半年ぶりの再会
「そっかぁ……ガルノッソも何とかダンジョンから脱出できてたんだね、よかった。あっ、そうだ、ベインドットは一緒じゃないの?」
「うん……ん?」
「あの後何とかメレニーは救出できたんだけどさ、奥の方に進んでもガルノッソ達はいなかったから気にはなってたんだよ。まあ、無事でよかった」
「……んん?」
ガルノッソに近づいて肩を組みながら話しかけてくるルカ。実際同僚と半年ぶりの再会なのだ。積もる話もあるだろう。
「いや……え?」
一方のガルノッソは事態を測りかねていた。
「ちょちょちょっ、待って待って。おかしいでしょ。おかしいやん」
「え、なにが?」
「ええ?」
もしや自分の方が現実認知能力に異常をきたしているのだろうか。そう考えてガルノッソは自分の体を改めて見る。
オオトカゲのような体に、視認することはできないが自分の顔がついている。どう考えても異形である。認知が出来たところで改めて問う。
「いや……俺こんなんなってんねんで?」
「ああ、体の事? そんなの、ほら」
ルカは軽い調子でそういうと首元の糸の結び目を解いて緩め、首を上に持ち上げて見せた。あれから半年も経つが、マツヤニを手に入れられてないルカの首は両断されたままになっている。
「ええ……なにそれ、こわ」
ガルノッソ、ドン引きである。
なんなんだこいつ。なんで首が切断されているのに生きているのだ。イリュージョンか。
まあ、尋常であればそう考えるのが当然であろう。
「他にも、メレニーは助け出したものの、その後サキュバスに再出産されちゃって、今乳幼児になっちゃってるしさ。まあ、最初見たときは少し驚いたけど、ダンジョンに潜ってれば、そういうことも、あるんじゃない?」
あってたまるか。
とはいうものの、実際なっているのだから仕方あるまい。
「再出産……?」
聞きなれない単語である。しかし、そうとしか言いようがないのだ。
「そう、再出産。最近やっとハイハイするようになってきてさ、本当にかわいいんだよ。家にいるから見に来る?」
戸惑いを隠せないガルノッソ。ここに来るまでルカに復讐するつもりで来た、というか自分が落ちぶれてしまったことの八つ当たりに来たのであったが、大分調子が狂う。
「いやあの、でも……出産祝いとか持ってきてないし」
テンパった挙句訳の分からないことを言い出してしまう。しかしこのスピード感で事実を畳みかけられたのであれば致仕方なし。
「というか……家に赤ん坊一人で?」
ルカを陥れてダンジョンの中で殺そうとはしたものの、根っからの悪人ではないのかもしれない。彼がまず一番に気にしたのはそこであった。
「一人じゃないよ。ルカくんの婚約者のシモネッタが家で面倒見てるよ」
「こ、こん、こ、婚約者!?」
またしても何も知らないガルノッソ。
「うん。マルセド王国の元王族のシモネッタ姫」
「姫ぇ!?」
完全に理解の範疇を越えている。
ルカがナチュラルズに仲間入りして、ダンジョン攻略で名を上げたことは風のうわさで知っていた。
しかし、その流れの中で一児の父となり、マルセド王国の姫と婚約しているなど「そうはならんやろ」としか言いようがない。しかし、なっとるやろがい。
「俺の……知らん間に、王族と結婚して……子供まで作って」
大分詳細のところのニュアンスが違う気がするものの、まあ大枠ではそうである。
「なんだよ、ふざけんなよ……ッ!!」
外部の人間から見れば、ナチュラルズの実力に便乗して何の苦労もなく冒険者としての実績を手に入れ、しかも王族の縁戚となって子供まで設けているのだ。
実際のところそんな順風満帆ではないのだが、少なくとも外野からはそう見えても仕方ない。一時は萎えてきていた彼の怒りの感情がまたふつふつと心の中で煮え滾ってきた。
ダンジョンの中で死にかけて、幼馴染を目の前で竜に食われ、命からがら逃げては来たものの、冒険者としては落ちぶれ、挙句の果てには異形と化したというのに、その原因であるルカは人生の「あがり」を迎えようとしているのだ。それは一般的に見れば逆恨みもいいところではあろうが。
「ルカ……てめえ、俺に何か言うことはねえのか」
「え……?」
ルカの正面から相対して、問う。なにか、言わせたい一言があったわけではない。ただ、自分の気持ちを整理するため、ここで襲い掛かるにしろ、はっきりとこの「恨み」を言語化する必要があると思ったのだ。
「その……」
言い淀むルカ。彼は足元から天辺まで、ゆっくりとガルノッソの姿を見た。二人の間を分かつものは何だったのか。なぜこれほどまでに違いが生じたのか。
「ダンジョンでのこと、僕は気にしてないよ」
「え?」
「確かに、ダンジョンの中で僕を始末しようとしたことは許されることじゃないし、それにメレニーまでが加担していたっていうのはショックだったけど、もう過ぎた話だよ。それも半年も前に。今更それを謝れだなんていうつもりは、僕はない」
「あ……ハイ。あれ?」
言われてみれば。
完全な逆恨みである。
正面から相対して問いかけたことで、はっきりとそれを自覚できた。しかし、それを自覚できたところでなんだというのか。自分の体はもう戻らない。ならばせめて、ここで暴れて、ひと花咲かせてやろうか。ヴェルニー達に一太太刀浴びせることでも出来れば、彼からすれば大金星もいいところ。そして今の体ならば、きっとそれができるはず。
「ガルノッソ、協力してほしいんだ」
「え?」
しかしまたしても機先を制された。
「デーモン達と話をつけたい。両方に通じているガルノッソの力が必要なんだ。協力してくれないか?」
こんな体になってまで、今更人間に協力しろというのか。この男は現実が見えていないのか。もう自分は全てを失ってしまっているのだぞ。ルカのあまりの「無理解」にガルノッソは気が遠くなりそうであった。
「その手柄を引っ提げて町に戻れば、英雄さ」
「英雄?」
すでにどん詰まりだと思っていた自分の人生に、そんな言葉が用意されているなどとは、思いもよらなかった。
「ダンジョンの中に入れるように手引きしてくれないか? あとはガルノッソに迷惑はかけない。約束する」
「ま、待て、待て! ……そんな」
考えようとするが、頭の中がまとまらない。二歩、三歩と後ずさりし、やがて民家の壁に背中が触れた。
「頼む、ガルノッソ」
「待て、来るな!!」
その瞬間ガルノッソはヤモリのように壁に張り付き、するすると屋根まで上り、そしてそのままどこぞへと消えてしまった。
「ガルノッソ!」
名を呼ぶも、応える者は無し。
「あ~、惜しかったねえ。もう少しで説得できそうだったのに」
グローリエンの言葉にルカは複雑な表情を見せる。彼は、まだ諦めたわけではないのだ。そんなルカを遠目で眺めていたヴェルニーは、誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。
「危険だな、あの男……早く始末しないと」




