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仲間割れ

「亜人(※)の汚い血が混じっている」


※巨人種から見た人間種のこと。


 見下ろしながらジェリド元王子が言った。成人の巨人種としては平均的な身長の三メートルほどの体躯に対して、女性の中でも人間種の血が混じっているシモネッタは二三三センチしかなく、ベルナデッタと比べても小柄である。


 巨人としてもあり得ないほどの小柄というわけではないものの、しかし見れば混血であろうという事はすぐに分かる。


「挙句に、冒険者などに身をやつし、この国難において小人(※)どもと仲良しこよしで遊んでいたのか」


※同じく巨人種から見た人間種のこと。こちらは侮蔑的なニュアンスを多分に含む。


 不穏な空気を感じてルカは抱いていたメレニーをグローリエンに預ける。


「お前のお袋は淫売のクソおん……」


 言い終わらぬうちにルカが飛び上がってジェリドを殴りつけた。ティターンズのジェリドを殴ったのだ。


「なっ……!?」


 人間の中でも小兵のルカの殴打。ダメージはそれほどないものの、ジェリドはよろけて後退し、お付きの者に支えられる。それと同時に護衛の騎士が剣を抜いた。


 いや、正確には抜こうとして、それが出来なかった。一歩前に出たヴェルニーが騎士のガントレットの上からその拳を押さえていた。反対側にはスケロクが守護霊のように背後に立ち、プレッシャーをかけている。


「よすんだ。今のはそちらに非がある。それよりも、協力を受けるためにここに来たんじゃあなかったのかい?」


 ルカは冷静である。決して激情に駆られて殴り掛かったわけではない。ジェリド王子が先に一線を踏み越えたのだ。


 今彼が飛びかからねば、殴り掛かっていたのはシモネッタであっただろうし、彼女はもはや一端の冒険者。本気で殴ればジェリドもただでは済まなかったろう。それを防ぐためにルカが先に怒りを見せたのだ。


 そしてルカが事前にメレニーをグローリエンに預けたことから、ヴェルニーとスケロクは一連の動きを予測して立ちまわっていた。


「ふざけるな! 協力だと!? 王族を殴っておいてただで済むとでも思っているのか! お前は必ず絞首台に……」


「そんなことができるので? 市民トリエステ」


 そう。今の彼にそんな権限はない。そしてこの共闘がお流れになるのならば、ヴェルニー達は別にそれで構わないのだ。ジェリド王子に出来るのは苦虫を噛み潰したような顔で小さな呻き声をあげることだけだった。


 それにつけてもジェリド王子の浅はかさよ。


 確かにハッテンマイヤーは言っていた。「純血の巨人族には話が通じないレベルの脳筋も多い」と。


 しかしこれから協力を仰ぐ相手であるシモネッタに対して感情に任せて暴言を吐き、その上彼女と同行しているのが人間種であるにもかかわらずその人間種を「汚れた血」と表現したのだ。


 別にそう思うのは勝手だ。人間だって他の亜人種、特にホビットや獣人種に対して侮蔑的な感情を持っていることは多い。だが少なくとも本人がいる前でそれを口にするのは「無礼」以前に考えが無さ過ぎる。


 こんなのが神輿になっている泥船に乗るのは少々危険なのではないか。全員がそう思い始めていた頃、その場に似つかわしくない何とものんきな声が聞こえてきた。


「まあまあヴェルニーさん達も、王子様も、仲直り仲直り」


 間に入ることすら(はばか)られる緊迫した空気の中、王子とヴェルニーの手を取ってベルナデッタが無理やり握手をさせたのだ。


 彼女のあまりにも無邪気な行動に完全に毒気を抜かれてしまった。これにはさすがのジェリド王子も反省の色を見せた。


「すまない。軽率な行動であった……」


 顔を見ると飲み込めたわけではないのだろう。しかし少なくとも形の上では謝罪を見せたのだ。


「こちらも、土下座して靴を舐めろなどと言うつもりは当然ない。しかし国を救うためにヒーローにはなれてもピエロにはなれないというのなら、今すぐ船を降りるべきだ」


 そう考えると、この空気を収めるために(たとえ意図してそうしたのではないとしても)ピエロを演じることのできたベルナデッタは真の意味で救世主たり得る女性なのかもしれない。


 とはいえ難しい問題だ。王となればピエロを演じることで下がついて来なくなることも考えられる。先ほど王子が言った通り「権威」を失ってしまうのでは意味がない。どれが正しい行動だったのかを教えてくれるのは百年後の歴史だけだろう。


「ところでベルナデッタ。御父上のサンティ親方(うぇーかた)と連絡を取りたいのだが」


「ええ、いいですよ」


「お、お嬢様」


 相変わらず返事だけはいいベルナデッタ。元々実務は何も分からず、人と人とをつなぐ仕事をしたいと言っていたのだからそれは分かるのだが、執事のピエトロがそれを止めた。


「い、いけませんお嬢様。お館様はお嬢様が王党派に寝返ったことを知らないのですから、そんなことをしたら逆鱗に触れてしまいますぞ」


「何を言うか。かわいい娘の言うことなんだ。話くらいは聞いてくれるだろう。まずは連絡を取ってくれ。そこから先は私が何とかする」


「そうですよ、ピエトロ。そもそも議会派は話し合いを旨とする人達でしょう? ならお父様が話し合いを拒否する道理はないじゃない」


 ヴェルニーは一歩引いてルカ達に小声で話しかける。


「どうも、まだ何か隠していそうな雰囲気だね」


 その空気はルカ達も読めているのだが、しかし何を隠しているのかがあまり見えてこない。親子で何か話し合いのできない理由でもあるのか。


「忘れてしまったのですか、お嬢様。家を出るときにお館様と大喧嘩をして、とても話を聞いてもらえる状態でないということを」


 額に汗を浮かべて執事のピエトロがそう言い聞かせると、ようやくベルナデッタの動きが止まった。彼女はそれほど重要なことを忘れていたのだろうか。


「そうでした……私、お父様と大喧嘩をしてしまって」


「なあに、そんな事私が間に入れば大丈夫だろう。ピエトロ殿だったか? ぜひサンティ氏に……」


「お嬢様」


 話が進まずどうしたものかとヴェルニー達が困っているところに侍女の一人が近づいていて声をかけた。これ以上何か面倒な事態でも起こるのかと一同がため息をつく。


「光栄兵の連中が、不審者を匿っていないか、屋敷を改めさせろと……」


 ぎくりとルカの背筋が凍った。


「昼間に、光栄兵と揉めた連中がいるはずだ、と」


 まず間違いなく自分達のことである。

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