情報交換
「ゲー・ガム・グー?」
冒険者ギルドの食堂コーナーでその単語を聞いたルカはこめかみに手を当てて少し考え込んだ。
ルカ達がここ、ベネルトンの町に帰ってきてから三日。彼らは当面のところ情報収集に努めた。何しろ彼らがダンジョンに潜ったころとはいろいろと状況が変わってきているのだ。
ルカにとっては一番変わったのは私生活。ダンジョンに潜る前はメレニーも赤ん坊になっていなかったので当然一人暮らしであったが、今は赤ん坊を育てるために部屋も借り直し、いろいろと必要なものを調達したが、それはまた別のお話。
大きな話題としてはダンジョンのモンスター達が徒党を組んでベネルトンの町に襲撃をかけてきていることである。
通常の町の衛兵では下級魔人相手でも歯が立たない中、敵の指揮官には中級魔人、甚だしくは上級魔人と目される者もいるという。
それゆえ聖アルバン王子を指揮官として腕利きの冒険者を従えてこれに対処しているのである。
アルバン王子といえば以前にシモネッタ姫と「お見合い」をしてそのあまりの巨体に驚いて失神してしまった人物であったが、指揮官として兵を率いるとは、随分と成長したようである。
とはいうものの、名の前に教会から聖者の認定を受けている聖の名を頂いていることからも分かる通り、かなりクセの強い人物のようである。
王侯貴族に似つかわしくない、下々の者にまで博愛をもって接する姿はまさしく聖者の名に恥じないものである。
しかしながら。
兵の被害を極端に恐れ、敵にまで情けをかけるさまに現場では大いにフラストレーションが溜まっているらしい。
挙句の果てに、『ギルド』と同様に国をまたいだ組織である『教会』を通じて、他国の冒険者に勝手に援軍を頼んだというのだ。
「ゲー・ガム・グーといえば、“幻魔拳”モンテ・グラッパの……」
ハッテンマイヤーが口を挟む。彼女は何の因果か『ゲー・ガム・グー』の一員であるモンテ・グラッパの師匠を務めたことがある。
「一応、冒険者というのは国をまたいで活動するのは問題ないんですよね?」
冒険者としては日の浅いシモネッタが尋ねる。
「もちろん。僕達もジャンカタールとかマルセドで冒険者として活動していたろう? 冒険に国境なんてないさ」
しかし国境はないが、縄張りはある。
実際余所者が慣れない土地で好き勝手すれば怖いお兄さんが出てくるのは万国共通である。それを避けるため「スジを通す」組織が冒険者ギルドなのだ。
だが今回サン・アルバンはその辺りの「礼儀」に疎いため、ギルドを通さずゲー・ガム・グーに声をかけたらしい。苛烈な性格で知られるグラットニィは此れに激おこの構え。民には慕われるアルバン王子も冒険者の間での評判は地に落ちた。
「スケロク、実際ゲー・ガム・グーっていうのはどんな奴らなんだい?」
マリャム王国を中心に活動する、ヴェルニーのゲンネストと同じくSランクのパーティー、一般に知られているのはその程度である。
「も、元々は神父だったミゲルアンヘルが還俗してから立ち上げたパーティーで、その関係で教会との繋がりが強いらしい。アルバン王子との繋がりはよく分からないけど、教会で知り合ったのは間違い、ない」
凄腕なのも間違いあるまい。モンテ・グラッパの異常な強さは記憶にも鮮烈に残っている。
「モンスターの方はどうなんです? 相手側はグレーターデーモンが指揮官なんですか?」
「グレーターデーモンかどうかは、まだ噂の段階だね」
ルカの質問にヴェルニーが答える。人間の言葉が喋れないレッサーデーモンと違って、ミドルデーモンと爵位持ちの間に見た目で分かるような明確な差はない。何度もグレーターデーモンと対峙している彼らならば何かわかるかもしれないが。ヴェルニーはさらに言葉を続ける。
「昨日、無理言ってダンジョンの方を見張ってる物見櫓に上らせてもらったが、モンスター側はダンジョン周囲に簡易的なバリケードまで作って陣地を構えている。正面からぶつかるなら、少し苦労しそうだね、あれは」
「正面突破……するべきなんでしょうか?」
ルカの質問に全員が考え込む。実を言うと、彼らナチュラルズと、他の冒険者たちとでは今回の件に対する考え方が少し違っていた。
「実際に無辜の民が襲われているんで、アルバン王子みたいに『話せばわかる』とは言いませんが、ある程度デーモンのことを理解している僕達だからこそ、できることがあるような気がしてならないんです」
確かにその通りなのだ。今の動きを見ていればデーモンが人間の世界に侵略してきているのは間違いないだろう。だが彼らも一枚岩ではないことをルカ達は知っている。ヴァルメイヨール伯爵や、従者のイゴールのように向こう側にも話の分かる相手がいる可能性は高いのだ。
ならば……
「潜入……」
スケロクの言葉にルカはつばを飲み込む。
「パーティーと、別行動になってしまいますわよね? 私はともかく、ヴェルニーさん達は大丈夫なんですか?」
シモネッタの言葉。彼女やルカは現在所属しているパーティーがない状態。しかしヴェルニー、スケロク、グローリエンの三人はそれぞれ元々所属しているパーティーがある。勝手が許される立場ではないのだ。
「私は問題ないよ。もう『ワンダーランドマジックショウ』は抜けたし」
「ええっ!?」
確かに以前そんなようなことは発言していたものの、それから三日の時も経っていないのだ。あまりの決断の早さにルカは驚きの声を上げた。
抜けた理由の一つは、すでに彼女が「ワンダーランドマジックショウ」に対して興味を失っていたこと。エルフの森の外を見たくて外の世界へ出てきたというのに、同郷のリナラゴスは彼女に危険な真似をさせず、受ける仕事も傭兵のものばかり。すでにあの場所は彼女にとって魅力的な場所ではなくなっていた。
その上ダンジョンの中でリナラゴスはマルコを見殺しにしたのだ。もはや彼女に未練などなかった。
「ってわけで、私はナチュラルズ一本で行くから。よろしくね、ルカくん♡」
笑顔でウィンクを送るグローリエンにルカは一抹の不安を覚える。元々享楽的で、その場の勢いで行動することの多い彼女に振り回される未来が見えたからである。
「なんならルカくんのところに泊めてよ。今シモネッタ達と一緒に暮らしてるんでしょ? 家族みたいで楽しそうじゃない」
「だっ、ダメですよこの泥棒猫! 絶対ルカ様に変な誘惑する気でしょう!」
「え~、しないってぇ。いいじゃない、ねえ?」
前途多難である。




