革命裁判
その日は初夏の暑い日差しは鳴りを潜め、妙に肌寒い日であった。空は朝からどんよりと曇り、今にも泣きだしそうに感じるのはこの国の元国家元首の一族の首が落とされる日だからであろうか。
マルセド王国の忘れ形見、ジェリド王子とシモネッタ王女の公開裁判の日である。
革命政府の裁判が実施されると、判決が出たのちにたいていの場合は一ヶ月から二ヶ月ほどで死刑が執行される。しかしそもそもこの裁判自体がパフォーマンスなのだから、最悪の場合は判決が出てすぐその場で執行しないとも言い切れない。
ゆえに、人ごみに紛れてルカ達は公開裁判所に詰めていた。結局、裁判前までにシモネッタ達を救出するどころか、居場所を突き止めることすらできなかったのだ。
「静粛に」
こん、と木槌を叩く。おそらくは裁判長だろう。中央に坐した老巨人。周囲にも何人か裁判官と思われる巨人が座っており、一方の端には他の巨人族と比べても遥かに巨大な男、モンテ・クアトロ議員が座っている。おそらくはこちら側が原告席。
告発人というよりは、まるで処刑人の如き威容。スケロク以外はこの男を初めて見るのだが、一様にその巨体に気圧されていた。
もう一方のサイドには、シモネッタ。
いつもは泰然自若としている彼女も、さすがに緊張……いや、委縮しているのだろう。無理もない。
巨体ではあるが、まだ十代の少女なのだ。おそらくは、捕らえられてここに護送されてからここまで、ずっと事前の取り調べなども受けていただろう。難解な法律用語と、強圧的な巨人達から連日詰められていたに違いない。
自分の答えが、何が悪くて、何が良いのかも分からない。そこで答えた内容がもしかしたら後々致命的な事態を引き起こすかもしれない。そんなプレッシャーの中で何日も何日も監禁されていたのだ。心なしか、やつれているように見える。
命の危機があるとはいえ、力の限りを尽くして自らで自らの運命を切り開くダンジョンの探索とは全く違う。仲間もいない。そんな中で彼女は一人、戦い続けてきたのだ。
「それでは、これより国家大罪の反逆人であり、我ら人民の権利の簒奪者である、市民シモネッタ・トリエステの公開裁判を開始する」
なんと、開廷の宣言をしたのは原告であると思われたモンテ・クアトロであった。
「あ~……う~、その通り、開廷する」
それを追認するように裁判長が言葉を継ぐ。
やはり理解はしていたものの、この裁判、尋常ではない。公平な裁判などではないのだ。全てが議会派の、モンテ・クアトロ議員の思い通りに事が進む。おそらくは裁判の進行も、そして結審の内容も、すでに決まっているのだろう。ルカ達は、それを見ているだけしかできないのか。
「あの~、ちょっといいですか?」
「お嬢様ッ!!」
裁判の進行を妨げれば議会派に睨まれることになる。裁判長が「静粛に」などと言えばそれに逆らうことなど誰にもできなかったのだが、そこに水を差す者がいた。ベルナデッタだ。
周囲の空気など全く読まずに、挙手をした。
「な、何事かね。不規則発言は……いや、権利を持たない者の発言は認められていない」
もちろんこれに不快感を示したのは裁判長。彼はちらちらとクアトロ議員の方を気にしながらベルナデッタを嗜めた。
「いえ、でも被告人側に弁護人がいないみたいなんですけどぉ?」
「む……」
「反革命罪には、弁護人を立てる権利がないんですかぁ?」
言葉に詰まる裁判長。どうやら痛いところを突かれたようである。彼は助けを求めるように視線だけをクアトロ議員の方に向けた。
「ふん、いいだろう」
やはり答えるのはクアトロ。この場を支配している男だ。
「だが、残念ながら弁護人に立候補しようという者がいないのだ」
当然と言えば当然だろう。今この町で議会派に敵対するような行動をとったり、王党派に与する行動をとれば、それこそ命の補償はないのだ。
「だったら」
しかし、群がる野次馬の中に一人、立ち上がる者がいた。
「だったら、僕が、弁護します」
立ち上がったのは吟遊詩人ルカ。
「ルカ様!」
群衆の中にルカ達がいることに気づいていなかったシモネッタは、思わぬところから現れた援軍に歓喜の表情を見せた。
「ま、待て待て。君はこの国の弁護士資格を持っているのか? 弁護人は誰でもいいわけじゃないぞ」
裁判長の言うことは当然。この勇気ある少年は、この国においては外国人であるがゆえにしがらみはないが、しかしもちろん弁護士資格など持っていない。
「持っていないだろう。いいか。資格を持っていなければ被告の弁護ができるのは本人と家族……」
「ルカ様は私の夫ですわ!!」
食い気味にシモネッタが叫んだ。それと同時に群衆が、そして裁判官までもが騒然とする。
「ま……待て待て待て」
木槌を連打しながら裁判長が群衆を静かにさせる。この異常な展開に彼もついていけないようである。
「夫……? 彼が? 彼はマニンゲン(巨人の言う人間種)ではあるまいか?」
「そうですわ。何か問題でも?」
「うむ……」
唸り声をあげて裁判長は頭を抱える。当然の事であるが、二人の関係を疑っているのだろう。いや、疑うのも当然なのだ。実際二人は夫婦などではないし、それどころかはっきりと付き合っているわけですらない。ただ、シモネッタの頭の中でだけそうなっているというだけで。
「本当に、夫婦なのか? 少なくともこの国の記録には市民シモネッタが結婚した記録などないぞ」
「確かにごたごたがあってまだ籍はいれていませんが、二人は愛を誓い合った仲ですわ」
前にも聞いたような設定である。彼女の中ではそうなっているらしい。
「し、しかしだね。事実として夫婦でないのなら、赤の他人だ。やはり弁護人となる資格は……」
何となく嫌な予感を受けたルカは気づかれないようにそうっと抱いていたメレニーをグローリエンに渡す。しかしそれを見逃すシモネッタではない。
「あっ、その子、メレニー! 私たち二人の子です!!」
「む? 確かに二人に子がいるのなら事実婚として夫婦関係が認められるが……本当なのか?」
ルカは否定も肯定もできない。弁護人として立つためには肯定せねばならないが、実際二人の子ではないし、それをこの国家的イベントのさなかに認めればもはや逃げられなくなるだろう。
「なるほど……あくまで認めないということですね」
何やら覚悟を決めたような表情を見せるシモネッタ。弁護人無しで裁判を進める覚悟が出来たのだろうか。
「ならば、夫婦の証として見せねばならないようですね……ガチイキ生本番種付けフ〇ックを」




