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夜闇の追跡者

「だれ? つけてきてるの」


 その日の夜。


 ギルドからの帰り道、違和感を覚えてグローリエンは振り返った。


 見かけにはうら若い少女に過ぎない彼女ではあるが、その実はAランクパーティーの冒険者。他に足を引っ張られてはいるが、彼女単体ならばSランクにも相当するとまで言われている猛者である。


 帰る道に守る者などつけはしなかった。よほど物知らずでなければ彼女を襲おうなどという不届き者はあるまい。


 しかしこの夜、確かに彼女は自分の跡をつけてきている者の気配を感じ取ったのである。


「いい月夜だな」


「リナラゴス」


 元々は「外の世界が見たい」とエルフの隠れ里を抜けてきたグローリエン。その彼女の冒険に半ば無理矢理ついてきたのが幼馴染のリナラゴスであり、彼女の所属していたパーティー、ワンダーランドマジックショウのリーダーであった。


「あんたねぇ……まだなんか私に用があるの?」


 そして彼女がパーティーを抜けた今となっては、ただの昔馴染み。


「私は……次の里の長とも目されていた男だぞ……それを棒に振って君についてきたというのに、今更『抜けます』などと言われてはいそうですかと納得できるとでも思うのか?」


「知らないわよ。あんたが勝手についてきたんでしょうが。帰れば?」


「帰れ? 帰れだと!?」


 たとえ顔なじみであったとしても、薄暗い月夜の中、男が詰め寄ってくるのは恐怖感が強い。いわゆる「壁ドン」というものか、路地裏の塀にまでグイグイと押し込められてしまった。


「一度外の世界に触れたものは長にはなれない『不可触原則』を知っているだろう。私はもう里に帰っても長にはなれないんだよ! どうしてくれるんだ!」


 お前が勝手にやった事なんだから知るか、と口に出すのは無責任であろうか。しかし無遠慮なグローリエンもリナラゴスの気迫に押されてその言葉を口にすることもできなかった。


 何か妙だ。


 彼は何をしに彼女のあとをついてきたのか。


 まさか恨み言を言うだけではあるまい。パーティーに戻るように説得に来たのか、そうでなければ……


 グローリエンは呼吸を整える。


 普段ダンジョンではモンスターやデーモンと命のやり取りをしている彼女ではあるが、自分よりも体の大きな男性に詰め寄られればやはり恐ろしい。高まっていた鼓動を抑え、精神を集中して魔力を高める。


 同時にリナラゴスが魔力を練っていないか、観察をする。


 まさかとは思うが攻撃をしてこないか。この男の目的は何なのか。


「分かっているだろう。エルフはエルフ同士で結ばれるべきだ。まさかニンゲンどもの汚い血を入れるつもりじゃないだろうな」


「私が何をしようと……」


 勝手だ。だがその「勝手」を許せない男もいるのだ。果たしてそれは正気であろうか。


「私から逃げられると思うのか」


 手首をぐいと掴まれる。この優男にこんな力が、と一瞬思ったグローリエンであったが、その異様な感覚におぞましさを覚えた。


 こんなごつごつした手ではなかったはず。


 そう思って掴まれた手首を見るとなんとも名状(めいじょう)(がた)い異形の腕が自分を掴んでいた。


 一瞬ガントレットかとも思ったがそうでもない。カニのような甲殻類か、虫の様な外骨格を持った手だ。この手は、間違いなくリナラゴスの肩から生えているものである。


「ショックウェイヴ!!」


 一瞬の判断ミスであった。少ない魔力で敵の行動を阻害できる極小の電撃魔法を発動したグローリエン。これが判断ミスだったのだ。


 確かにリナラゴスの腕は自由は効かなくなったのだが、電撃のショックは筋肉を収縮させる。彼の腕は逆に思い切りグローリエンの手首を握り、その骨を()し折った。


「ぐおッ!?」

「キャアアッ!!」


 しかしその後リナラゴスは脱力して倒れ込んだため、グローリエンは何とか折れた腕を引き抜いて後ろに倒れ込むように避難した。


 脳内にアドレナリンが噴出してホルモンバランスが即座に戦闘モードに切り替わる。


「リナラゴス、あんたその体は……ッ!?」


「すごいだろう? デーモンがくれたんだよ。この体をね」


 最初は右手だけであった。


 人と変わらぬ外見を持つはずのエルフに似つかわしくないカニのはさみのような節くれだった硬質な皮膚。今はそれが体の八割方を覆っている。いったい彼の身の上に何が起きたのか。


「エルフであることに誇りを持ってたあなたがまさか悪魔に魂を売り渡すとはねえ」


 骨折の痛みからか、グローリエンは額に脂汗を浮かべているが、いつも通りの余裕のある言葉は崩さない。


 右手には杖を持って構え、折れた左手は半身に構えて隠すように立つ。今は自身の痛みよりも、目の前の異常の方が大事。


「黙れ。君の方こそ、短命種と交わっているうちにエルフとしての誇りを忘れたようだな」


 言うなり大きく口を開く。すると口の中からクジラを狩るための銛の如く舌が打ち出された。


 素早く横に跳んでそれを躱しながら片手で印を組むグローリエン。


「燃え上がれ、ファイアブレイズ!」

「咲き誇れ、ローゼロッセ!」


 異形と化したリナラゴスではあったが魔法が使えなくなったわけでは当然ない。


 リナラゴスと、グローリエンの炎の魔法が交錯し、爆ぜる。魔力では少しグローリエンの方が上か。彼女の赤き薔薇がリナラゴスの炎柱を吹き飛ばし、彼自身にも襲い掛かる。


「ぐお……ッ!!」


 小さな悲鳴が聞こえ、そして爆炎が消えた時にはすでにリナラゴスの姿はなかった。


「やったか……?」


 黒いすすの残った路上を見つめるが、リナラゴスの死体はない。まさか骨ごと灰になったというわけではあるまい。取り逃がしてしまったのだ。


 周りに視線を送ってみるとさすがにこれだけの戦闘があったためか周辺住人も様子を見るために出てきたようである。


「こりゃ私も避難した方が良さそうね……いてて」


 危機が去った安心感からか、折れた腕が痛みだす。


「いや、こりゃギルドで治療してもらった方がいいか。それに、報告もしなきゃならなさそうだし」


 夜闇の向こうで、確実に何かが起こっているのだ。

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