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考えない女ベルナデッタ

「この革命を終わらせて、議会派をぎゃふんと言わせるにはどうしたらいいでしょうかね」


「ちょちょちょっと!?」


 ベルナデッタの言葉にルカは戸惑いが隠せなかった。まさかの丸投げである。「ルカ達に協力してほしい」とは何か具体的にやってほしいことがあったり、サポートしてほしいという話ではなく、「何をしたらいいんでしょうかね?」のレベルであった。


「あのですね? ベルナデッタさんが、この国を守るために何か行動を起こすっていうんなら僕達は協力を惜しみませんよ」


「……?」


 ベルナデッタはゆっくりとした動きで紅茶のカップを口につけた。


「それだと私が何か行動を起こす感じになります?」


 なるに決まってんだろボケ。


「そういうんじゃないんですよね……こう、あの時、国を救った英雄達の裏では、彼らの繋がりを取り持った人物がいた、とかそんな感じの、陰のフィクサー? 的な、そのくらいでいいんですよ、私は」


 要は大したことはせずにおいしいところだけ掻っ攫おうというのである。「そのくらいでいいんですよ」じゃねえよこのカス。


「ちょ……っと、撤収」


 さすがに旗色の悪さを感じて、ルカが全員に声をかけた。彼らは一旦茶の席から離れ、部屋の隅で囲みを作る。ベルナデッタは状況が呑み込めず、にこにことクッキーを齧っている。


「あのっ……思った以上のカスでは?」


「ちょっと予想以上ねぇ」


珍しくグローリエンも戸惑いを隠せていない。


(わたくし)、あの女をすごく殴りたいですわ」


 物腰の柔らかいシモネッタからも「あの女」呼ばわりである。


「思ったんだけど」


 さて、どうしたものかとルカが思案に暮れているとヴェルニーが口を開く。彼はシモネッタと並んでベルナデッタガチ切れ勢のメンバーである。


「もう下手に彼女と協調するよりは単独で首都に潜入してシモネッタさんのお母さんを救出した方が遥かに簡単じゃないかな」


 確かにそうである。シモネッタの母とはいえ、所詮は国王の正式な妾ですらなく、お手付きになっただけの巨人でもない人物。政治的に重要な価値を見出されているとは考えづらい。


「そうですね……ベルナデッタさんは無視して……」


 ルカがそう言いながらちらりとベルナデッタの方を見ると、彼女は涙を流していた。何事か。まさか今の会話が聞こえていたとは思えないが。


「ど、どうしたんですか!? ベルナデッタさん!!」


「うれしいんです、私」


 全く話が見えない。


「今まで友達も、仲間と言える人もいなくて、相談できる相手も無しにひたすら一人で悩んでいただけだったのに、そんな私にも『仲間』ができたんだなあ、って。もう一人じゃないんだって思ったら涙が……すみません」


 急に断りづらい雰囲気になった。


「ぐすっ、こんな根暗でオタクの友達の一人もいないゴミ人間の私でも、『仲間』が出来たんですね。私、生きててもいいんですよね?」


 ここで「うるせえ死ね」と言える人間なら、ルカはここまで来られなかったであろう。


「ま……」


 しかし、彼の行動は彼一人の物ではないのだ。彼の仲間はベルナデッタではなく、背後にいるヴェルニー達。日和(ひよ)って本当の仲間を危険にさらすわけにはいかない。


「まかせてください」


 日和りおった。


「ちょっとルカ君」


「あっ、いやあの、すみません!」


 もうこれ以上は無理だろうとヴェルニーがタオルを投げ入れる事態となった。仕方あるまい。


「ベル、僕達はギルドに所属している冒険者だ。無報酬では動かない」


 もはや礼儀正しいヴェルニーですら「ベルナデッタ」という長い名前を言うのが面倒になって略し始めた。


「はわわ、わた、わたし、お友達にあだ名で呼んでもらうのなんて初めてで……」


 しかしベルナデッタには全く何の効果もなかったようである。ヴェルニーはそれにかまわず会話を続ける。彼としてはこれ以上仲良しごっこに付き合うつもりはない。一線を引く話だ。あくまでもビジネスならば受けるという話である。


「国を動かすほどの依頼となればそれに見合うものが必要だ。分かるね?」


「あの、えっちなのはちょっと……」


 今の流れで何故そう思うのか。ヴェルニーは彼女の発言については一顧だにせず、部屋の入り口に置いておいた両手剣をベルトから外して掲げた。


「その剣……反ってますね」


「さすがにマルセドの貴族といったところか。この距離でもわかるとはね。報酬は単純だ。マルセド王国に伝わる秘伝の冶金技術『巨人鋼(きょじんこう)』で僕のためにこれと同じ剣を打ってほしい」


「いいですよー」


 軽く答えてベルナデッタは立ち上がる。ヴェルニーは何か肩透かしを食らったような驚いた表情を見せている。こう簡単に了承が得られると思っていなかったのだ。


「ちょ、ちょっと待って、巨人鋼だよ? 本当にいいの?」


「本当はいけない事ですけど、だって友達のお願いですから! さあ、実はこの別邸にはアトリエがあって、マエストロも常駐してるんです。案内するんでついてきてください!」


「ヴェルニーさん、巨人鋼って?」


 ずんずんと歩いていくベルナデッタについていきながらルカが尋ねる。


「マルセド王国に伝わる門外不出の冶金技術だ。時折古い巨人鋼の武具が質に流れてくることはあるが、技術と、強力な武具の流出を恐れて基本的に外国人のために作られることはない。せいぜい他国王家への贈答用って程度だね」


「私の武具も、実は巨人鋼なんです。バレるとまずいんですが……」


 巨人王国の知られてはならない二つの秘密。一つは対外戦争に強くない事、そしてもう一つはこの冶金技術である。


 それをこのベルナデッタという少女は二つ返事で了承してしまったのだ。もう王党派や議会派関係なくこの女は処してしまった方がこの国のためになりそうな気までしてきた。


 しかも彼女は今からアトリエに案内しようというのだ。


 この中に鍛冶の技術者はいないものの、たとえ採掘場でなくとも鍛冶の現場であれば見る者が見れば金属の温度、光沢、熱処理からどのような金属がどのように配合されているか、おおよそ見当をつけられる。


 すぐに再現するのは無理だろうが、ある程度当たりをつければ(おそらくそれでも数十年かかるだろうが)技術が流出する可能性はあるのだ。


「失礼しま~す!!」


 中庭を通って離れのアトリエにたどり着き、ノックも無しにベルナデッタは扉を開ける。中で危険な作業をしているのかもしれないのにお構いなし。こうやって考え無しに生きてきたのだろう。挨拶の声は大きくてよろしいが。


「……なんじゃ、お嬢か」


 背中を丸めて何か細かい作業をしていた禿げ頭の巨漢が振り向いた。炉の熱で赤く灼けた肌にところどころ火傷の跡、そしてスキンヘッドに単眼鏡をつけた姿はさながらサイクロプスのようであった。

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