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怒り

「ぐ……ぉッ……」


 ルカは一切の防御行動も回避行動もとることが出来ずに、その場に崩れ落ちた。


 瞬間であった。扉を開け放った直後、ノーモーションでの首相撲からのチャランボ。ヴェルニーとスケロクですらもアクションを起こすことが出来ず、見ているだけしかできなかった。


 鳩尾に衝撃を受けたルカは呼吸もできずにうずくまるしかなかった。


「お母様!!」


「少し見ない間に、随分と大きくなったわね、シモネッタ」


 感動の親子の再会である。


「ぉヵ……ぇ?」


 ルカを無視しての。


「あのハッテンマイヤーさんの姉で、シモネッタさんのお母さんだからある程度予測はしていたけれど、思った以上の傑物だね」


「メレニーを預かっておいて正解だったねえ」


 傑物とはまた随分と穏当な言い方であるが、まさか挨拶もせずに視界に入った瞬間ひざ蹴りが飛んでくるとは誰も思っていなかった。


「ふっ……ふっ……」


 ようやくルカは呼吸ができるようになってきた。いの一番にシモネッタとの間に男女の関係はないと言い訳するつもりではあったが、まさかこれほど展開が早いとは。


 しかし実際彼に非はないのだ。呼吸が落ち着いてくるとともに心には怒りの炎がくすぶり始める。


「あのですねぇ……ッ、話も聞かずにいきなりこんなこと……」


「あなたが『花のつぼみの君』?」


 ルカの動きが止まった。


「な、なぜ……知って」


 初夏の温暖な気候のせいなどでは決してない。ルカの全身から汗が吹き出し、あご先から滴り落ちる。


 ルカは立ち上がりながら視線をシモネッタに送る。彼女は顔を逸らした。


 この女、例の「全裸助太刀事件」のことを母親に手紙で送っていたのである。当然ながら本人の許可など得ずに。


「で、なに? 今度はその『花のつぼみ』で私の大切な娘を孕ませたと?」


 情報が早い。


 メレニーが二人の間の娘であるなどという情報は先ほどの裁判前に開示された情報であるはず。もしくは搾乳の件から情報が回ってきたのか。いずれにしろ軟禁状態にある彼女がこれほどまでに早く情報にアクセスできるとは全くの予想外であった。


「シモネッタ」


「あ……ハイ」


 母の呼びかけにシモネッタは緊張の色を浮かべる。


「裁判での事、聞いているわ」


 ほんの数十分前に結審した裁判の内容も把握している。おそらくは彼女の息のかかった密偵がどこかにいるのだろう。


「よくやったわ。それでこそ私の娘よ」


 シモネッタの母、アルベルタは彼女をぐいと引き寄せると抱きしめた。アルベルタも長身の女性ではあるが巨人族のシモネッタとは比べるべくもない。


 シモネッタは両膝を床につけ母の胸に抱かれた。安堵か、それとも承認欲求が満たされたのか。いずれにしろ幸せそうな顔を浮かべている。


 自分が蹴られたことについては納得のいかないルカではあったが、この親子の邂逅にはホッと安心のため息をついた。


「いいですね。親子って」


「そうかい?」


 独り言にも似たルカのつぶやきに答えたのはヴェルニーであった。


「僕が、『親』というものに幻想を抱きすぎているのかな。ひどく醜悪なものに映る」


 この言葉を聞いてルカは初めて自分の言葉が失言であったことに気づいた。ヴェルニーは孤児である。


「なに? あなた。私に何か文句でもあるの?」


 見るからに負けん気の強いアルベルタはこれを聞き逃さなかった。独特な緊張感がはしる。まさかまたチャランボが飛ぶのではないか。ヴェルニーの方もまさかそれに対して本気で反撃したりはしないだろうが、何しろこの国に入ってから普段冷静な彼が妙に苛立つような仕草を見せることが多い。先ほどの発言も、いつもなら本人の前で言ったりはしないはずの言葉だ。


「ちょ、ちょっとヴェルニー?」


「君はどう思っているんだい、シモネッタ? 僕には君達親子の関係が酷く(いびつ)に映るんだが」


 珍しくグローリエンまでもが狼狽えている。おそらくはヴェルニーが他人に対してここまで不快感を露わにする姿を初めて見たのだろう。


「私は……」


 そしてあの泰然自若としたシモネッタまでもがこの状況に戸惑っているようである。ハッテンマイヤーはただ、静かに見守っている。


「私は立派な人間となってお母様に認められたい、たったそれだけなんです。何も歪なことなんてありません」


 一瞬穏やかな空気が流れた。立派に成長して親に認められたい。それは誰もが思う健全な心であり、親もまた自分を越えて欲しいと思うからこそ子を厳しく躾けるのだ。王宮という特殊な環境もあり、つながりの薄いように見えたシモネッタ親子であったが、そこに普通の家庭と、何の違いもないのだ。


 それを思い出させるために、ヴェルニーはこんな突っかかりともいえるような物言いをしたのかと、ルカ達はそう思った。


「僕はそうは思わない」


 しかし違った。


「立派になって認められる? そんな赤の他人でもできることを親に求めるのはおかしくないのか? それとも僕の方がおかしいのか?」


 雨降って地固まるだとか、そのための演技だとか、そんなものではない。孤児として育ったヴェルニーには本当に分からないのだ。


 そして彼のあまりにも素朴な質問に、自分に疑いなど持っていなかったシモネッタも自分のありように疑念を抱き始めていた。


「誰か教えてくれないか。条件付きで子供を愛するのが本当に親っていうものなのか」


「ごちゃごちゃうるっさいわねこのホモ野郎が」


 アルベルタの怒りが爆発した。

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アルベルタ……ダメだ。頭の中でデ◯ィ夫人になってしまう……
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