っぽい
ガルノッソの心変わりによりダンジョンの入り口への道案内を失ってしまったルカ達。しかし地理的に言えばそれほど遠い距離ではない。
ガルノッソが相手側にルカ達の事を密告する可能性もある。
しかし先ほどの戦いで炎が巻き上がったというのに周囲にデーモンやモンスターが集まってくる様子もないし、しばらく待って敵が来なければ密告は無かった、つまりガルノッソは中立として振舞ったのだと判断してよいだろう。
ならば今は、ダンジョンに潜入することを優先するべき。そうヴェルニー達は判断した。
「スケロク、今の僕達の居場所は把握してるか?」
「ダンジョン入り口まではそう遠くねえ。かなり近づいてるぜ」
ならばやはりここは進むべき。
索敵はグローリエンやルカの魔力によるエコーロケーションでもできるが、魔力に敏感な敵には逆にこちらの存在を知られる危険性がある。
よって五感の鋭敏なスケロクを先頭に、全滅を恐れて少し距離をとりながら一行は山の中を進む。
やはり敵の本拠地だけあって何度も何度も息を潜めるような事態になりながらも、しかし一度も接敵することなく、ゆるりゆるりと歩き続ける。
もはや朝も近づいてきたのではないかというころになって、ようやっとダンジョンの入り口が見えるところまでたどり着くことが出来た。遠くではおそらくグラットニィの率いている冒険者達だろう、戦いの音が聞こえるが、相変わらずダンジョン入り口の方にまでは攻め入ることが出来ていないようだ。
「あそこが最後だろうな、門番がいやがる」
スケロクが指さしながら小声で言う。
元々竜のダンジョンのヴァルモウエ側の入り口は簡易的に木組みで補強がなされているものの、所詮は小さな洞穴、といった風情である。その洞穴の入り口に二匹、と言ったらいいのか二人、と言ったらいいのか、デーモンがいる。
人間の町の城門のように両側に規律正しく立って、守っているという感じではないが、まあ入り口に陣取って人間などが入ってこないように見張っているという風である。
人型ではあるが衣服は着用しておらず、青い肌に爬虫類のような尻尾を備え、頭には一対の立派な角も持っている。知性があるのか、人間の言葉が分かるのかは不明だ。
「まあ、弱い奴を見張りにつけても意味はねえから中級魔人以上だと考えた方がいいだろうな」
さて、そうだとしてどうするか。見たところ今までに会った爵位持ち(グレーターデーモン)のような威圧感も気高さも感じない。おそらくは戦えばそう苦戦せずに勝てるとは思うが、騒ぎが大きくなれば侵入は厳しくなる。
「デーモンのふりして入っちゃうってのはどうかしら?」
突拍子のないアイデアがグローリエンから飛び出た。
「ちょっと待っててね」
そう言うとグローリエンは荷物の中から就寝用の毛布を取り出して首にマントのように巻く。
これでは裸にマントを羽織っただけ。エルフは人間と比べて少々外見の違いはあるものの、ほぼほぼ耳の長い痴女にしか見えない。これでデーモンと言い張るのは少し無理があるのではないのか。
一同がそう思っていると、彼女は今度はルカの首の糸を緩めて頭部を取り外し、小脇に抱えた。
「あっ……っぽい」
「おお……っぽいな、こりゃ。ぽいぽい。」
「えっ、どういうことです? 今どんな感じなんですか?」
ルカだけがグローリエンの姿を見ることが出来ず戸惑っている。
「凄くデーモンっぽいよ」
「デーモンっぽい?」
耳の長い少女が、無表情で直立し、素肌の上にぼろきれを纏い、人間の頭部を掌の上にのせているのである。少なくとも普通の人間には見えない。
もし夜中にこんな少女とばったり出くわしてしまったら、気づかなかったふりをして少しずつ距離を取り、ここまで来ればもう追いつかれないだろうというところまで来たら一気に走って逃げること請け合いである。
「ルカ君ももうちょっと無表情な感じにして。そう、口を真一文字に結んで、威厳ある感じで」
ヴェルニーに言われて表情を固めるルカ。先ほどまでの戸惑った表情と比べると一層雰囲気が出てきた。
確かにこれならば、デーモンで通れそうな気がしてきた。
「リスクデカすぎません?」
ルカの心配も尤もである。この状況において「架空のデーモンを演じて仲間のふりをして門番をスルーする、などという危険を冒す必要があるのか。さりとて他に良い案もない。なにより……
「でもさ、これで通れたらめっちゃ面白くない?」
なにより彼女たちは「冒険者」なのだ。
そんなところで冒険するな、という意見は尤もではあるが、一度「やってみたい」と思ったらもはや止めることはできない。
「あとはそうだな……二つ名がいるな」
「へ?」
スケロクの言葉にルカが間抜けな声で聞き返す。「二つ名」とは何のことを言っているのか。
「よく思い出してみろルカ。ヴァルメイヨールもユルゲンツラウトもアストリットも、爵位持ちのデーモンはみんななんか長ったらしい二つ名持ってたろ」
記憶の糸を手繰り寄せる。
ヴァルメイヨール伯爵は『ガルダリキの海に沈む宝石』、ユルゲンツラウト子爵は『山をも穿つ触れられぬ雨滴』、少し短いがアストリットは『悪魔公爵』という二つ名を確かに持っていた。さらに言うなら爵位はないかもしれないが冥界シウカナルの入り口には『凪の谷底のヴィルヘルミナ』という者もいた。
ガルダリキには何かそういう二つ名をつける風習があるのかもしれない。
「なんかいい案ない?」
そんなことで頭を悩ませている場合なのだろうか、と思いつつもルカは無い首をひねる。
「人前でうんこするエルフ、とかですか?」
「真面目に考えてくれる?」
真面目に考えたがグローリエンの最近の行動で一番ショッキングだったのがそれだったのだ。仕方あるまい。
「ハッテンマイヤーさんならこういうのすぐ思いつきそうなんだけどな……そうだね、『心の臓まで腐り落ちたるグローリエン』ってのはどう?」
「ああ~、っぽいな。腐女子だからか」
「いいね、それいただき!」
本当にこんなことでいいのだろうか。
しかし、ナチュラルズの新入りであるルカにはまだまだ発言力が足りない。先輩たちが「挑戦する」と言っている以上、従うしかないのだ。
こうして彼女の、無謀な賭けが始まった。




