峠の先は巨人の国
「ユルゲンツラウト子爵の時も思ったんですけど、グローリエンさん達って結構詐欺師っぽいところありますよね」
馬車に揺られながらルカが呟く。
チカランの領主、デディ・マヌンガル氏の手配により、現在ルカ達は辻馬車と大して変わらないような装備ではあるものの、専用の馬車を用意してもらってジャンカタールの国境までの移動をサポートしてもらうことが出来た。
随分とチカランの町で足止めはされてしまったものの、屋根付き馬車は大変に快適であったし、町につけばデディ氏の名前で上等な宿を手配してもらえる。夕方になれば野営の準備を始めなければいけない野宿生活に比べれば今までの遅れを取り戻せるほどの素晴らしい待遇である。
「ヘイトスピーチね」
ルカの指摘に対して即座に反論したグローリエンであったが、正直に言おう。冒険者などそんなものである。
バレない範囲で大言壮語を吐き、自分の手柄を出来る限り大きく見せるのは冒険者にとって必須の「スキル」といっても過言ではない。
「あのハオマ、何の効果もなかったらどうするんですか。こんな家宝みたいな竪琴までもらっちゃって……」
ルカはサンタ・ヴァルブルガの竪琴なるものをポロンと掻き鳴らす。
「まあ大丈夫でしょう。効果が分かる頃には私達はジャンカタールにいないし。それに聞いた話だと発酵する前の状態で既になんかの効果があったらしいよ?」
すでにチカランの町を発ってから一ヶ月ほどの時が過ぎているのだ。ここまで別に彼らの追手がルカ達に掛けられていないということは、少なくとも「何も起きなかった」などということにはなっていないのだろう。
そもそもが彼の息子は治療困難な難病にかかっているのではなく虚弱体質が問題なのだ。滋養のある物を取って、少しずつでも体を動かすようになれば、人並みくらいの健康な体にはなれるかもしれない。
あれだけグローリエンが法螺を吹きまくったのだからプラセボ効果も大変に期待できる。
「まあ、別に責めてるわけじゃないんですよ。むしろ尊敬してます。力押しじゃなくって、多角的に物事を解決する、というか」
「物は言いようだね。それよりルカ君、この街道はどこに繋がっているんだったかな?」
ようやくネトラレの衝撃から立ち直ることのできたヴェルニーが尋ねてくる。結局彼がどんな幻覚を見せられたのかは話すことはなかったし、ルカも聞きたくないので聞かなかった。
「マルセド巨人王国です」
ルカが荷物から地図を引っ張りだそうと悪戦苦闘していたところに間髪入れずにハッテンマイヤーが答えた。
「え? それって」
「ええ。私の故郷ですわ」
針葉樹の多かったジャンカタールに比べると広葉樹が増えてきている。北に行くにしたがって温暖になるヴァルモウエの植生に従って山道の景色も変わっていくのだ。これがおそらくシモネッタの見慣れた環境なのだろう。
「じゃあ、実家に……」
そこまで口にしてルカは即座に後悔した。実家になど帰れるはずがないのだ。もう一か月以上も昔のことなので忘れていた。彼女はマルセド王家から命を狙われていたのだ。少なくとも弟のジェリド王子からは。
「それは……」
静かにシモネッタが応える。まずい。彼女の最もセンシティブな部分に全く意図せず触れてしまった。己の軽率さを呪うルカ。
「私の両親に挨拶をしてくれるという事ですね!」
しまった。
そう思った時にはもう遅い。
「これでお母様にもう心配をかけることもないですわね。順序が逆になってしまいましたが孫のメレニーの顔も見せられますし」
もうすっかりシモネッタの中ではメレニーはルカと彼女の間の子供ということで話が進んでいるようである。
というかその路線で進むとルカは他国の王女を孕ませた風来坊という事になるのだがその辺は大丈夫なのだろうか。この間の幻魔拳ではないが良家の子女を根無し草の吟遊詩人が孕ませたなどという話になったら、ある日の朝、町の片隅の用水路にぼろきれの様な死体が浮かんでいる、などという事にならないだろうか。
いや、それ以前に実際ルカはシモネッタに指一本触れてないというのに完全に彼女の中で「メレニーは二人の間の子供」という事になってしまっている。これではヤってないだけ損である。
「いや……シモネッタさん。その、ね? 君は確か弟のジェリド王子に命を狙われてたよね? そのぅ、実家には、行けないんじゃないのかなあ?」
「大丈夫ですわ! 邪魔する奴なんてこの大盾で全員フッとばして差し上げますわ」
相変わらずの脳筋というか。巨人族はみなこうなのだろうか。好意を示してくれるのは嬉しいのだが、あまりにも直球過ぎてルカは困惑しきりという所である。
拒もうにも、彼女を拒否するさしたる理由も見つからない。ルカももちろん年頃の男だ。性欲は人並みにあるが、しかしこうぐいぐいとこられると引いてしまうし、今は冒険と、メレニーの子育てで手一杯という所だ。
さて、どうしたものかと考えていると御者の席のすぐ後ろに陣取っていたスケロクが声をあげた。
「誰か、いる……巨人だ」
そろそろマルセド王国の国境も近いという所。おそらくはその国境あたりに待ち構えている人物がいるというのだ。それも巨人が。
「旦那方、ジャンカタールの国内はここの峠までになりやす。ちょうどその巨人が立っているあたりでさあ。どうも、お疲れさんでした」
デディ・マヌンガル氏の力の及ぶのもどうやらここまでのようだ。しかしここまでこられれば随分と助かった。ルカ達は御者に礼を言い、僅かばかりの心付けを渡して別れを告げた。
快適だった馬車の旅は終わりを告げ、ここからは己の脚だけが頼りとなる。
それはいいのだが、峠に立つ二人の巨人は何者なのだろうか。身の丈は三メートルといったところで、簡素ながらチェインメイルなどで武装をしており、威圧感がある。シモネッタよりも大分大柄だが、これが巨人族男性の平均的な体格なのだ。
「シモネッタ様、お待ちしておりました」
二人の巨人族はシモネッタに向かって跪いた。どうやら簡易的な関所というか、検問などではなく、こちらを認識したうえで待ち構えていたようなのだ。
まさかとは思うがジェリド王子の追手か、とヴェルニー達は身構える。しかし彼らの口から放たれたのは思いもよらぬ言葉であった。
「知っての通り首都ベルネンツェは革命軍の手に落ち、王家も散り散りの状態。どうか我ら王党派に、お力をお貸しください」




