ベネルトン防衛作戦
「おらよッ!!」
夕暮れの森の闇の中、何かが煌めく。
異形の化け物の首が落ちた。
2メートルほどの筋骨隆々の身体を持った二足歩行の悪魔は、口から炎を吐き出そうとしていたようであったが、首の切断面から鮮血と炎を噴き出し、力なく横たわる。
満足気にその巨体を眺めながら息を整えるのはバスタードソードを構えた剣士、グラットニィ。彼の後ろには数多の冒険者達が控えており、臨戦態勢であるか、もしくは実際に戦闘を行っている最中である。
ベネルトンの街の東にあるダンジョン、現在の正式名称は『竜のダンジョン』と呼ばれているが、その入り口付近の森の中では人と魔の戦いが行われていた。
先陣を切って戦っているのはゲンネストの副リーダー、グラットニィ。片手で扱うのが困難なほどの長く、厚い刃を持つバスタードソードの使い手である。
先ほど首を落とした悪魔の身体の上に足を乗せ、軽く揺すってもう動かないことを確認する。
「アーセル、こいつぁ下級魔人だな?」
一方刎ね飛ばされたデーモンの頭部を拾い上げて顔を覗き込みながらそう答えたのはゲンネストの中心人物の一人、アーセル・フーシェ。少しイカれたヤク中患者の様な風貌ではあるが短刀使いの盗賊であり、斥候としての能力だけでなく戦闘能力も高い。
「みたいですね、アニキ」
冒険者達の言う魔人には明確な区分けなどないし、単一の種族を指してもいない。
遠目に見て人の形をしており、知能が高く、強い個体を指してデーモンと呼んでいるのだ。今グラットニィが倒した者も、遠目に見れば人型ではあるが、竜の様な太い尻尾が生えており、近くで見ればとても人間には見えない。
さらにデーモンも上級魔人、中級魔人、下級魔人と分けているものの、こちらもまた明確な区分けがあるわけではない。
どうやらガルダリキと呼ばれるデーモンの生存領域にも貴族がいるらしく、力の強い者は爵位を持っているらしい、ということが分かり、『爵位持ち』を上級魔人、人の言葉を解さず、力の弱い者を下級魔人と呼び、そのどちらにも属さない者を中級魔人、または単にデーモンと呼ぶことが多い。
要はあくまでも冒険者目線。
自分が相対しているものの危険度を測る尺度である。
その尺度で測って、目の前にいるデーモンの集団は、大したこと無いと彼らは判断した。
「ダンジョンには……近づけそうにねえな」
斥候集団のパーティー『黒鴉』のリーダー、エーベルーシュがダンジョンの奥で冥府への道を発見した後、しばらくしてからダンジョンの入り口付近はモンスターやデーモンの徘徊する危険地帯へと変貌し、冒険者は近づけなくなってしまった。
「ダンジョンは、ガルダリキの悪魔が攻めてくるための前哨基地だなんて噂もあったが、まさか本当だとはなあ……」
ぽりぽりと頭を搔きながら非武装の大柄な男がグラットニィに話しかける。先ほど話に出た黒鴉のリーダーのエーベルーシュである。無精ひげの生えた気のよさそうな中年男性といった外見は少し目立ち、斥候としては不適格なのではないかと思われるが、相手に警戒心を抱かせない人好きのするものである。
「スケロクの報告じゃあのダンジョンは魔王バル……なんとかって奴の作った原初のダンジョンらしい。デーモンどもも気合の入り方が違うのかもな」
ダンジョンからモンスターが溢れ出てくることはままある。しかしモンスターの中でも上位の存在とされている魔人、それも人の言葉を解する中級以上が出てくることはほぼない。
したがってそれらは一部の、ダンジョンにて糊口を凌いでいる、それもその中の選りすぐりの冒険者しか見たことのないオカルト生物の類なのである。
ダンジョンの内部は現在「どこの国でもない」と規定されているが、そのダンジョンから知的生命体であるデーモンが這い出してきて組織的にダンジョン周囲の地域を拠点として押さえているのだ。これは国家的危機といっても過言ではない。
「大丈夫? けが人はいませんか?」
そのため聖アルバン王子が中央政府から派遣されてきているのだ。
「王子! このまま外郭でちまちま戦ってたって埒が明かねえですぜ! いつかはやらなきゃなんねんだ。多少死傷者が出ても突っ込むべきだろ」
グラットニィはこれでも丁寧に話しているつもりである。一方温厚な性格で知られるサンアルバン王子の方も彼の無礼な口利きにも不機嫌な様子を見せることはない。
「グラットニィさん、貴方の意見も尤もです。しかしあなた達の類稀なる力こそが我ら王国の貴重な財産。できればただの一人だって失いたくないのです」
心優しい彼の言葉にグラットニィは「はあ」と大きくため息を吐く。尋常であれば王族相手にこの態度だけで首を刎ねられてもおかしくない。(グラットニィ相手にそれができれば、の話ではあるが)
しかし別にトラカント王国が身分の上下に頓着しない地域なのではない。この王子が特殊なのだ。
太陽神リウロイを主神として崇める彼らの宗教は特定の宗派の名を持たず、単に『教会』だとか『神殿』などと呼ばれることが多い。その教会の博愛的な思想が水に合ったのか、アルバン王子は教会の洗礼を受けると、私財を投げ売って慈善事業にのめり込み、『聖者』の称号を受けるまでになった。
しかしこのサンアルバン王子、国民からの人気は大変なものなのではあるが、どうにも荒くれ者の冒険者とは合わないように見える。
グラットニィが悪いのではない。彼の粗暴な振る舞いは冒険者として極めて標準的なものである。
しかし態度の問題は置いておいても、根本的なところで「考え方が合わない」のも事実なのだ。
グラットニィの考えでは「冒険者の命など掃いて捨てるようなもの。惜しんでどうする」というところなのであるが、サンアルバン王子の考え方は全く違うようであった。
元々グラットニィは冒険者としての生活など早々に見切りをつけて、できれば貴人の食客か、騎士にでもなれれば、などと考えていたのだが、まさかこれほどまでにものの考え方に乖離があるとは。
そんな中、甲高い声が彼らの耳に届いた。
「グラットニィ様! デーモンを一匹捕まえましたわ!!」




