無責任
「カラテ民主制?」
事情が変わった。
というかシモネッタの身を案じるあまり、この国の置かれている状況を精査する時間がなかったためにこのようなことが起きてしまったのであるが、この国は一体どこへ向かおうとしているのか。
「えっと……一応聞きますが、この国は民主主義に、共和制の国に移行しようとしているんですよね?」
「無論」
どうやらここまでは間違っていないようだ。ルカは質問を続ける。
「カラテ民主制?」
「カラテ民主制」
聞いたことのない政治形態である。
とはいえ、長い人類の歴史の中、完全民主主義が達成されたことなど近現代のほんの一ページに過ぎないのだ。過去に遡ってみれば制限的な民主主義の歴史の方が遥かに長いと言える。
それはたとえば、性別による制限であったり、財産や納税額によるものであったり、甚だしくは貴族などの身分によって政治参加が限定されているというものだ。現代の政治であっても年齢や国籍によって制限された不完全民主主義であるともいえる。
しかし、いつの時代のどこの歴史を紐解いてみても『カラテ民主制』などという政治形態は出てはこないのだ。
「民主制は人民の、人民による、人民のための政治。しかし、人民はまだ、それを己の力で背負えるほど強くはない」
言わんとすることは分かる。
言い方は悪いが識字率もそう高くない社会で知識も、それを習得する意欲もない者に政治を任せられようか。時には重すぎる「権利」を取り除くことが市民のためになることもあろう。
「民主主義の肝要は『話し合い』よ」
それも分かる。話し合い、お互い納得する。本来多数決などというものはそれが出来なかった場合の「保険」に過ぎないのだ。
「だが、話し合いでも物事が決まらぬ時」
そう、その保険として多数決が……
「これの出番よ」
モンテ・クアトロ議員の差し出したのは、拳だった。
「話し合いで決まらなければ、最終的には殴り合い。カラテの一番強い者で物事を決める。これがカラテ民主制政治也」
「そ……それ、ただの無政府主義じゃないですか」
「痴れ者め。我が国の伝統的マッチョイズムと、共和制を取り入れた、このカラテ民主制こそが、共和国として進む道なのだ」
あまりにも斬新すぎる発想に、ルカは眩暈がした。多分に脳筋的な考えをすると、ハッテンマイヤーに聞いてはいたものの、ここまでひどいとは思わなかった。
「ゆくゆくは、通貨にもカラテを導入し、仮想通貨『カラテ』で店の支払いを済ませられるようにすることも考えている」
「それただの強盗じゃないですか!!」
無茶苦茶である。もはやこんなもの国家運営でも何でもない。最終的にすべては腕力がものを言う社会を作ろうというのか。民主制だとか専制政治だとか、そんなものの話に達していないのだ。
「みなさんは、こんな奴にこの国を任せていいと思ってるんですか!? そんな強者が全てを寡占する国、今までの専制政治といったい何が違うっていうんですか!?」
「何が違うだと? 分からんのか? 身分の分け隔てなく、誰もが同様に権利を有するのだ。自然状態において、人は自らの力を余すところなく行使し、万人の、万人に対する闘争を制して自らの運命を自らの力で決められるのだ」
平等ではあるが、弱者救済のない世界。そんなものを民が望むというのか。ルカは周りの市民たちを見回すが、クアトロ議員の言葉に立ち向かう者など居そうにない。
それはそうだ。今のこの状態こそ強者必盛の世を成した彼の成果なのだから。
この国を覆すというのならば、それは暴力以外にあるまい。
それはいい。今はそんなことなど問題ではないのだ。ルカはちら、と隣のシモネッタを見る。
そう、こんな国のことなど知ったことか。今の目的は「シモネッタを助ける」この一点に限る。
「……分かりました。いいでしょう。僕はもともとあなたがどんな風に、どこへこの国を導いていこうと構わない。それはこの国の人々がどうにかするべき問題だ」
深呼吸をして、心を落ち着ける。何をするべきか、どこを突くべきか。慎重に考え、そして口を開いた。
「王族に生まれたことが、罪だというんですか」
「そうだ」
しかしモンテ・クアトロは一歩も引く様子はない。即答だ。
「人は生まれる親を選んでこの世に出てくることはできない。だからこそ、あなたは人が生まれに左右されず、機会を得られる社会を作ろうとしているんじゃないんですか。それじゃやってることがちぐはぐじゃないですか!」
「それを実現するためにも、まずはこれまで甘い汁を啜っていた王侯貴族どもには消えてもらわねばならんのだ」
「理念のために自らの理念を曲げることのおかしさに気づかないんですか! あなたは言っていることが矛盾しています!」
一見ルカの言葉は正しい。
いや、「一見」でなく正しいのだ。間違いなく、彼は正しいことを言っている。言ってはいるのだが、もはやそれも些末なこと。
「黙れ!!」
地響きのような低い声を響かせて、座っていたモンテ・クアトロ議員は目の前にあった机を(その机ですらルカ達から見ればあばら家ほどの大きさもあるが)叩き潰した。
だが、彼はルカとの議論を暴力による威圧によって終了させようとしたわけではない。
「反革命容疑者法についての議論はすでに終わっている。ここは立法府に非ず」
そう。議会派の掲げる「反革命容疑者法」は明らかにその成り立ちにおいて矛盾を孕んでいる。だがそれでもすでに成立し、施行されている法律なのだ。悪法もまた法なり。
「……ならば」
必死に頭を回転させて反撃の目を探すルカ。
「彼女は生まれながらに罪人だと?」
まさか、この問いにも「そうだ」と答えるのか。
「彼女が一体この国でどんな政治活動を行ったと? その行動の何が反革命的だったのか、それを明らかにすべきでは? それとも生まれたこと自体が『罪』だったとでも? だったらその罪は『いつ』発生したどの行為に対してのものなのか?」
「つきつめていけば……」
口を開いたのはクアトロではなくシモネッタだった。
「お父様が使用人だった母に対してガチイキ無責任中出しフ〇ックをキメたのが罪なのかもしれません」
なんと、ここで話が元の場所に繋がった。




