真人間
広葉樹の緑たくましい山の中の道を進む。
山の中であれども北に行くほどに段々と気候は穏やかになり、やがて来る初夏の訪れを予感させる。ベネルトンの街のあるトラカント王国への道を確かに辿っているのだと感じられると、一行の足取りも自然と軽くなってくるというものだ。
「ちょっとちょっとちょっと!」
「どうしました? ルカ様」
ずんずんと山道を進んでいくシモネッタに駆け寄ったルカが息を切らせながら彼女を呼び止める。巨人族の彼女が早足で歩き始めるとみな置いていかれてしまう。
「前回と同じじゃん!」
「何がですか」
少し歩く速度は遅くしたものの、シモネッタは立ち止まる気は全くないようで、歩きながらルカの話を聞いている。これがハイキングならば季節的にもちょうどよく、いい運動になるのであろうが、そんな生ぬるい話ではないのだ。
「聞いてた? 革命が起こってお父さんが処刑されたって!」
「はい」
「お母さんも捕まってるんだって」
「痛ましいお話ですね」
全て分かった上でシモネッタは「無視する」という選択肢をとったのだ。
「失礼ですがルカさん、シモネッタ様が『それでよい』と言っているのです。それに口出しするだけの『覚悟』があっての発言と受け取ってよろしいですか?」
ハッテンマイヤーが二人の間に割り込んできて彼に詰め寄るとルカは小さな呻き声を上げるだけしかできなかった。
おそらくは彼女はシモネッタの一番の理解者。その彼女が「口を出すな」とは、言わなかったのだ。「口を出してもよいが、覚悟はあるのか」と。ただそれだけを聞いたのだ。
なんとも巧妙な。「お前に口出しする権利などない」と切り捨てることもできようが、そうはしなかった。ルカには少しだけ口出しする権利がある。もしも彼がシモネッタと家族になる覚悟があるならば、だが。そこまで読み取ってルカは呻き声を上げるだけしかできなかった。
「でも、本当にいいのかい?」
ヴェルニーに尋ねられて、一瞬シモネッタは立ち止まるが、しかし先ほどの兵士と距離をとらねばならないと思い直して再び歩き出す。しかしその顔には迷いの色が見られた。
「母親のことも」
今度は完全に立ち止まってしまった。
直立不動で考え事をしている。彼女の父親は国王であるはずだが、確か彼女の身分は庶子。ということは母は平民という事。ともにつらい立場だったのだろうと見抜いての質問だ。
「シモネッタ様、姉の事はお気になさらず」
「姉?」
「シモネッタ様は巨人族と人間のハーフ。母は、私の姉です」
ということは、シモネッタはハッテンマイヤーの姪、という事になる。彼女らの親密さには気づいていたが、小さい頃からの教育係というだけでなくそんな事情もあったのか、とルカ達は納得した。
「だったら……」
だからこそなおの事、本当にそれでいいのかとシモネッタの方を見る。彼女は王宮では微妙な立場だとは聞いていたが、それは二重、三重の意味を持っていたのだ。
「お母様は……助けたいですが、しかしこの国の政治にかかわる気はありません」
絞り出すような言葉。決して「自分に無関係だ」などとは思っていないのだろう。しかし自分の個人的な事情がパーティーに悪影響を与える事を気にしているのかもしれないということが見て取れる。
「こういうのはどうだろう。最短ルートで行くと首都を突っ切ることになる。だったら救出が可能かどうかも含めて一旦首都の方に寄ってみないかい? 後のことは国内の状況を見て決めよう」
ヴェルニーの提案。安全策をとれば首都には一切近づかない事であろうが、今の状態では正直言って情報が無さ過ぎる。(情報源となる兵士も倒してしまった)
ならば、それを得るためにも首都に近づいて、あとのことは後から考えよう、というスタイルである。
これならば少し意固地になってしまっているシモネッタにも受け入れやすいし、状況が許せば彼女の母を助けられるかもしれない。そう考えてのことである。
「それでしたら……」
案の定、シモネッタもこの考えに乗ってくれた。手練れの冒険者ほど腕力一辺倒よりはこういった「落としどころ」を作るのが上手いものである。
うまく話がまとまった。ルカもふう、と安堵のため息をつく。彼の利害だけを言えば親に挨拶などして外堀を埋められるのは好ましい事ではないが、それでも仲間の家族が危機にあるというのならば助けたいとは思う。
「それにしても、シモネッタさんのお母さんって人間だったんですね。マルセド王国の情報ってあんまり外に漏れてこないんですが、巨人族以外も多いんですか?」
「まあ、巨人族は寿命の長いエルフや外見に特徴のある獣人族と違って『大きい』以外に特徴はありませんからね。昔から周辺部族との混血が多いんです」
「その割には、あんまり国の内情が外に漏れてきませんよね?」
シモネッタに代わり答えたハッテンマイヤーにルカがさらに質問を重ねる。ジャンカタールとの国境に関所もなかったし、血が混じれば人同士の交流も盛んなはず。しかし実際にはそうなってはいないのだ。
「そこは、以前に僕が話した内容が関わっているだろうね」
「ヴェルニーさんの話した内容?」
「ああ。ルカ君は、巨人族に対してどんなイメージを持ってる?」
少し考え込む。彼にとって一番身近な巨人族といえばやはりシモネッタだ。まず何よりも感じるのが「おっぱいがデカい」。その次くらいに来るのが、ダンジョンでもお世話になった、その戦闘能力の高さだろう。
「一般に思われてる『強さ』と裏腹に、実際にはマルセド王国は対外戦争に弱いんだ。防衛戦で負けたことはないが、外に出て戦争をすると、大抵その行軍能力の低さから相手に引っ掻き回されて負けてしまう」
確かに前に言われたことをルカは思い出した。巨人族はその「体格」と「膂力」に比して、相対的に膝や腰の関節が弱い。体重を支える間節に余裕がないため移動能力が低いのだ。個人の戦いならばともかく、軍隊にとっては致命的な弱点である。
「だから、マルセドはあまり積極的に外との関わりを持たず、国の外に国民も出さず、外には『強い』イメージを持ってもらったまま、戦争はしたくない。それがマルセド王国の基本方針さ」
「さらに言うなら、維持費が巨人族に比べて少なくても同じくらいよく働く亜人の流入は制限していないし、むしろ歓迎しているので国内にハッテンマイヤーみたいな亜人も多くいますの」
「亜人?」
ヴェルニーの情報に付け加えて話をしたシモネッタの言葉にルカが疑問を挟んだ。ハッテンマイヤーは亜人ではなく人間に見えたが、違うのか。
「あっ、失礼。巨人族から見た自分達以外の人間種の事です。気になるようでしたら『マニンゲン』という呼称もありますけど」
「サバとかイワシみたい」
ともかく、方針としては決まった。一行は後方でまだ伸びている巨人族の兵士は無視し、その上で首都を目指して北上することとなった。




