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「また?」


 もう慣れたものである。腕に抱いたメレニーをあやしながらグローリエンが三人の戦いを観戦している。


 公開裁判を見に来た野次馬たちはその凄まじい戦闘音と衝撃波から身を守るためかなり遠巻きにシモネッタ達の戦いを見ているが、モンテ・クアトロのジャコビニ流星脚の衝撃波によってルカの首が飛ぶと歓声を上げた。


 彼らからすれば国庫を食いつぶす悪の王族が成敗されているという戦い。その中で王家が外国勢力と結びついていて、その売国奴の一人が始末された、という勧善懲悪のストーリーでも見えているのだろうか。


 民衆にとっての「正義」とはエンターテイメントだ。


 誰もが「殴ってもいい人間」を探している。「怒り」というのは抗いがたい快楽であり、生命力の源なのだ。


 何かを作り出すよりも、美しいものを見るよりも、人を愛するよりも。「怒り」というのは遥かに簡単に、強く、生きる力を引き出してくれる。


 ノルアドレナリンには血圧を高め、集中力や積極性を高める効果がある。そして視野を狭め、人々を熱狂させるのだ。


 さて、それはともかくとして戦いは新たな局面へと入った。


 ルカが首を落とされて死に、残るはシモネッタのみ。


 と、モンテ・クアトロは考えているだろう。だが実際には違うのだ。


 ヴェルニー達一行は心配そうな表情で戦いの場を見つめる。それはシモネッタの身を案じての事ではない。この盤面からどうすれば逆転できるかを考えているのだ。


 当然ながら首が落ちてモンテ・クアトロの足元に転がっているルカは死んではいない。今更彼の首が落ちたとしても「またか」という程度の事である。


 しかしそれをモンテ・クアトロは知らない。ルカのことを「死んだ」と判断しているだろう。


 当然この状態からルカは死んだふりを続け、どこかで奇襲攻撃をすることになるのであるが、ルカとモンテ・クアトロの間には三倍ほどの身長差がある。これは体積比にすると実に二十七倍。


 二十七倍の体重差の相手にどうやって致命的な一撃を加えろというのか。ルカはそのアイディアを持っていなかったし、ヴェルニー達も同様。


 一番簡単なのはモンテ・クアトロが動き出そうとする瞬間に足を引っかけるなどして転ばせることであるが、シロサイにも匹敵するこの体重の男の足をどうやってひっかけろというのか。


 たとえルカが全力で足を掴んだとしても彼にとってはおそらく霧が足に絡みつく程度のことで、意に介しはしないだろう。それどころかヒドラを助けようと現れて気づかれることもなくヘラクレスに踏みつぶされた蟹のように、今度こそ本当の死体になってしまうのが関の山だ。


 あえて助けようと余計なことはせず、二人の戦いを邪魔しない方がまだマシかもしれない。


「続きといこうか。裁判中の不慮の事故により死ぬのであれば仕方あるまい」


 戦いは続行された。モンテ・クアトロは一気に間合いを詰めて矢継ぎ早に攻撃を仕掛ける。シモネッタはこれまでと同じようにそれを大盾で受けて処理するが、しかし反撃に出ることが出来ない。


「思った以上にあの小人(こびと)の支援の影響が強かったようだな」


 ルカのサポートがなくなったことにより敏捷性が下がり、早めのタイミングで大きく攻撃を避けるしかなくなり、その結果反撃に転じるまでに時間がかかるようになったため回避一辺倒になってしまっているのである。


「どうする? ヴェルニー。加勢するなら今しかないと思うけど……」


 メレニーを抱きかかえたままグローリエンが尋ねる。確かに、現在決闘裁判によりシモネッタとモンテ・クアトロの一騎打ちの状態。衝撃波に巻き込まれて負傷することを恐れて警備の兵も遠く離れている。


 しかも戦局を見る限り、このままではシモネッタの逆転の目は低そうである。大盾で衝撃波を防げるのはよいのだが、反撃に出ることが出来ない。


 ジャコビニ流星拳のような大技に頼り切りの戦いをしているように見えるモンテ・クアトロではあるが、決してカラテ(りょく)は低くはない。


 その体の大きさから通常技の鋭さはないものの、技の繋ぎはスムーズ。詰め将棋のようにゆっくりと相手を追い詰める戦い方は老獪な職人芸を思わせる。「必殺技」まで含めた総合的なカラテの実力はやはりモンテ・グラッパやモンテ・ビアンコよりも上である。


 その相手をするにあたって、やはりシモネッタでは少し荷が勝つ。


「ダメだ。ここで加勢すればシモネッタさんだけは助けられる。しかし……」


 ヴェルニーはハッテンマイヤーの方をちらりと見る。彼女は不安そうな表情でシモネッタの戦いを見つめていた。


「国を相手にケンカを売ることになる。そうなるとシモネッタさんのお母さんを助けるのは絶望的になる」


 ヴェルニーはその先を見ていたが、果たしてそれほどの余裕がある状況なのか。相談をしている間に、クアトロが大きく右拳を引いた。


「流星拳!!」


 再び衝撃波がシモネッタを襲う。しかしこれは何度も見慣れた局面。彼女は大盾を前に出して身を隠す。


「まずい、単調になっている!!」


 ヴェルニーが声を上げた。単調になっているのはクアトロではない、シモネッタの方である。衝撃波が彼女を襲っている間にクアトロは大きく回り込み、盾の裏側へと移動していたのだ。


「むんッ!!」


「くうッ……!!」


 大きく回り込んでの鈎突き(ボディフック)。あまりにも拳が巨大すぎるため的確に内臓を狙えないものの、まるで馬車に跳ね飛ばされたかのようにシモネッタの巨体が宙に舞う。


 しかし鎧のおかげか、何とか無事に着地を決めて体勢を立て直す。しかしこの隙を逃すモンテ・クアトロではない。さらに追撃をかけんと間合いを詰めて今度は連打の攻撃に移る。


 シモネッタはこれを大盾で受ける。これまでのように曲面で受け流せていない。正面から衝撃を受けているだけである。これではじり貧。いずれは……そう思った時だった。


「今です、ルカ様ッ!!」


 その声とともに首を落とされた、ルカの死体だと思われていたものがむくりと立ち上がり、右手を上げた。


「何ッ!?」


 その異様な動きに一瞬気を取られた。無論、死体が動いたと思ったからだ。少なくとも、曇り空の薄暗い天候の中、彼は気づけなかった。右手を上げたルカが、いったい何をその手に握っていたのかを。


 足がもつれて転んだ。


 少なくとも周りの目にはそう見えたし、クアトロにも自分の身に何が起きたのか分からなかった。戦っている最中に、熟練のカラテカが転倒するということなど、あり得ないというのに。


 二トンの体重を全く吸収せずに膝が大地を揺らす。その瞬間を逃さぬようにとシモネッタのメイスが顔面に振り下ろされた。


 しかしクアトロは腕で体を支えずにメイスを十字受け。しかしその受け手は思った以上に軽い感触であった。受けられることを見越してシモネッタはすでにメイスを手放していたのだ。さらに懐に潜り込むように突進し、胴廻し回転蹴りをモンテ・クアトロの顔面に叩き込んだのである。

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