おっぱいこわい
「ここのモンスター達を率いてるのは、イェレミアス男爵とかいう奴だ。男だか女だか分からねえ、まるで妖精みてえな外見のな」
爵位持ち、上級魔人である。
「そのイェレミアスは、今日もここにいるの?」
「さあな? あいつはいつも直接戦闘には参加しねえ。強いのか弱いのかも分からん」
ガルノッソの言葉を聞いてグローリエンは立ち止まって少し考えたのち、全員に提案した。
「今のうちに、脱いでおいた方がいいかもしれない」
「なんで」
「だって、いつグレーターデーモンと戦闘になるか分かんないのよ?」
「だからなんで」
納得のいかないのはもちろんルカである。ガルノッソは何の話をしているのかが分からず、疑問符を浮かべている。
「ルカくんはこの状態で、十全に能力を発揮できるとでも思ってるの?」
「思いますよ」
「おめえらいったい何の話をしてんだ」
当然ながらガルノッソには話が見えない。
というかルカももう完全に油断していた。
ダンジョンからテレポーターで追い出されて半年近くの時が経ち、その間服を着て生活していたのだ。いずれダンジョンに入ればまた服を脱ぐことになるのは分かっていたはずなのに、それがすっかりと抜け落ちていた。
時が経つにつれ、あの出来事は本当にあった事なのか。胡蝶の見た夢ではなかったのか。そうに違いない。常識的に考えてなんで全裸でダンジョンを攻略しなきゃならないんだよアホか、と思い始めていたのだ。
しかしそのアホは現実である。
「いつ敵に襲われるか分からねんだ。今のうちに脱いでおいた方がいいぜルカ!」
すでに全裸のスケロク! これぞニンジャ! なんたる早業!!
「なんで脱いでるんですかぁ!!」
「なぜって……この方が素早く動けるからに決まってんだろうが」
この性格のスケロクを見るのも久々である。物言いは非常にあけすけで話しやすくはあるのだが、いろいろなところがあけすけすぎる。
「ああ~、この解放感! 風が気持ちいいぜ!」
両手を伸ばして背伸びをしながら体を左右に振る。
ぺちぺちぺちぺちと、股間のメトロノームがリズミカルに左右の太腿を叩く。全裸には、いい季節になってきた。
「では僕も失礼して……どうだいルカ君。君も早く脱いで戦闘準備をした方がいいと思うよ」
「おい」
いつの間にかヴェルニーも脱いでいる。最近はどうにも元気がなかったように見えた彼であったが、きらきらと笑顔が輝いている。日は沈み、星がちらつき始める中、それでも咲いた大輪のひまわり。
「おい、何してんだお前ら」
さすがにガルノッソがツッコミを入れる。入れずにはいられまい。
「なんで脱いでんだ。変態かお前ら」
「別に変態とか露出狂とかそういうアレではないわ」
「うおっ!?」
いつの間にかグローリエンも全ての衣服を脱ぎ去り、最後の一枚を指に引っ掛けてくるくると回していた。まさか女まで脱ぐとは思っていなかったのだろう。これにはさすがのガルノッソも驚愕の色を隠すことが出来ない。
「おまっ、何考えてんだ! 女の子がそんな恰好……」
ガルノッソは思わず両手を前に出して揺れる銀髪を視界から遮ろうとする。まあ、これが正常な反応であろう。
まあ実際にはエルフなので「女の子」などという年齢でもないのではあるが、しかし目の前に突然裸の女性があらわれたとしよう。「ラッキー♡」などと思う男は少数派である。普通は「怖い」のだ。
思わず視線で追ってしまう者もいるだろうが、それは決してスケベ心などではない。三割くらいはそうかも……いや、五割、六割くらいはそうかもしれないが、視線を送ってしまう一番の原因は「なんやこいつ」という恐怖心からである。
男性は、女性の身体が怖いのだ。
決してスケベな気持ちで見ているわけではない。おっぱいこわい。
女性はよく「男が胸を見ている視線は分かる」と宣うが、言い訳すまい。そうだ。確かに見ている。それは否定できない。
だがこれだけは言わせてほしい。
決してえっちな気持ちからではないのだ。
汝がおっぱいを覗き込んでいる時、おっぱいもまたこちらを覗き込んでいるのだ。
目をはなしてしまえば、おっぱいに飲み込まれてしまうかもしれない。そんな恐怖心から目を逸らせないのである。決してえっちな気持ちで見ているわけではないことを理解してほしい。
それゆえ女性の方々は遠慮なくおっぱいを強調する服装を着た方がいいだろう。それはつまり女性にとって危険な存在である、男性を威嚇することに繋がるからだ。
「でも私、胸ないし……」などと気後れする方もいるかもしれない。だが勘違いしないでほしい。男性にとっては胸の大小など些事。大きな胸も小さな胸も等しく価値を秘めているのである。
男性は、巨乳も貧乳も等しく大好きなのだ。あ、いや違った。恐ろしいのだ。
さて、話が逸れてしまったが本題に戻ろう。
ガルノッソは事態を測りかねていた。その場にいた人間がルカ以外女性も含めて全員全裸になってしまったのだ。
「ほらぁ、ルカ君も脱ぎなよ! 今更遠慮なんかせずにぃ!」
形ばかりの抵抗を示すルカであるが、笑いながら衣服を引っ張るグローリエンにひん剥かれてしまう。
いったい自分は何を見せられているのか。ナチュラルズの言う「パーティー」とは、もしや「乱交パーティー」とかのパーティーだったのだろうか。
乱交パーティーがダンジョンの攻略を……いや、そんな筈がない。
そんな事を考え、いや考えが全くまとまらないうちにガルノッソの目の前には全裸の男女四人が現れることとなった。
「まあ……びっくりするかもしれないけど、僕達はこういうスタイルでダンジョンの攻略をしてるんだ」
少し恥ずかしそうにしながらもルカが弁明めいたことを話すが、正直何の弁明にもなっていない。少なくともガルノッソにとってはそうであった。
「俺が」
愕然とした表情でガルノッソが呟く。
「俺が仲間を失って、絶望に打ちひしがれ、ただ酒を飲んで腐っているだけしかできず、現実に圧し潰されていた時、お前はそんな羨ましいことしてたってのか」
「いや、まあ……」
「あああああああああああああああッ!!」
ガルノッソの怒りが爆発した。




