モルゲッソヨ
ルカ達をつけているぼろきれの正体は、彼のかつての仲間、ガルノッソであった。
元は、間違いなく普通の人間であったはずであるが、ぼろきれの奥で蠢くその風貌は現在は大きく変化している。少なくともその目に宿す光は正気のそれではあるまい。
その、狂気をも感じさせる男が、ルカ達の後をつけているのだ。
「それにしても、変な感じです。一介のC級冒険者に過ぎなかった僕が、こうしてヴェルニーさん達とこの町の危機に対応してるなんて」
元々魔力を持たない戦士であったガルノッソはリナラゴスと違ってグローリエンの警戒網にもかからずに近づくことが出来る。
「君に元々それだけの素養があったのさ。腕っぷしだけで冒険者の優劣が決まるわけじゃない。君は優秀な冒険者だよ」
ヴェルニーにポンと背中を叩かれて、ようやくルカは胸を張って歩くことが出来た。一方のガルノッソからすれば妬ましい光景以外の何物でもない。
「ふざけやがって……C級の、それも俺たちの足を引っ張ってたお荷物の分際で。俺とお前で何が違うってんだ。いや、お前の方が遥かに下だったじゃねえか」
食いしばった歯は狼のように尖った犬歯をしており、大きく裂けた口からは涎が滴り落ちる。
「そういえば、結局メレニー以外のメンバーはどうなったの? みんな死んじゃったの?」
今にもルカ達の方へと襲い掛からんように見えた殺気を孕んでいたガルノッソであったが、グローリエンの言葉に気勢を削がれた。
「前衛のベインドットは結局行方知れずです。魔導士のギョームは、皆さんの知っての通り……」
「ギョーム……」
遠くから聞こえてくるルカの言葉に、幼馴染の名を呟く。ギョームとガルノッソは同郷の友人であり、「都会に出て共に名を上げよう」と誓い合った中であった。しかしダンジョンの中奇襲を受け、ギョームはドラゴンの胃の中に納まることとなった。
「ええと、ルカくんを入れて……それで、四人? それで全員? 大分小さい所帯のパーティーだね」
「はい」
おいおいふざけるなよ。誰か忘れてないか。ていうか一番重要なリーダーを何忘れてやがんだコラ。と、突っ込みたいところであるが、ぐっと我慢。
「あっ、ごめんなさい、もう一人いました。リーダーの……なんだっけ、モルゲッソヨ?」
これは酷い。
いくら半年前のこととはいえ、裏切ってルカを始末しようとしたとはいえ、ともに命を懸けた冒険をした仲間である。その仲間の名を忘れるとは如何なることか。
「そんな名前じゃ、なかったはず……ガルノッソじゃなかった?」
それまで静かに話を聞いていたスケロクが訂正する。さすがは斥候といった記憶力ではあるが、パーティー外の人間の方がよく覚えているとはどういうことなのか。
「まあどっちでもたいして変わらないですよ。どうせ死んじゃったんですし」
すでに過去の人扱いである。ガルノッソは怒りで叫びそうになるのをかろうじて抑え込む。
「そういえば『死亡』扱いでギルドに届け出てたんだっけ? もう半年経ったからリーダー死亡扱いでパーティーは解散されちゃったの?」
ハッとガルノッソは頭を上げる。
彼自身忘れていたが思い出した。彼は一度ギルドに出頭して、パーティーは解散したものの死亡届は取り下げさせたのだ。ルカがギルドに尋ねればそれは分かるはず。それなのに「死んだ」などと言うのは、一つしか考えられない。仲間を失った、というあまりにもつらい記憶を封じ込めるためにあえて「死んだ」ことにしているのだ。それしか考えられない。
「そういえばアンナさんに聞くの忘れてました。まあ今更別にどっちでもいい事なんで」
どっちでもいいとはどういうことだ。
飛びかかりそうになる自分の体を自分で押さえつける。
一応、自分はルカが初めて冒険者として参加したパーティーのリーダーのはずである。いわば人生の師。それがこんなぞんざいな扱いでいいものか。いや良くない。
「ひどいなあルカ君。仮にもパーティーの仲間だったんだから」
いい。流石だ。流石はS級パーティーのリーダーは言うことが違う。ガルノッソはヴェルニーに惜しみない賛辞を贈りたい気持ちになったが、今見つかるわけにはいかない。やはりこれもぐっと抑え込む。
「リーダーだったんだろう? C級とはいえ、何かいいところがあったんだろう?」
「いいところですか……」
いや……
夏とはいえ日が暮れてくると少し肌寒い。そんな街の中を一行の足音だけが響く。
いや、あるだろう。あるはずだ。十分ほど無言で歩いたか。その間ガルノッソは祈るような気持ちでルカの次の言葉を待った。
「いやその……ありますよ? 彼も、はい、そうです。いいところがあるんですよ」
だからそれを早く言えと言っているのだ。
「ただちょっと、すぐには出てこないというか……もうここまで出かかってるんですけどね」
そう言いながら自分の喉を指差すルカ。じゃあ言えよ、あるんだろう。お願いだから早く言ってくれ。ガルノッソは願った。
「あの……ちょっと今日は出てきそうにないんで、明日。明日絶対言いますから。それまでにモルゲッソヨのいいところ思い出しておきますんで」
「ガルノッソだって言ってんだろうがぁッ!!」
とうとう飛び出してしまった。しかしルカへの攻撃は何かに弾かれた。
「な、何かつけてきている奴がいるとは思っていたが……何者だ」
攻撃を弾いたのはスケロクの小太刀。魔力を発しないガルノッソの追跡であったが、スケロクの察知能力から逃れるのは不可能だったようである。
「その姿……まさか、ガルノッソなのか!?」
異形の化け物。
そうとしか表現のしようがなかった。
全体のシルエットとしてはオオトカゲといったところか、面影のない体全体はまるでリザードマンのように鱗に覆われており、その肩幅と同じような太さの長い首の先端に人間の顔がついているような不気味な姿。
耳まで避けた口からは時折火花のように赤い舌がちろちろと姿を見せている。
「納得いかねえ……納得いかねえぞ。なんでてめえばっかり、うまい目ぇ見てやがんだ。俺とお前の間に、いったい何の違いがあるっていうんだ」




