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無頭人

 そろそろ北の山の向こうの大断絶の空が白み始めたころ。遠くで聞こえる戦闘音はまだまだ止みそうにない。


 ベネルトンの町東にある竜のダンジョンは大断絶の向こう、人間の住むヴァルモウエの大地とは隔てられたガルダリキと呼ばれる魔族の住む土地が存在するという。


 その魔族が人間界侵略のための尖兵として送られてくる通路がこのダンジョンなのだ。


 ダンジョンの入り口を守る二匹の中級魔人(ミドルデーモン)の前に小さな影が現れた。デーモンの喉奥からは獅子の如き唸り声が漏れ、続いて人の言の葉が溢れ出た。


「何者だ」


 地響きのような太い声。口の端からは言葉に合わせて炎が漏れ出る。


 小さな人影は答えず、立ち止まる。


 異様な風体の人影であった。


 一見してみれば子供のように見える。


 だがマントのように羽織ったぼろきれの下には肉付きは少々貧弱であるものの妖艶な女の素肌が見えるし、その長い耳はガルダリキにも生息している妖精族特有のものにも見えた。


 何より異様なのはその右腕に抱えたもの。


 人の生首である。


「道を開けよ」


 言葉が聞こえた瞬間、デーモン達が身じろいだ。


 言葉を発したのは少女の方ではなく、抱えられていた生首の方であったのだ。ひょっとすれば遠くで戦い続ける冒険者達、そのうちの一人が仲間の首を抱えたまま迷い込んだのかとも思えたのだがどうやら違う。


 人ならざる者であると瞬時に理解した。


「何の権限があってこの私、“心の臓まで腐りたる”グローリエンの道を阻む?」


「し、失礼を……」


 デーモン二匹はダンジョンの入り口の両脇に飛び退き、ガーゴイル像のようにしゃがんで(こうべ)を垂れる。


 グローリエンとルカ(頭)はゆうゆうとその間を通っていった。



「いけたね」

「やるじゃん」


 ヴェルニーとスケロクが互いにこぶしを握り、こつんとそれを合わせる。すぐ近くの茂みの中。正直うまくいくとは思ってはいなかった。何かあればすぐにひとっ跳びして助太刀できるように構えていたのだが、どうやら杞憂に終わったようである。


「ん?」


 と、その時。


 ヴェルニーの肩をとんとんと誰かが叩いた。


『僕はどうすれば?』


 ルカの首から下。


 筆談にて問いかける。


「どう……しようね?」

「すっかり忘れてたぜ」


 正気かこいつら。


 「デーモンのふりをしてダンジョンの入り口の見張りをやり過ごす」というインポッシブルミッションに夢中になってその先を考えていなかったのだ。


 グローリエンだけをダンジョンの中に通して自分達がその後どうするか、ノープランである。


『どうするんですか! グローリエンさん孤立しちゃいますよ! あと僕の頭も』


 ううむ、とヴェルニーとスケロクは考え込む。一番簡単な方法は力づくで押しとおることか。しかしそれでは今までの流れは何だったのだ、となりかねない。


 と、スケロクがぽんと手を打ち、荷物を漁りだす。何か思いついたようである。


「ちょっとじっとしてろよ、ルカ」


 取り出したるは墨と筆。さらさらとルカの体に何やら書き込んでゆく。


「スケロク、これは?」


 書きあがったのは人の顔であった。乳首のところに目を、へそのあたりに大きな口を描く。宴会芸か何かか。しかしスケロクは大真面目な顔をしている。


無頭人(むとうじん)だ」

『むとうじん?』


 大分ルカの手書きフリップも手馴れてきた。ところでルカはどうやってスケロクの声を聴いているのか。それはそれとして無頭人とは何か。


― 無頭人 ―


 洋の東西を問わず、古くはギリシャのヘロドトス、中国の山海経などに記される、世界中に散見される亜人、または物の怪の(たぐい)である。


 人と同じように生きて、死ぬ、一つの人種として描かれることもあれば、首を落とされた者のアンデッドであったり、はたまた人知の及ばぬ魔力を秘めた神の如き化け物であったりとその描写はさまざまであるが、共通していることは頭部が存在しない事、そしてしばしば胴部に顔を有する場合もある。


 非常にポピュラーな怪異であると同時になぜかその存在を現在ではほとんど無視されている不遇の種族でもある。見栄えが悪いよ見栄えが。


『で、その無頭人がなにか?』


 問いかけられてスケロクは少し考え込む。やはり何も考えていない。


「まあいいや。あとはライブ感で何とか行くぜ」


 これぞ冒険者。



 さて、ダンジョンの入り口。


 「あんなデーモンいたっけ?」とは思いつつもなんか大物感出してたしまあええやろとグローリエンを通した後、さてもうちょっとくつろぐかと門番がだらけ始めた頃、再び訪問者が現れた。


 竪琴を小脇に抱えた頭部のない人間と、その無頭人に罪人のように綱で引かれた男二人。


「なっ、何者だ」


 首から上は存在せず、代わりに胸と腹にそれぞれ目と口がある。存在自体がふざけてるとしか思えない。


「何者だ、応えろ!」


 門番が怒鳴ると口からはごぼりと炎があふれる。


 迂闊。ルカは喋れないのだ。所詮は絵に描いた口。仕方なくルカは腹筋をもにょりとひずませて精いっぱい喋ろうとするようなアクションを見せる。


()頭人の、ルカという」


 スケロクの腹話術。


 門番は顔を見合わせる。いやさすがにこれはいなかったぞ。こんな変な奴がいたら絶対覚えているだろう。言葉を交わさずとも二頭の考えは一致する。


「捕虜を二人、捕ぁえた。グローリエンさぁのんぉと……ところに、連れていく」


「お前、腹話術で喋ってないか?」


 バレた。


 なぜバレたのか。そう難しい話ではない。腹話術では構造上唇を使って発音する音、パ行、バ行、マ行などの音が非常に発音しづらいのだ。


 ゆえに腹話術士はその音を避け、別の単語に置き換えた言葉を使ったりしてそれを誤魔化すしかないのだ。


「どうした、言ってみろよ。自分の種族名をよ」


 先ほどははっきりと発音しないことでうまくごまかしたつもりであったが、さすがに自分の種族名をうまく発音できないなどと言う言い訳は通じまい。


 ルカは覚悟を決めた。スケロクがきっと上手いことやってくれるやろ、という覚悟を。


「無頭人だ」


「!?」


 追い詰められたことで秘められた才能が開花したのか。それともこれも全裸になったことによる能力の向上なのか、奇跡が起きた。


 腹話術である以上唇を動かすことはできない。さりとて口元を隠せば容易にばれてしまうだろう。スケロクは舌を上あごの歯茎の裏側につけて疑似的な唇の役目を果たさせ、破裂音を再現したのである。


「何か問題でも? 通るぞ」


「う、うう……」


 圧巻である。

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