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正体

「く……ぅ……」


 人権派弁護術十段の使い手、モンテ・クアトロ議員は自身の頬を打つ雨滴の感覚にて目を覚ました。


(おれ)は、負けたのか……」


 空が、見える。


 どうやら自分は敗北して大の字に天を仰いで寝ていたようだと、その時ようやくモンテ・クアトロは理解した。彼には、とうとう雨の降りだした空が、革命の成し遂げられなかったことを嘆いて泣いているかのように思えた。


 ズキズキと痛む頭を押さえながら上半身を起こす。


 この雨天にも拘らず裁判を見に来た野次馬どもも誰一人として帰っていなかったようである。


 当然だ。これはただの裁判だけにとどまらない。この国の行く末を大きく左右するものであるということに、無学な一般市民ですら気づいているのだ。


 休むことなく走り続けた革命政府が、とうとう倒れたのだ。


「最後のアレは、いったい何をしたんだ?」


 モンテ・クアトロのすぐ近くにはハッテンマイヤーに首を縫われているルカがいた。シモネッタの同廻し回転蹴りを受ける直前、確かに何かに躓いたのだが、そのことである。


 あの時ルカが確かに何かを仕掛けたのだが、少々のことで足を引っかけても彼の体重と体幹の強さならば、バランスを崩すことなど決してなかったはずなのだ。


「これです」


 ルカは細く、しなやかな糸を手に取って見せた。


「竪琴に使われているガット弦。これを円状に繋げて足に引っ掛けたんです」


「その程度で、この(おれ)が転倒するはずが……」


「ええ。ですから右足と左足に引っ掛けたんです。僕が足をかけたところで引きずられておしまいでしょうが、しかし自分自身の足にかけられたらきっとバランスを崩すと思って」


 ふふ、とモンテ・クアトロは声を押し殺して笑った。首が取れているのに動いたのも驚きだが、ちっぽけな楽器の弦が決め手となって敗北するとは、夢にも思っていなかったのである。


「これで、シモネッタさんは無罪なんですよね?」


「う、ああ~……いや……」


 ルカの問いかけに裁判長は何とも答えることが出来ず、モンテ・クアトロに助けを求める視線を送るばかり。


 モンテ・クアトロはひらひらと手を振った。


「勝訴!!」


 スケロクが「勝訴」と書かれた白い紙をバッと広げた。何やら彼の地元ではそんな風習があるらしい。


「革命未だ成らず。同志よ努力せよ」


 地べたに正座をすると、モンテ・クアトロは自らの腹に両手を当てた。


「ちょ、ちょっと、クアトロさん!? 何をする気です?」


「腹を掻き破り、我が道に一点の曇りもないことを証明して果てよう」


 なんと、素手による割腹自殺を試みようというのだ。


「ま、待って待って! 待ってください! 裁判に負けただけでしょう!? 自殺する必要なんかない!!」


 ルカにはそう見えたのだろう。しかしこれはクアトロにとっては違う。断じて自殺などではない。政治闘争に敗れた末の敗北死。


「そうですよ。死んで逃げることなど許されません。議会派の親玉なら、ちゃんと『総括』をあなたがしないと、誰がするっていうんですか」


 クアトロに声をかけたのはそれまで動きを見せていなかったベルナデッタであった。


 ルカは頭の中を整理する。この女の立ち位置は何だったか……。確か、父親のサンティ親方(うぇーかた)は議会派であったはず。しかし彼女自身は王党派。


 親に議会派の重鎮との結婚を強要されたからというしょうもない理由ではあるものの、モンテ・クアトロとは本来敵対関係にあるのだ。


「ベルナデッタさん……」


「私は、ベルナデッタではありません」


「は?」


 即答であった。しかしルカも、それ以外の者も彼女の言葉の意図を測りかねていた。


「ベルナデッタ? 誰だ?」


「その……」


 モンテ・クアトロの問いかけ。ルカは言い淀む。自信をもってベルナデッタの名を言えなくなってしまったのだ。今の否定の言葉は一体何だったのか。だが何も情報を持っていない彼に答えられるのは一つしかない。


「ベルナデッタ・サンティ嬢。サンティ親方(うぇーかた)の令嬢で……」


「そうか。たしか、ピレリ議員に嫁いだ……いやしかし、どういうことだ? 前に会った時と姿形が全く違うが」


「えっ!?」


 ルカはベルナデッタの方に視線をやる。彼女の容姿に特に異変はない。古都フォルギアータの町にいた時と同じだ。となると、彼女が誰かと入れ替わったということではあるまい。


「フッフッフッフ……」


 ベルナデッタは意味ありげに顎をさすりながら笑っている。どうやら彼女の方から何か話す気はなさそうだ。たまらずルカは執事のピエトロの方に視線をやった。彼は汗を垂らして狼狽しているように見えた。


「どういうことなんです? ピエトロさん。彼女は、ベルナデッタさんですよね?」


「あ、いや~……なんというか。彼女が何者かということはですね、その、非常にセンシティブな話題でして、今確定的なことを言うのはですね……ええと」


「どういうことです!? 何か隠してるなとは思ってましたけど、全てが終わったら話してくれるって言いましたよね? いったい何を隠してるんですか!!」


「いや、お嬢様が何者かは、お嬢様に聞くのが一番確実でして……」


 当然と言えば当然の言葉なのであるが、しかしルカ達はいまいち現状が把握できない。彼らが隠していることとは何なのか。


「ベルナデッタ・サンティとは仮の姿です」


 にやりと笑いながらベルナデッタがそう言い、顎のあたりの皮膚を掴んだ。


 変装か、とルカ達は身構えたが別にそんな事はなく、首をぽりぽりと掻いただけであった。そりゃそうだ。モンテ・クアトロは「姿形が全く違う」と言っていたのだから、変装しているわけではない。


 ではいったい。


 なぜ? 変装すらせずに堂々と顔を見せて他人のふりをしていたというのか。


「本当の私は、王家の忘れ形見、シモネッタ王女その人なのです!!」


「なッ!?」


 ルカが驚愕の表情を見せる。彼女がシモネッタ王女だと。そんな話は今まで一度も出てきたことはなかったし、匂わせるようなこともなかったはず。

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