ハッテン場
「えっ、それって普通に裏切ってない?」
グローリエンが口にしたのは至極当然な疑問であった。
「裏切ってません! ただちょっとハッテンマイヤーは、BLのことになると前後不詳になるところがあるってだけで、決して裏切ってはいません!!」
そんな不安な人材を今まで連れていたのかと一同はゾッとした。
とにかく、一時は山岳派空手の使い手モンテ・グラッパのNTR幻魔拳の前に全滅の危機にあったナチュラルズのメンバーであったが、なぜかヴェルニーにはその技が効かず、そしてモンテ・グラッパは幻魔拳をさらに磨くためにハッテンマイヤーに師事することになり、二人はどこぞへと消えてしまったということだ。再戦は二週間後。
チカランの宿に宿泊することになったグローリエンは頭を抱えたが、正直残された他のメンバーも事態を掴みかねていた。
突っ込みどころはいっぱいあるが、まず敵に教育を施して何になるというのだ。しかも教育の内容はホモである。この時点で理解不能。
「あのですね」
ようやくNTRのショックから立ち直りかけてきているルカが口火を切る。
「うちらの目的は黄金の音叉さえ戻ってくればいいんですから、ハッテンマイヤーさんに隙を見て取り戻してもらえばいいのでは?」
「ハッテンマイヤーに盗みをしろというんですか!?」
いや元々彼らの物が盗まれた結果なのだが。しかしシモネッタにとって彼女は家族も同然の間柄であるし、そんな女性に盗みをしてほしくないという気持ちも分かる。その上危険も伴う行為なのだ。
「僕は別に構わないさ。彼との勝負まで黄金の音叉が担保されているというのなら、何も問題はない。二週間後彼を打ち倒せばいいだけなんだから」
「スケロクはどう思う?」
「……ああ、メイリーン。俺の何が気に入らなかったっていうんだ」
どうやらまだ実在しない恋人の影を追っているようである。
「二週間かぁ……足止めですね」
「まあゆっくり休めばいいんじゃない? どうやら衛兵側は公権力じゃなくて冒険者を使って私達を追い詰めたいみたいだし、それならゆっくり宿屋で休めるしね」
相変わらずグローリエンは暢気に構えているようだ。ルカは戦闘中にふと気になったことを彼女に尋ねた。
「ところでグローリエンさんはいったいどこに行ってたんですか? ギルドじゃないですよね」
「まあそれは、いろいろとね。後のお楽しみってことで」
むふふ、といたずらっぽい笑みを浮かべながら素焼きの瓶を大事そうに抱きしめる。彼女はパーティー全体の利益よりも個人的な楽しみを優先するきらいがあるが、もともと冒険者というのはそういうものなのかもしれない。
「とにかく二週間後。ヴェルニーもしっかり英気を養っておいてね。スケロクもそれでいいでしょ?」
「アランドルめ、俺のメイリーンをよくも……絶対に許さん」
非実在恋人を寝取った非実在チャラ男を憎んでいるようである。なんと不毛な。
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「違うッ!!」
ぴしゃりとハッテンマイヤーの教鞭がペンを手に持つモンテ・グラッパを打った。
「いい? 煮つけBLの要点は『ともに罪を犯す』ことにあるのよ。単純に愛する人のために罪を犯したり、相手に罪を犯させることじゃないって、何度言ったらわかるの」
どうやらモンテ・グラッパは小説を書いているようである。なるほど、幻魔拳の世界観、ストーリーラインを彼が作っているのならば、「物語を作る」という点においてこれほど有用な訓練はあるまい。
カラテ着を着てペンを手に取り、机に向かって執筆するさまは何ともいようではあるが。
「うう、しかしですね。よくよく考えたらこれ、別にBLじゃなくて、NL(※1)やGL(※2)でも成り立つんじゃないですか?」
※1 NL:BLに対するノーマルラブ、異性カップリングのこと。
※2 GL:ガールズラブ。いわゆる百合のこと。
またもぴしゃりと教鞭がとぶ。カラテ着で小説を書いているのもそうだし、外見がかなりいかつくて野性的なモンテ・グラッパがハッテンマイヤーに敬語で話しかけて、小説を書いているのはかなり違和感がある。
「黙らっしゃい! 今はとりあえずBLのことだけ考えればいいのよ。今までのノウハウは全て捨てなさい。一度すべてを捨ててから新しく作り直すのよ」
「そんな……今までの物を捨てられるはず……」
「だったら今、試しに私に幻魔拳を打ってみなさい。本当にそれが通用すると思うのなら」
当然ながらハッテンマイヤーは戦闘要員ではない。その彼女に、しかも今は師匠である人間に拳を向けろというのか。しかしモンテ・グラッパは覚悟を決め、こぶしを引き絞った。
「幻魔拳!!」
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「はっ……!?」
ハッテンマイヤーが気付くと、そこはチカランの町の中であった。道の中央には、なぜか全裸のスケロクが立っている。
「す、スケロクさん……」
「わりぃな、ハッテンマイヤー。お前の気持ちには答えられねぇんだ」
どういう設定なのかよく分からない。ハッテンマイヤーはスケロクのことが好きだったのだろうか。
「スケロク、待たせたね」
そしてこれまたなぜか全裸のヴェルニーが現れ、スケロクを抱き寄せた。
「愛してるぜ、ヴェルニー」
「僕もだ、スケロク」
二人は人目もはばからず口づけを交わす。
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「おふぉう♡」
「せ、先生!? 鼻血が!!」
幻覚から戻ってきたハッテンマイヤーは鼻血を噴き出しながらその場にしゃがみこんだ。モンテ・グラッパが彼女を気遣うが、もう放っとけそんな女。
「先生、どうでしたか?」
「デュフフ、ごちそうさまでした♡」
「ごち、え?」
「なんでもないわ。全然だめよ。まだまだホモについての理解が足りないようね」
ふう、と一息ついてハンカチで血を拭き取りながら彼女は立ち上がる。
とはいえどうしたものか。BL小説はここまでにも大分グラッパに読み込ませてはみたものの、やはりいまいち浸透していないように感じられる。
自分の場合はどうであったか、と考えるがすぐにその考えを振り払った。もはや数十年前にさかのぼることになるが、彼女の場合はそれこそ息をするようにBLを摂取してきており、それが自然なことであったために、かえってそれを他人に適用することが出来ないのだ。
「やはり、ホモを知るためには現場に身を置くのが一番、だろうか……幸いにもグラッパは男性。ならば私にはできない方法での学習ができるはず」
何か思いついたハッテンマイヤーはすぐに紙を取り出して何やら住所を書き出した。
「グラッパ、あなた、今夜ここに書いてある場所に行きなさい」
「先生、これは……?」
彼女はニヤリと笑みを見せる。
「この町のハッテン場よ。ちゃんと直腸洗浄してから行くのよ」




