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謎の男

「くそっ、何もかもうまくいかねえ……」


 トラカント王国第二の都市ベネルトンは城壁などで囲われてはおらず、したがってかなりの広範囲においてだらだらと不揃いな街並みが続く非計画都市である。


 一番賑わっているのは冒険者ギルドのある街の中心部の繁華街ではあるが、寂れた町の外郭部にも飲み屋はあり、そんなところを拠点にしていればたとえ同じ町の中にいたとしても特定の人間に会うことがない、ということは往々にしてあるのだ。


「俺とルカの、何が違うってんだ」


 そんなわけで、半年以上前にダンジョンの探索中に行方不明となり、「仮死亡扱い」となっていたガルノッソはルカ達が町から離れている間にギルドに出頭して死亡届は取り下げられたものの、パーティーの解散は受け入れ、どこにも所属することなく、身分としては冒険者のまま、特に何か活動をするでもなく町のはずれの飲み屋でくだを巻いていた。


 ルカが以前に所属していたCランクの冒険者パーティー「オニカマス」のリーダーであり、ダンジョンの中で邪魔になったルカを始末しようとしたものの、途中で野良モンスターに邪魔されてパーティーが離散してしまった男である。


 ダンジョンの中で竜に追い回され、亡き者となったかと思われていたが、実際には無事に生き延びていたのだ。


 しかし、いざ冒険者ギルドに戻ってみるとルカは無事に逃げ延び、それどころか自分の方が「死亡者」扱いされてオニカマスも解散申請が出されていることを知った。


 死亡届は解除されたものの、メンバーが自分しかいないためパーティーはそのまま解散。小さな仕事で食いつなぎ、細々と暮らしている中、行方不明となっていたルカが町に戻ってきたという噂を耳にした。


「すげえな、ルカの奴。『踊る石像』の謎を解いて新しい階層への道を開いただけじゃなく、『笑わない伯爵』の試練を解いて、その先の『冥府への道』を発見したのもあいつらしいぜ」


「今あのSランクのヴェルニー達と一緒に冒険してるってんだろ?」


「ちょっと前まで名前も知らないCランクの冒険者だったってのにな。噂じゃBどころか一気にAランクになるんじゃねえか、って話らしいぜ」


 周りから聞こえてくるうわさ話にガルノッソは舌打ちをした。


「俺とあいつで、いったい何が違うってんだ」


 空になったタンブラーをドン、とテーブルの上において項垂れる。


 酒も切れた。ケチな仕事でようやっとのこと糊口を凌いでいる彼にはこれ以上の酒を飲む金すらない。腐ることすらできないとは。以前も決して羽振りが良かったわけではないものの、ここまで落ちぶれるとは思いもよらなかった。


 少しボタンを掛け違えれば、今ルカが立っていた場所には自分が立っていたという未来もあったはず。彼の心の底にはそんな考えが澱のように積み重なっていた。


 「ルカが行方不明」と聞いた時、正直彼はホッとした。一年以上放置されていた「踊る石像」の謎を彼が解いたと噂を聞いた時ですら嫉妬心で発狂しそうであったというのに、これ以上彼が手柄を上げることには耐えられそうにない、それだけを理由に町を離れようかとも思っていたところ、彼が行方知れずと聞いたのだ。


 冒険者の間で「行方不明」とは此れ即ち「死」を意味する。


 しかし彼は帰ってきた。


 竜のダンジョンのいくつもの謎を解き明かし、行方不明となった先からの帰り道では巨人王国マルセドの政変にも関わったという。まるで英雄だ。


 違うのか。


 元からモノが違ったというのか。


 奴は英雄で、自分はろくでなしだったと。


 彼のちっぽけな自尊心が、その言葉を握り潰す。


 ギルドでは今、人を多く呼び集めている。魔人(デーモン)達に対抗すべく、冒険者をかき集めてこれを殲滅(せんめつ)すべし、というのだ。


 冒険者としての道義的にもこの呼びかけには応じるべきであるし、手柄を上げる絶好のチャンスでもある。なにしろギルド連合軍の総指揮官はあの(サン)アルバンなのだ。


 だが、ギルドに行けば必ずやルカがいるだろう。それも、今の彼の名声を考えればサン・アルバン王子の近い場所にいるに違いない。少なくとも、自分よりは高い位置にいる。下手すればルカが自分の上司となりかねない。


 そんな屈辱、耐えられない。


 何者かが、空になった彼のタンブラーに酒を注いだ。


「誰だ」


 その言葉に切った張ったの世界で生きる男特有の鋭さはない。たいして酔ってもいないのに覇気がない。要は気力が無いのだ。


「イェレミアス男爵と申します。お近づきのしるしに」


 彼のタンブラーに酒を注いだのは若い男性……いや、女性だろうか。美しく、整った顔立ちはどちらにも見えるし、どちらにも見えない。ただ、彫刻のように整っており、野に咲く花のように可憐なそれは人の手による作り物としては美しすぎるし、自然の造形物というには作為的すぎる。そんな印象を受ける、少女のような、少年のような人物であった。


「男爵……お貴族様か?」


 確かに平民にしては小奇麗な身なりをしているものの、それを隠すようにフード付きのクロークを羽織っている。せっかくの美しいプラチナブロンドの長髪も、浅葱色のフードに隠されてしまっているが、じっくりと観察すればそのやんごとなき出自は隠せないように見える。


「うふふ、この国の……ではありませんけどね。遠い、遠い国の、ですよ。いずれにしろ、男爵なんて平民に毛が生えたようなものです。お気遣いなく」


 そう言ってイェレミアスと名乗った男は自分のタンブラーにも瓶の葡萄酒を注ぎ、唇を湿らせた。声も男のような、女のような、曖昧な高さであった。


 不気味な人物ではあるが、酒は酒。ただでくれるというのなら文句はない。ガルノッソは遠慮なくタンブラーを煽り、げふりと一息吐き出す。


「何の用だ? まさか人に酒をおごるのが趣味なわけじゃねえだろ」


 人の善意など信じたことはない。しかし腹に入れた酒を返す気などさらさらない。ガルノッソは遠慮なくイェレミアスに尋ねる。


「ふふ、大した話じゃありませんよ。冒険者という方々の、お話を聞いてみたかっただけですから」


 媚びるような上目遣いに、彼のものの素性を探ることなど無意味に感じられた。


 元々失うものなど一つもなくなってしまった人生なのだ。なれば一夜の情欲に身を任せることに何の恐れなどあろうものか。

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