生まれの罪
「えっとですねぇ……シモネッタさん」
ルカの額には脂汗が浮かぶ。
「もし私の罪が、無責任中だしフ〇ックをキメたときに生まれたのならば……」
「あのですね、不規則発言は慎んでください」
やはり、この女に公共の場で喋らせてはいけない。
「それは、本当に私の罪なんでしょうか? それとも、もし私の罪が生まれたのが私がお母様のまん」
「いや本当に黙ってろ!!」
初めてルカがシモネッタに対して強い態度に出た。シモネッタは驚きのあまりようやく黙ったようだった。
しかし、どの時点で罪を犯したというのか、いったい何が罪だったのだというのか。ルカが言いたいことはまさにそういうことだったのだが、先んじてシモネッタが変なネタを差し込んでしまったために完全にぶっ潰されてしまった。
「いいか、僕が何とかするんだから、もう喋るなよ」
彼女に対して怒りの表情を見せるのは初めてなのであるがシモネッタの反応はどうにも腑に落ちない。
「ああ、ルカ様……そんな一面もあったんですね……濡れます」
これ以上この女に何言っても無駄だろうとルカはあきらめの表情を浮かべる。今お前の命がかかってる大事な話をしているところなんだが、と言いたいところではあるが。何を言っても通じなさそうな気配はもう感じている。
「すいません、ルカ様……私昔から、真面目な話が苦手で」
致命的な欠点である。
しかしながらこんな女でも大切な仲間なのだ。ルカは振り返ってモンテ・クアトロに相対する。本来ならば相対しなければならないのは裁判長の方であるが、事ここに至ってはもはやあんなお飾りは無視してもよかろう。
倒すべき相手はまるで遺跡の彫像の如くその巨体をやぐらのような巨大な椅子の上に鎮座させているあの男なのだ。彼が動けば、この国は動く。そう理解した方が早い。
「反革命容疑者法において、必ずしもシモネッタさんが罪を犯していると、本当に言えますか?」
「貴族に生まれついていながら、革命への関与が十分でなかった者、および革命期間中に他国へ亡命した者への適用が該当する」
要するに貴族、王族であれば革命に賛成して積極的に関与しなければ容疑者となるのだ。これではベルナデッタの父親であるサンティ親方が議会派となったことも頷ける。他に選択肢などなかったのである。むしろ何の考えもなく「自分は王党派」だと宣言していたベルナデッタが軽はずみすぎるとも言えよう。
「シモネッタさんがトラカント王国に行っていたのは亡命ではなく留学です! しかも彼女に連絡が取れない間に革命が起きて、マルセドがこんな状態になっていることも知らなかった。これが罪と言えますか?」
要はルカの主張としてはそれも不可抗力に過ぎず、そもそもシモネッタが革命に参加する方法などなかったと、そう言いたいのである。しかしモンテ・クアトロは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「その留学も国費で行われていたのだ。生まれてからこれまで何不自由なく生きてきたのも国民の血税。市民シモネッタも国民の富と権利を簒奪してきた盗人に過ぎぬ」
「ならば、『生きてきた』事が罪だとでもいうんですか。ジェリド王子はともかく、彼女は王宮のはずれで慎ましやかに静かに生きてきたにすぎない。それが罪だというんですか!」
どこか遠くから「ちょおい!」という声が聞こえてきた。おそらくはこの裁判の後に控えている、自分の裁きを待っているジェリド王子がどこかで聞いていて、突っ込みを入れたのであろうが、正直あんなバカ王子がどうなろうが知ったことか。
だがもしも、彼女が生まれながらにして罪人だというのならば。その時は如何様にすればよいのか。それが思い浮かばない。
いや、いくらなんでもそんなはずはない。ジェリドは仕方ないにしても、主体的にこの国の政治にも関わることが出来ず、贅沢三昧国費を浪費してきたわけでもない未成年の少女に、罪があろうなどということがあってたまるか。そもそもシモネッタの存在にそれほどの政治的価値があるとは思えない。
しかしこの時の議会派の考えとしては、何としてもシモネッタを有罪にしてこの後に控えているジェリドの裁判の弾みとしたかったのだ。むしろこんなケチな裁判さっさと片付けて次に行きたい、とまで考えていた。
「当然だ!」
語気を強めてモンテ・クアトロ議員は立ち上がった。
曇り空の薄明かりすらも遮られて、ルカは大きな影に包まれる。
「彼女が何の罪を犯したかだと? もちろん貴様の言う通り、生まれたことが罪なのだ。なぜならば市民シモネッタは王族であったからだ」
モンテ・クアトロは決定的な言葉を口にした。
「王族は本来市民のものであるべき主権を奪っていた簒奪者だ。罪無くして王族として存在することなどあり得ん。王族として生まれたことが最大の罪なのだ。人民のために存在する国家という集団において、主権の簒奪者たる王族は犯罪組織の頭目に過ぎん」
大きく構え、ルカを指さしながら演説する。十メートル以上も離れているはずの彼の席から指し示されるその指先は、まるで自らに降りかかるカタパルトの巨石のように感じられた。
「国家が死ぬか、さもなくば王が死ぬか。二つに一つしかない」
王を処刑しても未だこの戦いは終わってはいないのだ。おそらくはその後継者たちを根絶やしにするまで、彼らの革命は続いているのである。
「たとえそうだとしても、シモネッタさんが国にいない間に定められた反革命容疑者法をシモネッタさんに適用することにどんな正当性があるって言うんですか!」
「革命は、正しい」
モンテ・クアトロは椅子に座り直す。目的が全ての手段を正当化する。
「人民が人民の主権を握ることの正しさに疑いようなどあるか? いくらこれまで法で定義されていなかったからなどと言って、疑いようもなく間違いである罪が法で裁かれないことなどあってはならんのだ」
おそらくこれはこの国での法の運用方法として問題がないのだ。そこを突いてもこれを崩すことが出来ないと理解して、ルカは荒い呼吸を吐き出す。
「だったら……」
何か、穴があるはず。
まるで百メートルも全力で走ったかのように激しく呼吸を乱し、汗を額に浮かべながら、ルカは反論する。
「だったら、あなた達が未来においても正しいと、いったい誰が保証するというんですか」




