ジェリド王子
「ご協力感謝する。ベルナデッタ殿!!」
輝く星々が天球を埋め尽くさんとする頃、その男はベルナデッタの屋敷に来訪した。
「サンティ親方は議会派だというのに、貴女の勇気にはまこと……」
数名の護衛を引き連れているとはいえ、尋常であれば時代の国を引き継ぐ者が、家臣の、それも一少女に会うために夜中に貴族の別邸を訪れるなど、それこそあいびきでもない限りあり得ないことなのであるが、彼は来た。
「あ……えと」
ジェリド・トリエステ。マルセド王国次期国王となるはずだった男。現在はその地位を失って市井に身をやつし、古都フォルギアータに潜伏し、議会派への反撃の機会を窺っている。
「姉……上、その節はどうも……」
「お久しぶりです」
そして竜のダンジョンの第六階層でシモネッタを暗殺しようとして返り討ちにあった、というか、ユルゲンツラウト子爵との戦いに巻き込まれて手痛い打撃を受けた男である。
ここで、時期的に一つ疑惑が湧き上がる。ルカが果敢にそこを攻めた。
「あの、もしかして政情に不安を抱えていたにもかかわらず不用意に国を離れたから革命が起きたんじゃ……」
「ふぐっ……!!」
どうやら図星のようである。
おそらくは国を離れていたから国王と違って難を逃れたのであろうが、そもそも彼がシモネッタを暗殺するために国を離れたりしなければ革命自体が起きなかったのではないのか、という推論は見事に的中した。ジェリド元王子は顔を歪めていたが、ほんの数秒で、その怒りを飲み込んだ。
「ベルナデッタ嬢、こうやって顔を合わせるのは初めてだったかな」
「いえ、一度お城のガーデンパーティーにお呼ばれしたことがあります。私の力は小さなものですが、今日のこの縁がきっと王党派盛り返しの切っ掛けとなる事でしょう」
「むぅ……」
ベルナデッタは明らかにヴェルニー達の事を言っている。
ジェリド王子はおそらく一人でも味方を増やすためにベルナデッタを訪ねてきたのだろうが、ルカ達が見る限り、親方でもないベルナデッタにそれほどの力があるとは思えないのだ。彼女が自由にできるのは、せいぜいがこの館の内側程度のこと。
ならば元王子は、自分が過去に暗殺しようとした姉を頼らねばならないという事になる。
「まずは過去のあやまちを詫びるのが先なんじゃないの~?」
おちょくるようなグローリエンの発言。しかし道理である。有耶無耶にしようというのでは、信頼は得られまい。
「恥を忍んで……言うが、シモネッタ、どうかこの俺に、協力……」
「違うでしょ。まず謝んなよ」
「マルセド王家は、滅亡の危機にある……シモネッタが、協力しなければ……」
「謝れつってんのよボケ」
よりにもよってグローリエンが暴言を吐いたというのがよくなかったのかもしれない。これがヴェルニーやスケロクであれば彼のプライドはそこまで傷つかなかったのかもしれない。
自分の半分の身の丈しかない小柄な少女にそこまで言われて素直に謝れるほど人間が出来ていなかった。
「そもそもだ。識字率が三割にも満たないこの国で民主主義など成り立つと思うのか? 奴らは必ず行き詰まる。いずれ私達が正しかったと後悔するときが来るだろう」
「そんな話してない。謝れつってんのよ」
「いいか? はっきりと言おう。民主主義もいいだろう。議会中心の政治もそれはそれでいい。だが今この国はその域に達していない。国民にその責を負わせるのはあまりにも無責任だ」
「語り始めましたね」
「終わりそうにないねえ」
グローリエンが火をつけたことであるが、まあセンシティブなところに触れてしまった、という所である。
「民がその域にまで達していないならば、道理で政治をすることなどできない。ならばどうすればいい? 権威にて縛り付ける他に手があるかというのだ。私達こそが正義なのだ」
ジェリド王子の独演会は一時間にも及んだ。
しかしまあこれにて膿は出し尽くしたと見ていいだろう。そういうものが好きな人間に政治など語らせたら終わらないことは誰にもよく分かっている。
民主主義だとか、王政だとか、そんなこと冒険者が知るか。お前らで勝手にやれ。現地の問題は現地で解決しろというのが基本だ。依頼されればそれだけの仕事はするが「正義」などに関わったら碌なことにならない。
「まあ何が言いたいかというとだ」
ようやく結論が出るようだ。
「正義は我にあり。革命が起こったにもかかわらずこうして私が生き延びているのが理由だ。つまり、天が私に『まだ死ぬな』と言っておられるのだ」
こいつぁアカンな。
あんまり関わり合いにならない方が良さそうだ。ルカ達全員がそう思った。
「ゆえに、ある程度地盤が固まって数で圧し潰されない程度の仲間が確保出来たら、首都ベルネンツェに凱旋し、堂々と政権の返還を要求するのだ」
ルカは皆の方にちらりと視線を送る。
「民も我らを支持する事だろう」
「こいつぁ本格的にあきまへんな」
少し離れて王子達に聞かれないようにヴェルニー達に話しかけた。
どうせ大した案は出てこないだろうとは思っていたものの、予想以上の考え無し。王子はルカ達が距離を置いていることにすら気づかずにそのまま話続けている。
「と、いうところだが、君達に何かいい案が他にないかな?」
事実上の丸投げである。
神輿は軽い方がいいとは言うものの、担ぐ人間すらいない以上、少しは神輿が考えてくれなければ困るというもの。
「そもそも、シモネッタの件もそうだ。庶子である上に女。いくら慣習で女も王位を継げるからといってもおおよそ王の器ではないことは誰の目にも明らかなのだから、自らはっきりと継承権を放棄すべきだった。それがないから私があんなところまで出張らなければならなかったのだ」
ジェリド元王子はシモネッタに詰め寄る。「自分は間違っていない」という確信が彼の行動を全て肯定する。そして革命という「理不尽」な状況への怒りを最もぶつけやすい相手に持っていったのだろう。
わずかに怒気を孕んでいるジェリドに対しシモネッタは特に何か思う所は無いような態度。正直言って「心底どうでもいい」と思っているのだ。
「おまけに、亜人の汚い血が混じっている」




