新シモネッタ姫
誰もが事態を測りかねていた。
「あなたが……シモネッタ姫……?」
「ええ。今まで隠していてすみませんでした」
ベルナデッタの突然の告白。しかし彼女がシモネッタ姫であるというのならば、じゃあシモネッタはいったい誰なのか。ルカはシモネッタ姫だと思っていたシモネッタに視線を送ったが、シモネッタはベルナデッタと名乗っていたシモネッタ姫の方を見て愕然とした表情をしている。
要は、誰一人としてこの事態を正確に把握している者などいないのだろう、という結論に落ち着いた。
「ピエトロさん!」
おそらくはこの中で一番真実に近いであろう人間にルカは声をかけた。
「彼女はいったい何者なんですか!」
執事ピエトロはベルナデッタから少し距離を取って答える。自然と、彼の周りにシモネッタも含めたナチュラルズのメンバーが集まってくる。
「実を言うと、彼女が何者なのかは、私達もよく分かってはいないんです」
なんということか。彼らはベルナデッタに仕える使用人達ではなかったというのか。
「約束ですよ。全てを包み隠さず話してください」
ルカが詰め寄る。まさかこの期に及んで「未だその時ではない」などとは言わないだろう。いや、言えないだろう。
「少なくとも、彼女はベルナデッタ・サンティではありません」
「じゃああなた達は一体……?」
執事のピエトロはルカに詰められて一瞬他の使用人たちに視線を送ったが、観念したように話し出した。
「私達は、詐欺師です」
「私達と同じだね」
「グローリエンさん?」
「元々は、王党派と連絡を取りたいと言って接触してきた女がサンティ家の令嬢とわかって、これは金を生みそうだと思ってたんですが、実際に動き始めて裏を取ってみると、どうやらベルナデッタ・サンティは本物が別にいる、ということが分かって……」
普通に考えればその時点で手を引くべき案件であろう。いくら国内が混乱しているからと言って、分の悪い賭けではないか。
「よくよく調べてみると、彼女は本物のベルナデッタのもとで働いていた侍女らしく、サンティ家の事情には詳しかったんです。なんで、何か確実な儲け話に繋がるネタを持っているんだろうと思って協力したんですが、どうしても話がかみ合わないことが多くて……」
ちらりとベルナデッタの方を見る。彼女は堂々とした態度で何やらモンテ・クアトロと話をしている。
「どうやら彼女は、自身を本物のベルナデッタだと思い込んでいる……いや、思い込んでいたみたいなんです」
野生の怪物である。
ナチュラルズの面々の顔に、恐怖の差し色が乗った。
「元々の彼女はベルナデッタ・サンティの侍女の一人、エレナ・グレコ。しかし天涯孤独の身らしく、身元の保証人もいないので、それも彼女の『本当の姿』なのかどうかはもはや誰にも分かりません」
「なんで……」
なんでそんな危険な女に付き従っているのだ、とルカは言おうとしたのだが言葉を飲み込んだ。なぜならば、実際にこの作戦が上手くいってジェリド王子と繋がりを持ち、議会派の親玉であるモンテ・クアトロを打倒するところまで来てしまったのだから。詐欺師ピエトロは慧眼であると言うほかあるまい。
そして今、また局面は新展開を迎えているのである。
「もちろん。あなたが戦っていたシモネッタ姫は影武者という奴です。普通に考えて姫が戦うわけないじゃないですか」
ベルナデッタはもっともらしいことを言っている。そう、他人から見てそれなりに整合性のある事を言っているのだ。彼女は狂気に支配された化け物なのか、それとも自分自身をすらだます天性の詐欺師なのか。
「最初から……シモネッタ姫になり替わるつもりで……?」
「もちろん」
ルカは決して他の人間、特に野次馬やモンテ・クアトロには聞こえないようにピエトロに近づいて話す。
「もちろんそんなわけありません。こんな話、今初めてここで聞きました。信じてください。打合せなんか一切してないんです」
彼らも彼らでまた、巻き込まれた被害者なのだ。
そうだ。彼女がもし邪心ある詐欺師であるならば、何の打ち合わせもなく本人がすぐ横にいるこの場で自分の事を「シモネッタ姫である」などと言うはずがないのだ。つまり、本気で自分の事をシモネッタ姫だと思い込んでいるからこそできる芸当なのである。
「多分ですが、シモネッタ姫とあなたのロマンスや冒険の話を聞いて、頭の中で何度も何度もリフレインしている間に、姫に対して憧れや共感を持ち、いつの間にやら『これは、自分の物語だったんじゃないか』という思いに至ったのではないか、と」
そして、都合のいいことに、シモネッタについては存在は知られていたものの、公の場に出てくることは一切ない人物だったので、確信をもって彼女がシモネッタではないと断言できる人間がこの場にはいないのだ。本人と、ハッテンマイヤーくらいである。
そしてその本人は、ベルナデッタの話を聞いているだけで、なぜか否定も肯定もしていない。
「待て! 待て待て待て! おかしいだろう!!」
いや、もう一人いた。
次の裁判のために控えていたジェリド王子。事実上革命政府が倒れたため裁判は有耶無耶に、そして拘束を振り切ってここへ出てきたのだ。この男はさすがに姉の顔を知っている。
「この女のどこんがあぁぁぁぁッ!?」
スケロクがジェリド王子の親指を掴み、内側に巻き込むように捻りながら下に下げる。たまらず王子はその場に膝をついて動けなくなった。
「……な、何をする、貴様!」
「今は静かに。別に誰が『シモネッタ役』をやろうと大きな違いはないでしょ」
彼が何を見て動いているのかは分からないが、スケロクはとりあえず「様子見」に徹したいようで、場を動かそうとしたジェリド王子を拘束したのだ。
尋常であれば不敬罪もいいところであるが、本来なら自身の公開裁判を控えていた身、王子はおとなしく引き下がった。それよりは、かかる事態の行く末の方が大事なのは彼も分かっているのだ。
いずれにしろ、話がどう進もうとしているのか、シモネッタ姫がなぜ何も言わないのか、みんな何となく見えてきた。
シモネッタはもはやマルセドに未練などない。めんどくさい王族の仕事などこの怪物に任せてとんずらしてしまおうというのだ。
「さあ、モンテ・クアトロ議員、立ってください」
新シモネッタ姫が手を差し出す。モンテ・クアトロはふらつきながらもその手を取り、立ち上がる。
「あなたもまた、この国の未来を憂いて立ち上がった人の一人には違いないのです。たとえこれまでの遺恨があるといえども、手を取り合うことが出来ないなどということはないはずです」
遺恨などあろうはずもなし。この女は王家となんの繋がりもないのだから。
しかし、あまりにも堂々とした、いかにも「王族の言いそうなセリフ」に周りの空気は酔いしれていた。




