首都ベルネンツェ
マルセド巨人王国の首都、ベルネンツェ。
北に位置するトラカント王国との交通の要であり、古くは物つくりのメッカであった古都フォルギアータで作られた工芸品や武具などがこの町に集まり、それを買い付けるために各地の行商人が街道沿いに集まった。
そしてやがて宿場町として、そして交易の要所として栄え、現在では首都として機能しているのだ。
無骨なイメージのあったフォルギアータの町に比べると随分と小奇麗なレンガ作りのしっかりした建物が多く、家の前には花壇までも設えられている。
人間種の家に比べると平屋の建物ばかりなのが特徴的ではあるが、ルカ達はここまで考え無しの、割と脳筋な巨人達しか見てこなかったのでこの綺麗な街並みは少し意外であった。
それはともかく、ルカ達はこの町で、先に到着しているシモネッタと、ついでにジェリド王子も助けねばならないのだ。
「そういえばベルナデッタさん、なんとかしてサンティ親方の協力を仰ぐことはできないんですか?」
「うぅん……」
少し考え込むが、ベルナデッタはすぐに笑顔に戻って元気よく返事を返した。
「よしッ、分かりました。このベルナデッタ様が一肌脱ぎましょう!」
「ちょっ、お嬢様!」
「あっ、一肌脱ぐと言ってももちろんスケロクさんみたいになることじゃないですよ? 王党派と議会派に分かれてしまったとはいえ親子ですからね! きっとかわいい一人娘が頼めば協力してくれるはずですよ!」
ベルナデッタは一人で盛り上がっているようだが執事のピエトロは何やら彼女を止めたいようである。何となくだが、不穏な空気をルカは感じた。
「お館様は実の娘だからと言って容赦する方ではないですよ。ましてや自分の立場を危うくする王子の救出になど力を貸してくださるはずがありません」
「ええ~、そうでしょうかねぇ……」
フォルギアータの屋敷にいたときにも感じたことなのではあるが、どうやらベルナデッタはサンティ親方と接触しようとしているのに、使用人たちはそれを阻止しようと動いているように見える。ルカにはどうにもその光景が不思議なものに映った。
「とりあえずは情報収集だね。どっかに宿でも取って落ち着こう」
グローリエンの提案で町の中心部にも近い宿に一行は移動する。さすがに宿は二階以上の階層があるが、基本的には一階に巨人族が泊まり、二階以上に宿泊できるのは亜人と人間種のみとなる。
成人した巨人族の体重は四〇〇キロ以上にも及ぶ。建物の強度を考えればそうなるのもむべなるかな。結局ベルナデッタだけが下の階に泊まり、使用人やルカ達は上階に宿泊することになった。
「シモネッタさん達が逮捕されたこと自体は、話題になってるみたいですね」
ルカの言う通り、特に情報収集などしなくとも町ではシモネッタ……というよりはジェリド王子が議会派の手に落ち、首都に護送されたというニュースでもちきりであった。
当然だろう。都市部は議会派の力が強い。謂わば、とうとう敵の首魁が落ちたというニュース。いよいよ王党派もこれで終わり、ということだ。王党派の反撃を恐れて、町の警備も強化されているようである。
いずれはシモネッタ達の裁判の日程が決まればそれも大々的に発表されるはずである。彼らがわざわざシモネッタ達を首都にまで連れて行ったのは公開裁判によって民衆の前ではっきりと議会派の勝利を宣言するのが目的なのだから。
「できれば、裁判が行われる前に救出をしたいところだが」
ヴェルニーの言葉も尤もである。公開裁判の日、おそらく警備の厳しさは最高潮となる。今も警備は厳しい状態ではあるが、それでも裁判の日よりはマシであろう。だからこそ何とかしてシモネッタ達が監禁されている場所を探しだしたい、のだが。
「ピエトロさん、王党派の協力者はいないんですか?」
ルカの質問。彼らはベルナデッタの使用人達の中でもリーダー格のピエトロを自室に呼んでいた。
「ん、ん~……それがですね」
歯切れの悪い答え。一応「派閥」を成しているというのならばそれなりの横の繋がりがあるはずなのだが。
「え、実を言うとですね。『王党派』っていうのもお嬢様が勝手に宣言しているだけで、本物の王党派に何か繋がりがあるわけじゃないんですよ」
そんな奴に接触しに来たジェリド王子のトンチキっぷりが心配になる。そして別の王党派に伝手があるだろうジェリド王子とその護衛の騎士達は全員逮捕されてしまっているのだ。
「この男、いや、この男達は、ベルナデッタも含めて、怪しい。明らかに、何か隠してる」
情報収集が本業のスケロクはやはり気づいていたようである。
「ベルナデッタと、サンティ親方の間に、何かあったんですか? 状況から整理するに、何かトラブルがあってサンティ親方を怒らせるようなことをしてしまったが、ベルナデッタさん本人にはその自覚がない……そんなところですか?」
「え、ええ。実は……」
「待って」
ルカの言葉に同意を見せようとしていたピエトロであったがスケロクがそれを止めた。
「べ、ベルナデッタと、サンティ親方を会わせられない理由は、なんだ?」
空気が止まったような感覚があった。ルカの問いかけに対して道筋をつけて答えようとした瞬間。その一瞬の虚を突いて核心に触れたのだと、誰もが気付いた。
「その……ぅ……」
スケロクからは執事ピエトロの心の動きが手に取るように見て取れた。何か、別の言い訳を用意しようとして、それを断念したのだ。
「今は……」
観念したように見えたピエトロであったが、しかしそれでも彼の奥歯にものの挟まったような言い方は変わらなかった。
「申し訳ありません。今はまだ、全てを話すわけにはいかないんです……もし、全てが終われば、そうすれば、お話しできますが」
「ちょ、ちょっと、そんな不確定な状態で仕事をしろっていうんですか」
「まあ待て、ルカ君」
ルカはピエトロの煮え切らない態度に怒りの色を示したが、それをヴェルニーが諫めた。
「依頼者って言うものは本当のことを話さないものさ。こういうことには慣れっこだよ」
どうやら冒険者としての経験の長いヴェルニーにとってはこの程度のことは日常茶飯事、というところのようである。
「重要なのは……」
ピエトロの方に視線を移す。
「あなたが私達の敵でないかどうか、だ」
「誓って言います。本当のことはまだ話せませんが、私も、お嬢様も、決してあなた達の敵ではないし、王党派であることも間違いありません」




