キレてないッスよ
「ここまで来れば奴らも追ってこられないと思います。まずは一安心ですね」
ベルナデッタ・サンティと名乗るブルネットの髪の少女。少女とはいってもシモネッタよりも少し身長が高い、つまり二メートル半ほどの身の丈があるのだが。
「王党派と言っていましたが……」
「詳しく説明します。まずこの国を取り巻く政治状況を」
「この国って元々どういう政治形態だったんですか?」
「いちから説明しないとアレな感じですか」
そんなこと言われても知らないものは知らないのだから仕方あるまい。そもそもマルセド巨人王国についてはその情報があまり外に漏れてこないこともある。永世中立を宣言しており、あまり他国に干渉してこないこともあって、逆に他国からも興味を持たれてこなかった。
「そこからでしたら、内と外の両方を知っている私から説明いたしましょうか」
ハッテンマイヤー・エルトマン。姉はシモネッタの母であることも発覚した北部人である。そもそも巨人族がパーティー内に存在するにもかかわらずこれまでそんな話がまるで上がってこなかったのは、彼女とシモネッタが「国に二度と帰らない」つもりだったからである。
「そもそも、巨人族というのは、かなりの脳筋です」
「それはシモネッタさんを見てれば分かるけども」
「シモネッタ様はまだ大分穏健派です。純血の巨人族は会話が成り立たないレベルの脳筋も多いです」
「そうなの!?」
むしろ王族のくせにシモネッタのタフさに驚いていたところであったのに。ルカは建物の中を見てみる。貴族の屋敷だけあって装飾品などは随分と凝っており、ベネルトンの高級店と比べても遜色ないようであった。ただの脳筋がこれだけの美的感覚を持ち、調度品を揃えられるとは思えないが。
「巨人族の実直な考え方はその細工物の精巧さにも現れているので、見ただけでは気づかないでしょう」
ルカの視線に気づいたハッテンマイヤーが、彼が疑問を呈す前に答えた。
「そもそも古い時代、巨人族はその力よりも細工物の見事さにより一目置かれていたのです。例えばこのネジ」
ハッテンマイヤーはそんなものを何故持っていたのか、ポケットから小さなネジを取り出した。
「それまでネジというものはほとんど一点もので、合わなければ諦めて別の物を試す、くらいの精度でしたが、巨人族の作ったそれだけは違いました。なんと、巨人族の作ったネジは、別の時代に別の場所で別の人物が作ったものでも、ぴたりとはまったのです。この事に気づいたトラカントのフーシェ男爵が」
「あ、あの、ハッテンマイヤーさん?」
「のちにタイタン規格と呼ばれる工業規格を提唱しましたが、その規格を適用できる工業物も結局巨じなんです?」
「ネジの話はもういいので」
「あっハイ。まあ政治形態は基本的には王政です。古い時代の土地の有力者が豪族となって周辺部族を飲み込んで、っていう普通の王政です」
つまり、巨人族はネジとともに歩んできた民族なのだ。
「基本的には鍛冶、工業を中心に生きてきた実直な人達、といったところです。貴族の発祥も、元は各地の鍛冶ギルド制度から生まれていて、各地方ギルドの親方が貴族として君臨してウェーカタと呼ばれるようになりました。他国との交渉時に舐められないように華美な貴族としての体面を保つようになったのはごく最近の事です」
ここから先は最近の事情になる。ハッテンマイヤーから引き継いでベルナデッタが言葉を継ぐ。彼女はシモネッタよりも体格は大きいものの、鼻にかかったような甘い声で、若干幼い喋り方をする。
「でもですねぇ、元々実力主義なところがあって権威主義的で上から押さえつける王家への反発があったところに、人権派弁護士のモンテ・クアトロという男が民主主義を提唱して……」
「モンテ……?」
「はい。モンテ・クアトロです」
いやな予感がした。質問したのはヴェルニーであったが、一同が渋い表情をする。とても嫌な予感がする。それこそもうこの件からは手を引いた方がいいくらいの。しかしそれを口にできるほどの不義理を働ける人間はこの中にはいなかった。
