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いくらエルフでもうんこは臭い

「さて」


 マルセド王国第二の都市、古都フォルギアータ。


 元々隠れ里のように細々と暮らしていた巨人達の祖先の集落は全て山間部にあり、それは首都のベルネンツェであろうとも同じであり、そして当然このフォルギアータも。


 ただ、少し違うところがあるとすればこの古都フォルギアータは鉱山と鍛冶の工業都市であり、周辺の森の木々は燃料として刈り取られてしまって辺りは禿山が広がっており、町のつくりも無骨な男らしさが目立つ。


 元々は戦士よりも鍛冶師として名を馳せていた古い巨人族の時代の名残を色濃く残す町である。


「囲まれてしまったわけだが」


「わけだが、じゃないですよ」


 いまいち緊張感のないヴェルニーにルカが突っ込みを入れる。彼らが町についてから衛兵に囲まれるまでに一時間もかからなかった。


 まさかシモネッタの人相書き手配書が既に各地に配布されている状態だとまでは思っていなかったのだ。


「見て見て、この手配書。『ブロンド髪の小柄な少女』だって」


 グローリエンが笑いながら手配書を指さしているが、今はそんな場合ではない。身長二三三センチのシモネッタは巨人族としてはかなり小柄な部類なのではあるが。


 そんなことよりも五人ものプレートアーマーに身を包んだ巨人族の騎士が、ヴェルニー達を取り囲むように立っているのである。


「大人しくその女、市民トリエステとハッテンマイヤーを差し出すのだ。貴様らは外国人だから罪には問わん」


 トリエステはシモネッタの苗字である。


「逆に言えば、シモネッタさんは罪に問うんですか? 彼女が何の罪を犯したっていうんです?」


「反革命罪だ」


 ルカの首筋に冷や汗が流れる。


 なんとなくだが、いやな予感がした。それも途轍もなく、だ。


 「反革命罪」などという罪状は聞いたことがない。聞いたことがないからこそ思い至る。「もしやその反革命罪とかいうものは、此度王家が廃されて革命政府が立ち上げられし折に、新たに作られた罪状ではないのか」と。「本当にその罪状は公平な運用ができているのか」と。


「さあ来るんだ、市民トリエステ」


 騎士がシモネッタに伸ばした腕を掴んだのは、ルカだった。


「なんだこの手は」


「あ……いや」


 考えるより先に手が動いてしまった。掴んだ腕はルカの腿よりも太い。圧倒的質量差。それでなくとも相手は国家権力。国を相手にケンカを売るという選択肢を、考えるよりも早く選んでしまったのだ。ルカ自身、自分の行動に戸惑っているようだった。


 ただ一つ、ここでシモネッタを渡してしまったら、二度と帰ってこないような、そんな気はした。


「やるねぇ、ルカくん」


 にやりとグローリエンが笑みを見せるが、笑っている場合か。


「貴様……邪魔をするなら貴様も反革命罪だ!!」


 騎士はルカの腕を振り払って引くと、彼をなぎ倒すべくその丸太のような腕を振るう。あわや騎士の腕がルカの頭部を叩き潰すかと思われたところですさまじい金属音が鳴り響き、騎士の篭手(こて)が払われた。


「おっと、騎士である君に、刑の執行権があるのかな?」


 ヴェルニーの両手剣(ツヴァイヘンダー)が騎士の腕を弾いたのだ。


「黙れ! 我ら光栄兵は反革命分子を処刑する裁量が与えられている!」


 騎士が剣を抜く。五人の騎士達はただ立っているだけでルカ達を覆う壁の様であるし、その片手剣はヴェルニーの両手剣よりも分厚く、重い。


「下がって!!」


 言いながらグローリエンが前に出て、同時に大きく胸を膨らませて空気を吸うと、タコの墨の如く黒煙を噴き出した。これは凪の谷底でヨモツイクサと戦った時に使った煙幕だ。勝手知ったるルカ達は急いで細い路地に入り込み、巨人たちは狼狽える。


「撹乱しながら逃げるぞ、みんな!」


 細い裏路地といえども巨人の街並みではそれなりに幅がある。ヴェルニー達は騎士どもが追ってくる前にと、足を進める。


「そういえばグローリエン、その魔法ダンジョンでも使ってたけど、どういう魔法なんだ? 前には使ってなかったと思うけど」


「これはね、カマソッソのいたところにヤミゴケってのがあったじゃない」


 死のコウモリ、カマソッソはダンジョン内の暗黒回廊に潜んでいた。そこにはヒカリゴケならぬヤミゴケなるものが自生しており、暗闇を吐き出していたのだ。


「あれを今肺の中に飼ってるの」


 なんとアメージングな。健康上問題ないのだろうか。しかしそんなことどこ吹く風とばかりにグローリエンは自信満々な表情である。


「こんなこともできるわ」


 そういうと彼女は立ち止まって自分の足元に黒煙を吐き出した。彼女の足元は完全なる闇が支配し、一切の光というものが消失して何も見えない。


「ちょっと!?」


 刹那、彼女は自分のワンピースをまくり上げ、その場にしゃがんだ。尋常であれば局部が丸見えのはずであるが、暗闇に飲まれて何も見えない。


「ふんっ……ぬぬぬ……」


「ちょっ、ちょっとちょっとぉ!?」


 突然しゃがんだまま踏ん張りだしたのだ。その姿勢でその声、いったい何をしようというのか。しばらくすると、辺りには濃厚なメタンの芳香が充満し始める。いったい彼女は、暗闇の中で何をしたのか。


 「ふう」と小さいため息をついて彼女は立ち上がる。


「こんなふうに、この魔法があればどこでも排泄ができるわ」


「そこまで人間を捨てきれないです」


 このエルフ、人前でうんこしおった。


「さあ、逃走を再開するわよ」


「それはいいんですけど今おしり拭きました?」


「時々さ、『今の全然拭かなくてもOKなんじゃね?』ってくらいつるんッて出ることあるよね」


「あっても拭いてください」


 今更この女の非常識さを指摘したところで詮無きことである。


 少し歩くと後ろには道の真ん中に極小の暗黒空間が広がっている。あの中にうんこが……と思うとぞっとするが、ルカ達は再び移動を始める。どうやら暗闇から復帰してきた巨人の騎士が路地に入って追ってきているようである。


 彼らの追う声がルカ達に聞こえてくる。


「ん? なんだこの黒いの?」

「うわっ、なんか踏んだぞ」

「おっ、くさッ!!」

「うんこだ! こいつうんこ踏みやがったぞ!!」

「えんがちょッ!! 来るな来るな! えんがちょが伝染る!!」


 どうやらグローリエンの対人地雷が真価を発揮したようである。笑いをこらえながらルカ達が走っていると、彼らの前に一人の女性が現れた。


「シモネッタ様ですね? 私は王党派のベルナデッタと申す者です。安全な場所に案内いたします」

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