ジャコビニ流星拳
― ジャコビニ流星拳 ―
山岳派のカラテカであるモンテ・クアトロが極めた一撃虐殺の拳。動作的にはただの正拳突きではあるが、大きく体を捻転し、奥足で大地を蹴り、体のひねりを戻しながら全身全霊を込めた拳を打ち込む。
もちろんその拳もすさまじい威力ではあるが、特筆すべきは衝撃波である。超音速で打ち出される拳は前方の空気を圧縮し、高圧力と温度上昇を引き起こす。また同時に物体の高速移動によって音波が重なり合い、媒質の振幅を跳ね上げ、周囲の物を破壊し尽くす。
「うぐ……」
モンテ・クアトロ議員の発生させた衝撃波はシモネッタの大盾によって防がれたものの、しかしユルゲンツラウト子爵の時と同じく、波は回折するのだ。
すなわち、たとえ遮蔽物の陰に隠れようともその破壊力を十全に防ぐことはできない。クアトロの様子を伺おうと立ち上がったルカは三半規管にダメージを受けてその場に膝をついてしまった。
一撃目の落下型ジャコビニ流星脚によって発生したクレーターの中、遮蔽物はシモネッタの盾以外にない。極めて不利な状況である。
そしてこれまでの戦い方、前衛と後衛に分かれてルカが後方に控えて見方をバフ(能力上昇させる)するという必勝パターンが使えないのである。
なにしろモンテ・クアトロの攻撃は前衛後衛関係なく降り注ぐ全体攻撃。後衛でサポートに徹しようとしてもそれが出来ないのだ。最初の二発で、それがはっきりとわかった。
「ふうぅ……」
白煙を上げるモンテ・クアトロの右拳がゆっくりと戻される。
次が来る。
「作戦が立てられない」のは確かにそうなのではあるが、それでも進まねばならないのだ。そうしなければまた衝撃波がルカ達を襲うこととなる。
「ルカ様は下がっていてください!」
クアトロの拳が戻りきる前にシモネッタが突進する。今できることはただ一つ。とにかくクアトロに流星拳を打たせない。打つ暇を与えさせない。これしかないのだ。
何とも歯痒い。情けないとは思いつつも、直接の攻撃手段を持たないルカはシモネッタに任せるほかない。せめて助力が出来ればと、サンタ・ヴァルプルガの竪琴を掻き鳴らし、シモネッタの瞬発力を上げるバフをかける。
「来るか小娘」
一方のモンテ・クアトロは落ち着いて構える。深く腰を落としたカラテスタイルであるが、それでも直立したシモネッタよりも二メートル近く上背がある。
巨人鋼で作られたシモネッタの大盾と全身鎧はこれまでどんな攻撃からも彼女を守ってきたものの、体重が二トンもあるような怪物の攻撃を正面から受けて果たして無事でいられるのか。
その刹那、モンテ・クアトロの拳がバタリングラム(破城槌)の如く解き放たれる。シモネッタはこれを盾の正面では受けず、僅かに湾曲した縦の表面を滑らせるように受け流す。
護身術を齧った程度の以前のシモネッタならばそんな芸当はできなかったであろうが、幾多の実践と、強者との邂逅によって鍛えられた彼女ならば可能。
打ち下ろしの正拳を逸らし、その勢いで回転する体を利用し、クアトロの膝の内側をメイスによって打ち抜く。
いかに強靭な体を持っているとはいえ所詮は「亜人種」である。「人間」の「亜種」なのだ。そこまで構造が決定的に違うわけではない。
当然、スケアリーフット(鉄の鱗を持つ強固な巻貝)のように硫化鉄の皮膚も持たなければ、特殊な骨格を持っているわけでもない。いかにスケールが大きくとも、人間なのだ。
それはすなわち、筋繊維の断面積が大きくなればなるほど行使できる「力」は上がるものの、それを支える骨は相も変わらず折れやすい、どころか素材の強度は体が巨大化したところで上がるわけではないのでむしろ弱点となることを示す。
「ちょこまかと!」
踏みぬくような下段踵蹴り。これもシモネッタはひらりと躱してカウンターのメイスを脛に入れる。後方でルカが彼女の敏捷性を上げたことも影響しているが、実際モンテ・クアトロの巨体ではシモネッタの速さに全くついてこられていないのである。
おまけに、攻撃が単調になっている。シモネッタはまたも打ち下ろしの正拳を躱してメイスの一撃を入れた。
決してモンテ・クアトロは己の上背を過信して稽古を怠るような愚か者ではない。
しかしこの体の大きさではそもそも鍛錬においても組手の相手がいないのである。攻撃の軌道はいつも打ち下ろし。予備動作を極限まで小さくしても構えからインパクトまでの距離も長い。
まるで素手で蝶を捉えんとする稚児が如き様。
よくよく見ればその体幹の強さと無駄な動きのなさは、はっきりとブドウを嗜む者のそれであるが、それをひらりひらりとシモネッタが躱し続けるのだ。
それはまさに以前からヴェルニーが言っている通り巨人の膂力と、人間の敏捷性を併せ持つシモネッタこそが最強であるという言説を裏付けるものであった。そしてそれを意識していたからこそルカは彼女の攻撃力や防御力ではなく敏捷性に補助を入れたのである。これが正解であった。
そして逃げ回りながらカウンターを入れていくシモネッタであるが、決してモンテ・クアトロとの間合いは広げない。
もしそんなことをすれば再び衝撃波が二人を襲うことが分かっているからだ。ゆえにクアトロが間合いを広げようとすれば即座に距離を詰める。
「このまま削り切りますわ!」
逆にクアトロはこれがじり貧の状況であるということをよく理解している。
己の弱点もよく理解している。
当然、それへの対策もだ。
攻撃を打ち込んでくる。
深く踏み込んだクアトロをシモネッタはそう判断したが実際には違った。跳躍である。それも最初と同じ真上への。
ここまで翻弄されてきたクアトロであるが、それは決して彼のカラテの未熟さを示すものではない。必殺技に頼り切りなわけでもない。それもこれも含めて、全てが彼のカラテなのだ。
「しまった!」
完全に真上に跳んだわけではなかった。着地点はおそらくルカ。まずは邪魔な後衛を始末する作戦に出たのだ。
「ジャコビニ流星脚ッ!!」
シモネッタのカバーが間に合わなかった。再び地津波が発生、二個目のクレーターが出来上がる。
「う……ルカ、様」
土煙が収まり始めたころ、ようやくシモネッタの三半規管が戻った。
「ルカ様ッ!!」
なんということか、モンテ・クアトロの攻撃を受け、ルカの頭部が体と泣き別れになっていたのだ。




