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黒い風

「行こう、みんな。あの怪物(モンスター)の世話はジェリド王子に押し付けて」


 ヴェルニーの提案は魅力的であった。


 ぶっちゃけて言えば、ナチュラルズの面々はこの国の行く末などに欠片ほどの興味もない。議会派でも王党派でも好きにやったらよろしいがな、というのが本音である。


 そもそも冒険者が国のことなどに関わってもろくなことがないし、この国の問題点は専制政治だとか民主主義だとかいう部分よりはもっと根本的なところにあるように思えてならない。


 その辺りの話はモンテ・クアトロ議員率いる議会派と、ジェリド王子や新シモネッタ姫がすり合わせをしていくのだろう。それが彼らの共通見解なのだ。自分達にはもっと大切なことがある。


 広場に残した、この国の主役達に政治は任せる。


 その間に、彼らは本来の目的を果たすために王宮へと向かっていた。正確には、王宮の外れの、そのまた向こうにあるビエネ宮に向かう。


 「宮」と名付けられてはいるものの、これを宮殿と呼んでよいものか。粗末な小屋、というほどではないものの、貴族の屋敷としても少し見劣りするか。


「これは……シモネッタ様が住んでいた屋敷ですね。ここに姉さんが……?」


 シモネッタの母、アルベルタはハッテンマイヤーの姉である。


 モンテ・クアトロから得た情報では現在彼女は元々シモネッタに与えられていた屋敷に軟禁された状態で身分を保留されているのだという。


 革命政府でも、彼女の扱いについては決めかねているところがあった。見方によっては旧支配層の反革命容疑者法適用対象に見える。


 しかし、見方によっては王族から性的に搾取され、子供を孕まされた被害者のようにも見える。


 実際彼女は子供を産んだ後も宮廷で楽師として働き、そして娘であるシモネッタは王族としての権利を享受することもなく、政治の表舞台にも出ず、ほとんど幽閉にも近いような形で大人になるまで育てられたのだ。


「シモネッタさんのお母さんって、どんな人なんですか?」


 腕に抱いたメレニーをあやしながらルカが尋ねる。シモネッタの人間関係については、分からないことが多い。教育係のハッテンマイヤーのことは母のように慕ってはいるが、本物の父母についてはどうなのか。


 最初マルセド王国に入る時、シモネッタは国の政変に関してはノータッチで通り過ぎようとしていたし、父が処刑されたことを知っても心を動かすことはなかった。


 だが、母については少なくとも「助けられるならば助けたい」とは思っていたようであるが。実際その関係性においてはどうだったのか。


 ルカからすれば、彼女の母親がどんな人間なのかは非常に気になるところである。彼自身としては全くそんな気はないものの、もしこのままお付き合いをするとなれば身内となる人間であるし、その先も……と考えると、彼は「ある事」を思い出す。


 ジャンカタールで喰らったNTR幻魔拳だ。


 幻覚の中で見たメレニーの交際相手、レオ君。今度は自分があの立場に立つことになるのである。


 しかも、自分の職業はまさに吟遊詩人(バード)である。先ほど聞くに及んだところによれば、シモネッタの母は宮廷楽師……よりにもよって、自分と同じ系統のスキルツリーの遥か上位に存在するクラスだ。


「お母様は……とても厳しい人ですわ」


 よし、自分は行くのはやめよう。


 ルカは決意した。


 よくよく考えてみればこれは感動の親子の再会。自分には関係ない。別に彼女と結婚を約束しているわけでもなければお付き合いをしているわけでもないのだ。親子水入らずの場に自分がいる必要も別にないだろう、と判断した。


「お母様にルカ様を紹介できるのが、私楽しみで楽しみで」


 敵もさるもの。即座に逃げ道を潰される。


 まあ、楽しみなら仕方ない。同席はしよう。だがあくまで自分は冒険の仲間であり、別に男女の関係でもなければ将来にそうなる予定もないのだ。会ったら、まずそれをいの一番に伝えなければならないだろうと覚悟を決めた。


「姉は、男女関係にはかなり潔癖なところがありましたからね。まあ、だからこそ懐妊したと聞いた時には驚きましたが」


 ハッテンマイヤーもプレッシャーをかけてくる。ここに味方はいないのか。


「ルカくん、ルカくん」


 グローリエンが声をかけてきた。そうだ、自分にはこの、ナチュラルズの仲間がいるではないか。


「殴られたりするかもしれないからメレニー預かっとくよ」


 慈悲はない。


「ふう……」


 館の扉の前に立ち、シモネッタは息をつく。緊張しているのか、とルカが尋ねる。


「ええ。もう直接会うのは一年ぶりくらいになりますか」


「一年ぶり? 留学に出る前には会わなかったの?」


 ルカも王侯貴族の生活というものを全く知らないわけではない。たとえ親子で会っても庶民のように気軽に会うことはできないとは何となく知ってはいたものの、せめて外国に留学に行く前に挨拶くらいはしないのかと訝しんだ。


「お母様は、次に会うのは王族としての務めを果たせる、立派な人間となった時だと……私も、その通りだと思いましたから」


 薄情なのか、それとも愛に溢れているからこそなのか、その判断はルカにはつかなかった。庶民と貴人ではその両肩にかかる責任が違う。そのため通常の親子関係のような測り方はできないのは容易に想像できたが。


 ルカは、隣に立つシモネッタの顔を見上げた。


「私の人生の目的は、どこに出ても恥ずかしくない立派な人間となって、母に認められることです」


 まっすぐに扉を見つめる彼女の顔は、まぶしいほどに晴れ晴れとしていた。


 結局ダンジョンでトラブルに巻き込まれ、留学も中途半端な形で各地を放浪することとなってしまったが、こうして祖国の危機に駆け付け、見事敵を打ち倒し、母を救出に来たのだ。


 まだ十代の少女にこれほどのことが出来るものなど、大陸広しといえどもそうはいまい。


「失礼します、お母様。ただいま帰りました」


 シモネッタは堂々とした態度で扉を開ける。


「シュッ……!!」


 その刹那、一陣の黒い風が舞った。


 何者かの両腕が万力のようにルカの首を挟み込み、動きを止めるとその鳩尾をヒザ蹴りが襲ったのだ。

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