解釈違い
二週間後。
決戦の地に、ヴェルニーは立った。世界の謎を解き明かすためのアーティファクト『黄金の音叉』を取り戻すため、偽りの愛を弄ぶ幻魔拳を打ち破るため。
彼の前には一人の女性が立ちはだかる。ハッテンマイヤー女史だ。
どういった意図を持つのかは分からないが、山岳派空手のモンテ・グラッパにBLの全てを伝授し、ヴェルニーに打ち勝つためにこの場に戻ってきたのだ。
「モンテ・グラッパは?」
「彼は……」
ヴェルニーの問いにハッテンマイヤーが答える。
「こないわ」
「えっ?」
事情が呑み込めない。この二週間は一体何だったのか。
「彼にこの町のハッテン場を紹介したところ、どうやらどハマりしてしまったみたいで『暴力なんてくだらない、俺は愛に生きる』とか何とか言ったきり、もう三日も見てないわ」
「はぁ?」
「もしかしたらここに来たら会えるかも、と思っていたんだけれど、どうやら見通しが甘かったようね」
ヴェルニー達は顔を見合わせる。一体全体此れは如何なる事態なのか。何故斯様な仕儀と相成ったのか。全く話が見えてこない。つまりは、彼は行方不明でその行先は師匠のハッテンマイヤーですら把握していないということだろうか。
「えと……不戦勝、ということでいいんでしょうか? というか黄金の音叉はどうなったんでしょう?」
「音叉ならここに」
ルカの問いにハッテンマイヤーは懐から音叉を見せながら答えた。おお、とルカ達が湧く。正直モンテ・グラッパがどうなろうが知ったことか。黄金の音叉さえ取り戻せれば何の問題もないのだ。そして目当てのものだけをハッテンマイヤーが持ってきてくれたのである。
「というわけで、音叉が欲しくば私を倒すことね」
「…………」
チカランの裏路地に、南国特有の冷たい風が吹きすさぶ。
「……え?」
構えをとるハッテンマイヤーに、ヴェルニーは戸惑いの色を隠すことが出来ない。
「えっとそのぅ……え?」
「くらえッ! 幻魔拳!!」
――――――――――――――――
「はっ、ここは?」
チカランの裏路地。ヴェルニーは意識を取り戻した。ゆっくりと周りを確認して、自分が何をしていたのかを思い出す。
そうだ。黄金の音叉を取り戻すために二週間待って、モンテ・グラッパと戦うことになっていたはず……しかしその戦いはどうなったのか。細かいところがいまいち思い出せない。
周りには仲間たちが待機しており、グローリエンが黄金の音叉を大事そうに持っているので、おそらく自分は勝利して音叉を取り戻したのだろう、と結論づけた。
と、なれば一安心。万事うまくいっている。愛しの君はどこにいるのかと探すと、目の前にルカが進み出た。朗らかな笑顔を浮かべた紅顔の美少年。彼の笑顔(いつも困惑した顔ばかりで滅多に見られないが)を原動力にヴェルニーはこの冒険を耐えてきたのだ。
「音叉を取り戻してくれて、ありがとうございます。ヴェルニーさん。やっぱりあなたは僕達のリーダーです」
素直に感謝の言葉をかけられると何ともむず痒くなってしまう。ヴェルニーは苦笑した。
「喜んでもらえてうれしいよ。これでまた冒険を続けられるね」
「いえ」
ルカは後ろにいたグローリエンから黄金の音叉を取り上げた。
「もうこんなものは無意味です」
かと思うとそれを思いきり地面にたたきつけたのだ。ヴェルニーは困惑する。これのためにモンテ・グラッパと戦ったのではなかったのか。これが無ければ冒険が続けられないのではなかったのか。
「冒険なんてもういいんです。僕は本当に大切な宝物をもう見つけていたんですから」
「えっ? ちょっ……」
困惑の色を顔に浮かべるヴェルニーに対し、頬を染めたルカが寄り添う。そのままルカは彼に抱き着いて厚い胸板に頭を預けた。
「ルカ君? 何が……ルカ君?」
ヴェルニーの戸惑いをよそに、ルカは目をつぶり、背伸びをして唇を彼に合わせようとした。
「ヴェルニーさん、愛してます……」
「あああああああああああ違う!! こんなんちゃう!!」
――――――――――――――――
「あああああああぁぁっぁああぁぁあ解釈違いぃぃぃぃッ!!」
突如として大声を上げてその場に泣き崩れたヴェルニーに全員が驚愕した。
いったい何があったというのか。モンテ・グラッパの幻魔拳を受けても平然としていたヴェルニーがその場に倒れ、戦闘不能となったのだ。それも、戦闘要員ではないと思われていたハッテンマイヤーの拳によって。というかなんでこの女幻魔拳使えるんだ。
「ルカ君はそんな事言わないぃぃぃぃ!!」
いったい何が起きたというのか。「解釈違い」とは何なのか。どんな幻覚を見せられて、彼の身に何が起きたのか。それはハッテンマイヤーとヴェルニーにしか分からない。
幻覚の中で自分は何をさせられたのか。不安を覚えながらもルカは視線をヴェルニーからハッテンマイヤーに移した。
まあヴェルニーは放っとけばそのうち回復するだろう。それより今は気にすることがある。
「というわけでこの戦い、私の勝利です」
黄金の音叉はどうなるのか。
「勝負が終わったんで、パーティーに戻ります」
ほっと一息。結局何故ハッテンマイヤーがわざわざ敵対したのかは全く分からなかったが、彼女がパーティーに復帰したということは彼女の持ち物である黄金の音叉も戻ってきたということだ。一件落着。ヴェルニーはやられ損のような気がしないでもないが。
さてこれで万事解決。ベネルトンへの旅路を急ごう、といった時にルカ達は数名の衛兵に囲まれてしまった。しかもよくよく見れば先頭にいるのはあの衛兵長である。懲りない奴だ。
「でけえ声が聞こえると思って駆けつけてみれば、てめえらか。どうやら俺の運はまだ尽きてはいないみてえだな。モンテ・グラッパはどうした!?」
ホモとなって夜の町に消えた。
「やっぱり出てきたか。コレが欲しいもんねぇ?」
グローリエンが一歩前に出て例の素焼きの瓶を振った。彼女はこの事態を予測していたのだろうか。
「そっ、それはまさか神々の飲料ソーマか!? それをこっちによこせ!!」
「残念ながら違うわ。もっといいものよ」
しかしルカ達は何も聞かされていないので全く状況が把握できない。彼女は「そのうちわかる」とは言っていたが、瓶の中に入れているのは一体何なのか。ちゃぷちゃぷと音は聞こえるのでそれが液体であることは間違いないのだが。
「待ちなさい」
その時、聞き覚えのない男の声が、一同にかけられた。