「その男が主導して、国王様までが処刑台に送られちゃったんですよ! それだけじゃありません。多くの親方も『反革命的だ』といちゃもんをつけられて、処刑台に……こんな恐怖政治、許されるはずがありません!」
話としては「許せないことだ」と思うのだが、いまいちルカにはこの国独特の貴族の呼び名が気になって話が頭に入ってこない。視線を送ると、ヴェルニー達も渋い顔をしている。
「ベルナデッタさんは『王党派』だと言っていましたよね? サンティ家が王党派だから、自分達の家を助けてほしい、と?」
「いや、それは……」
あれだけ気色ばんでモンテ・クアトロを非難していたのに急に歯切れが悪くなった。これはなにかあるなとふんでルカがさらに尋ねると、ベルナデッタは妙なことを口にし始めた。
「実は、父、サンティ親方は議会派なんですよ……私が個人的に王党派なだけで」
「は?」
親と、いや家と方針が違うなどということが許されるのか。彼女は義によって自分の家に対して反旗を翻しているというのか。しかしそれともどうも違うようである。
「議会派の親方であってもちょっとした行き違いから反革命罪で逮捕されることがあるんで、その、私がその保険としてですね……議会派の中心に近い議員に嫁がされることになったんです」
要は、政略結婚を仕掛けようとしているという話である。悪く言えば娘を人質にして難を逃れるという話。良く言えば娘を安全な場所へと嫁がせるという話。
「シモネッタ様!!」
ベルナデッタはそれまで座っていた椅子から立ち上がり、彼女の前に跪いて手を握った。
「殿下の噂は聞いてます! 平民との愛に生きることを選んで、王宮を出て冒険者に身をやつした勇気のある人だと!!」
若干違う。
実際には追放同然で留学に出されたが、留学先で相手国の王家と思うような関係になれず、偶然知り合った冒険者に押しかけ女房している状態である。それと、冒険者の目の前で「冒険者に身をやつす」などとよく言えるものだ。
それはまあ置いておいて、無関係な者からすればそんなナラティブの方が分かりやすいのだろう。実際トラカントの王族に会うよりも先に彼女はルカを見初めたというところもある。
「私まだ十九歳なんですよ? まだ恋も知らない乙女が、二十も年が上のおっさんに後妻として嫁ぐことになるなんて……女を政治の道具としてしか見てないんです。ひどいと思いませんか」
「あ、あの」
ここまでほとんど空気に徹していたスケロクが恐る恐る口をはさんだ。
「ジャンカタールから休まず移動して、みんな疲れてるんで、込み入った話の前に一回休憩入れてもらえませんか……?」
「は……あ、ああ! そうですね!そうですよね!! すいません、私としたことが気が回らなくって! すぐ客室に案内しますね!! ピエトロ、お願いします」
とりあえずスケロクの言うことにはルカも同意である。フォルギアータの町に入って以来目まぐるしく状況が動いていて、一回状況を整理したいところもある。
だがそれ以上にルカが気にしていたのはシモネッタだ。
ベルナデッタが彼女に縋りついて以降、どうも彼女が不機嫌な空気を醸し出しているような気がしてならなかった。状況的にはシモネッタとベルナデッタは似ているはず。ではなぜ、何に怒っているのかまでは分からなかったが、とにかく一旦距離を置きたいと思った。
「申し訳ありません、フォルギアータの出先の別邸なので客室が一つしかありませんが……」
「いえ」
客室にはピエトロという名のグレーの髪の初老の執事が案内してくれた。彼は巨人ではなく人間だ。ルカ達は巨人を前提に作られた、だだっ広い部屋で一息つく。
「ヴェルニーが……」
ふと、スケロクが口を開く。彼もシモネッタの不機嫌に気づいていたのかとも思われたが、口にしたのはヴェルニーの名だった。
「ヴェルニーがこれまでにないほどにキレてたから、一旦間を置こうと思って」




