独演会
「アルバン王子……ッ?」
ルカはもはや遥か彼方の奥底にしまわれてしまっていた記憶の欠片を慎重に掘り返す。
このトラカント王国の第二王子であり、聖アルバンとも称される、心優しく穏やかな性格の王子である。自由、平等、博愛を旨とし、貴族や商人はおろか平民に対しても丁寧に対応するその真摯な態度は国民からの支持も高いと聞く。
「お久しぶりです、シモネッタ姫。その節はどうも」
そしてさらに思い出す。
シモネッタが留学と称してこの国に来た時、本来の目的はこの王子との縁を結ぶことであり、初顔合わせの時にそのあまりの巨体に驚いて失神してしまったのがまさに彼ではなかったか。
まあそれはいい。その王子がなぜこんなむさくるしい場所にいるのか。
「ヴェルニーさん達って今の町の状況把握してるッスか? 説明いるッスか?」
当然何も知らない。ルカ達はアンナに説明を求めた。
「まず、一番重要なことから言うとッスね、最近ダンジョンの魔物や魔人の動きが活発になってて、ダンジョンの外まで出てきて近隣住民を襲うことがあるんスよ」
そんな話はジャンカタールの衛兵が言っていたようなことをルカ達は思い出す。
「でね、原因なんスけど、あっ、ヴェルニーさん達ってダンジョンに行ったまま行方不明になってたッスけど、やっぱダンジョンの奥で『アレ』を見つけたのってヴェルニーさん達なんスか?」
「アレ?」
「アレっすよ! 冥府への入り口! タイミング的にそうなんじゃないかって言われてるんスけど。あっ、言ってるっていうのは冒険者のみんながッスけどね。冥府。冥府って本当にあるんスね……っていうかアレ本当に冥府なんスかね? なんの用で行ったのかは分からないんスけど、黒鴉のエーベルーシュさんがダンジョンに調査に行って……不思議ッスよね? 黒鴉って普段はダンジョン行かないッスよね? あれ? 行く? スケロクさんはナチュラルズのメンバーで行ってるッスよね」
説明が下手。
「エーベルーシュさんは多分、ダンジョンで連絡のつかなくなったメンバーを探すために……」
「あっ、黒鴉の話はもういいんス。もうその話はしてないッス。ちょっと寄り道しただけなんで。で、ッスね。ダンジョンの深部まで行く人なんてそういないんで、やっぱりナチュラルズがあの冥府への道を開いたんじゃないかな~、って話にはなってるんスよ。あっ、ただ、最初にギルドに報告したのは別の人なんでヴェルニーさん達に前回みたいな報奨金はないッスよ? そこはしょうがないッス。ほんとギルドも慈善事業じゃないッスからね。頑張りは評価したいッスけど」
「構わないよ。僕達は別に報奨金目当てで冒険しているわけじゃ……」
「報奨金の話は別にいいんスけどマジで半年間もどこ行ってたんスか? グラットニィさんが荒れちゃって、キレたかと思ったら泣き出したり、ホント情緒不安定っていうか、あんな態度だけど意外と仲間思いなところがあって尊いなって……」
「おいアンナ! 余計なこと言ってんじゃねえぞ!!」
話が全く進まない。
まとめるとこうだ。
ヴェルニー達が冥府までの道を切り開いた後、黒鴉のリーダーであるエーベルーシュがダンジョンに潜り、冥府への入り口を発見した。彼はおそらくダンジョン内でユルゲンツラウト子爵に殺されたミゲルとアンリを救出するためにダンジョンに入ったのだろう。
しかし、それと魔物、魔人の活性化に何か関係があるのか。
「いやそれは知らないッス」
じゃあこの話はいったい何だったのか。
「ただ冥府の発見と時期的に一致してるな~と思っただけッス。やっぱヴェルニーさん達がなんかしたんスかね? だとしたらやばいッスよ。こうやって王族まで出張ってきてる事態になってんスからね」
だからその「なぜ王族が出張ってきてる」のかを聞きたいのだが、一向に話が進む気配がない。
いつもアンナは冒険者の話を聞く側の仕事をしていたが、まさかこんなに自分から話すのが下手な女だとは誰も思っていなかった。おそらく彼女の上司は苦労していることだろう。
「でね、住民にも被害が出てるし『こりゃ冒険者だけに任せておけねえな』ってんで王子が出てきたらしいんスけどね? 私王子ってもちろん近くで見るのは初めてだったんスけど、やっぱこう、違うッスね! なんだろう? こう……あっ、そうだ、シモネッタさんも王族なんスよね? なんか聞いた話だとサン・アルバン王子とシモネッタさんがお見合いしたとか言うじゃないッスか」
「ふふ、少し恥ずかしい話だね」
柔らかく王子がほほ笑む。どうやら王子からアンナが直接話を聞いたのか。すでに気安く話せるほどに打ち解けているようだ。
「でね! 初めて王子がシモネッタさんに会った時、びっくりして失神しちゃったって聞いて、ひゃ~、とは思ったんスけど、私もね? シモネッタさんに初めて会った時『うわ~、すっげ~、でっけ~』って思ったんスけどね? あれ? なんかおかしいぞ? これ普通のデカさじゃないぞ? って気づいたんスよ」
この話はいつまで続くのだろうか。
何となくの流れはつかめた。
要するに冥府の発見後、魔物や魔人が多く出没するようになったため国とギルドが協力して事に当たることになり、その指揮官として王子が来たのだろう。おそらくは彼に経験を積ませることも目的として。
その話と今のアンナの話が繋がるのか。難しいところだ。聞き流してもいいが、もし重要な話と繋がっていたりするとそれはまずい。
「で、気づいたらめちゃめちゃおっぱいがデカいじゃないッスか」
どうやら関係なさそうだ。ヴェルニーはアンナを無視してグラットニィの方に向き直る。
「心配かけてすまなかった。グラットニィ。テレポーターに引っかかって遠隔地に飛ばされて、すぐに戻れなかったんだ」
「だぁから言っただろうが! ダンジョンなんぞに行くなってよ」
「まあ体もデカいんスけどね! でも明らかにそれ以上のデカさがあるな、って気づいたんすよ。けどまあ、あんまり胸ばっかり見るのもいけないな、ってああそう、男の人って気づかれてないつもりかもしれないッスけどね、気づくんスよ? 女の人って」
「ヴェルニー」
グラットニィはヴェルニーの襟首を掴み、顔を近づける。
「俺の指揮下に入れ。マリャム王国のSランクパーティー、『ゲー・ガム・グー』が近く派遣されてくるらしい。そうなりゃ俺らのメンツ丸つぶれになる。その前にどうしても決着をつけたい」
「女の人ってね、胸ばっかり見てる男の視線には……気づいてるんスよ」
「うるせえんだよお前は! さっきから!!」




