のように黒いドレスを着ているものの、ユルゲンツラウト子爵は確か全裸だったはず。この辺りは各デーモンによって常識が大分食い違うのかもしれない。


 このヴァルメイヨール伯爵は人間と夫婦として暮らしていた時期もあるので、文化的には大分()と近いのかもしれない。


「……ふう、そんなことはどうでもよろしいのです」


 お前が勝手に笑ったんだろうが、と思いながらもようやく息を整えた伯爵にルカ達は無粋な突っ込みを入れたりはしない。


「伯爵、今地上では人間の町がデーモンからの攻撃を受けているんです。ガルダリキでは、今一体何が起きているんですか? あれをやめさせることはできませんか」


「……すぐには無理ね」


 少し考えたのち、伯爵は答える。その真意はどこにあるのかとヴェルニーが続けて彼女に尋ねた。


「あれは、ガルダリキの総意による攻撃ではない、誰かが陣頭指揮を執っているわけではないと、つまり海賊行為みたいなものだということですか?」


「端的に言えばそう。あれはガルダリキの(あるじ)たる魔王バルトロメウス様の意向ではない。但し指揮をとっている者はいる。次の魔王とも目されている、悪魔公爵アストリットよ」

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