たとえ未来においてなお
「あなた達の『正しさ』が、未来においても『正しい』と、いったい誰が保証するというんですか」
「なんだと」
それまで椅子にふんぞり返って座っていたモンテ・クアトロ議員は全く予想していなかった返しを受けて前のめりになった。
クアトロ議員はこの裁判が始まる前から被告側の反論についてはある程度予想していた。せいぜい考えられるのは二点。本当にシモネッタの行動が反革命罪に該当するのか、ともう一つ、反革命罪は革命後に定められた法なのに、それを遡及適用してよいものかという所だ。
「あなた達が『正しい』というのはよく分かりました」
だがルカは全く予測していない「反論」を試みてきた。
「おそらくそれは……主権を人民の手に取り戻すというのは、現在、最も良い、先進的な考えなんでしょう」
そこは否定のしようがないと、クアトロもそう考えていた。
「そしてそれはおそらく過去においても正しいんでしょう」
ゆえに過去に遡って適用する。それでクアトロ一味は法の不可遡及をクリアしてきたのだ。
「だがそれは、未来においても果たして正しいと言えるんでしょうか」
「なに?」
人々が、「未来」について考えることなどほとんどない。せいぜいが「明日」か、よくて「明後日」といった程度であろう。
科学、文明の未発達な世界において、「未来について言及できる能力を持った者」というものはほぼ存在しないのだ。
現在は一瞬のうちに過去となり、未来は嵐渦巻き、人知を超えて荒れ狂い、見通すことなど此れ能わず。今日をも知れぬ中、明日を生きられれば上等上等。
概念上「未来」というものがあることを知ってはいても、実際にそれに思い及ぶことなど夢のまた夢。
だが、当然ながらクアトロにはその能力がある。百年後、千年後を見据えて天下国家を語っているが、しかしおそらく裁判長はそれができてはいまい。そしてその「未来の世界」の中に、突如として見も知らぬ外国の少年が入門してきたのだ。これは彼にとって全くの想定外であった。
あるいは、彼だからこそ。吟遊詩人であるルカだからこそ、それが出来たのかもしれない。過去から受け継いだ「うた」を、未来へと繋いでいく吟遊詩人だからこそ、出来たのかもしれない。
阿呆のような顔を浮かべて事態を傍観する事しかできない裁判官達や聴衆と対比して、モンテ・クアトロ議員はルカの言葉に脂汗を浮かべていた。彼だけが、ルカの言葉を理解できていた。
「あなた達の言っている『正しさ』が、未来においても『正しい』だなんて、いったい誰が保証できると言えるんですか?」
ヴェルニー達ですらルカがいったい何を言っているのかこの時点では理解できていなかった。
「たとえば」
ルカは懐から出したメモ書きを確認する。いざという時のために裁判の日の前までに調べていたものである。
「あなた達の言う選挙制度には、女性と、奉公人や召使いなどの一部の人達に選挙権が認められていない。この選挙制度は、本当に『正しいもの』ですか?」
「黙れ!」
クアトロ議員が声を荒げる。彼だけがこのルカの言葉が裁判において、いや革命政府にとって致命傷となり得る言葉であると気づいていた。
「もしかすると、あなた達革命政府は致命的な『悪事』を働いているかもしれない。未来において、もし女性や召使いを選挙から排除することが『悪』であると定義されたら、あなたたちは、とんでもない大罪人となるぞ! それこそ主権の簒奪者でしかない!」
「黙れと言っている! 国民としての義務も果たせない者に選挙の権利など与えられるか」
「権利は義務と引き換えの報酬じゃないでしょう。それに女性や召使は社会を支えていないとでも? そんな筈はない」
その後もモンテ・クアトロは何か言い訳じみたことを口走ろうとしたがルカはそれを遮った。今話しているのはそんな事ではないのだ。そんな些末な議論をするためにここに来たのではない。
「重要なのは」
そう。誰に選挙権を与えて誰に与えないかなど些事に過ぎない。
「現在において我々が未来の『正しさ』を測れないように、過去の人間も現在の『正しさ』を測ることなどできなかったはずだ。聞かせてください。『反革命容疑者法』が定義される前の行動を『反革命容疑者法』で裁くことは、本当に正しいですか?」
ようやくこの論理展開について周りの人間も理解したようで、裁判官達は縋る様にモンテ・クアトロ議員に対して助けを乞う眼差しを向ける。
おそらくはこの場に際しても何の決定権もない人達。全てはモンテ・クアトロの描いた絵図通りに進めていたに過ぎないのだろう。
「なるほど」
モンテ・クアトロの顔が笑みに歪む。
「小人のガキと侮っていたか。まさかこの大磐石を覆すほどの者とは、見誤ったわ」
ゆっくりとモンテ・クアトロが再び立ち上がる。
噴火する直前の火山の様な、異様な雰囲気を孕んでいるのがルカにも分かった。
「気を付けてくださいルカ様。モンテ・クアトロは人権派弁護道十段の業前。並の使い手ではありません」
「この国の弁護士って段位制なの?」
しかし、何段だろうが関係ないはずだ。まさか段位が上がると使えるちゃぶ台返しの様な論法があるとはとても思えない。十段の者が口にできる論法は、初段の者も口にできるはずである。カラテの秘技ではないのだから。
そして実際、ルカの論理展開の前に誰もが為す術なく白旗を上げたように見えたのだ。たった今、この時までは。
「たしかにうぬの言っていることは正しい。未来が現在をどう評するか分からないのに現在が過去を裁くなど出来ようはずもなし。うむ、まったく正しい」
ホッと胸をなでおろすルカ。
そうなのだ。ならば、シモネッタを連れてこの場は帰れるはず。ジェリドのことなど知らん。しかし、そうはならなかった。
「これ以上の論理を繰り広げる術を持たぬ」
事実上の敗北宣言である。
「ゆえに、決闘裁判を申し込む」
「は?」




