君には失望したよ
「んなああああぁぁぁ誰が吟遊詩人なんかにメレニーをやるかああぁぁぁぁ!!」
突如の大声に全員がビクリと体を震わせて驚く。甚だしくは技をかけた当のモンテ・グラッパまでもがその咆哮にたいそう驚いていた。
しかしスケロクの時と違って彼の場合メレニーは現実に彼の腕の中に抱かれているのだ。というか今のルカの大声に驚いて泣き出しているが。しかし彼の精神的ダメージと怒りは収まらないようである。
「あのクソチャラ男め、吟遊詩人を舐めんな! ていうか吟遊詩人なんぞに大切な娘をやれるか!!」
何やら随分と二律背反な怒りと悲しみを抱えてしまったようである。これでスケロク、シモネッタ、ルカの三人が戦闘不能に陥ったのだ。ナチュラルズ始まって以来の危機である。
「さて、最後はてめえだヴェルニー! くらえッNTR幻魔拳!!」
「来いッ!!」
受けてどうするのか。躱せ。
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「ヴェルニーさん、これで、お別れです」
寒々しい風の吹くダンジョンからの出口。防寒着を着込んだルカは、未だ全裸でダンジョンの中にいるヴェルニーに背を向けた。
「行ってしまうのか……もう、一緒にダンジョンには……」
「行くわけないでしょう」
ルカは冷たい目でヴェルニーを一瞥した。その腕には、メレニーが抱かれている。
「そもそも、全裸でダンジョンを冒険するなんて変態行為、どう考えてもおかしいですよ。これで、お別れです」
思いを寄せる異性……同性との別離である。ふと気が付くと、ルカの隣にはシモネッタが立っていて、親し気に彼の肩を抱く。
「全裸でなくたって、僕がヴェルニーさんみたいなホモと付き合うことなんて絶対ありませんよ。僕はストレートなんですから。行こうか、シモネッタ」
「ええ、行きましょう。巨人族の性欲、たっぷり味わわせてあげますわ」
「ルカ君……」
ヴェルニーの方に振り替えることもなく、ルカとシモネッタは町の方へと帰っていった。
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沈黙の時が流れヴェルニーはその眼を開く。
これまでの三人とはいささか反応が違うようにも見て取れるのだが、幻魔は成功したのだろうか。モンテ・グラッパは余裕の笑みを見せていた。次の瞬間、ヴェルニーが口を開くまでは。
「えっと……これで終わり?」
「!?」
激しく狼狽するモンテ・グラッパ。こんなことは彼が幻魔拳を習得して以降初めてのことである。どれだけ人とのかかわりを持たない人間でも、心の奥底では人とのつながりを求めており、たとえ非実在恋人であろうともNTR幻魔拳が効かないなどという経験は皆無であった。
発動しさえすれば必ず相手の精神をどん底の状態にまで陥れる最強の一撃必殺脳破壊空手。それが幻魔拳のはずなのだ。では技がかからなかったのだろうか? しかしそういう雰囲気でもない。ヴェルニーの身に何が起こったのか。
「なぜ……技は発動したはず……ッ!!」
「いやなぜも何も。なんというか、ひねりがないというか」
そう。ひねりがないのだ。いうなれば自分の技に溺れての驕り高ぶっていたところがあったのかもしれない。ネトラレとはただ「寝取られればいい」というものではないのだ。
実際、ヴェルニーは幻覚の中でルカをシモネッタに寝取られていたものの、正直言ってこの展開は「予定調和」である。
ルカはもともと「全裸」に対しては懐疑的であったし、ヴェルニーの好意にも難色を示していた異性愛者である。このまま自然な流れになれば冒険の中で親しくなる相手はシモネッタ姫。誰にでも簡単に予測できる既定路線であるし、もちろんヴェルニーもそう思っている。
「予定調和」に、衝撃など受けようはずも無し。
なんなら爽やかな気持ちで彼の旅立ちを見守るくらいの余裕すらある。
「いやはっきり言うとさ、いったいどんな幻覚を見せてくれるんだろう、ってワクワクしてたところもあったんだけどね」
技を受けにいったのはそういうところもあったのだろう。もしも彼が予定調和を崩す道を指し示してくれるのならば、たとえそれがネトラレであろうとも。
同性愛者という社会のつまはじき者にもされかねない属性を持つ彼にとって、その「変化」をすら待ち望むほどの社会への不満と諦めが、すでに心の中に帳を下ろしていたのだ。
「君には失望したよ、モンテ・グラッパ」
「ま、待て待てッ! もう一度チャンスを! 幻魔拳!!」
「来いッ!!」
だから受けるな。
――――――――――――――――
「ヴェルニーさん、これで、お別れです」
寒々しい風の吹くダンジョンからの出口。防寒着を着込んだルカは、未だ全裸でダンジョンの中にいるヴェルニーに背を向けた。
同じパターンである。もうこの時点でヴェルニーは小さくため息をついたものの、「とりあえずは最後まで見てやるか」程度の気持ちで役に入り込む。
「待って、行かないでくれ、ルカ君。一緒に冒険を続けよう」
しかしルカはヴェルニーの引き留めの言葉を鼻で笑って背を向けた。その隣には細身の男が立っている。
「行くぜ、ルカ」
ルカの肩を、スケロクが抱き、二人は町の方へと……
「そういうパターンね」
安直であった。
「あのさあグラッパ。真面目にやってる?」
「のわぁッ!?」
何もなかった空間に突如ヴェルニーが話しかけ、そしてその場にモンテ・グラッパが姿を現した。幻術を破られた、というか幻覚世界の中に強制的に術者が引きずり込まれてしまったのだ。しかも何事もなかったかのように普通に話しかけてくる。
「寝取り役が変わっただけで何も変わってないよね? もっと僕の心をギュンギュンさせてほしいんだけど、君には無理なのかなぁ」
「くぅッ、ふざけるな! よりにもよって男に、それも仲間の男に寝取られたんだぞ! これ以上の悲劇があるのか!? 強がってるだけだろう!!」
と、反論するものの。「強がる」程度で無効化できるようならばNTR幻魔拳は失敗なのである。スケロクの時を思い出してほしい。
彼の中には寝取られる人も寝取る人も存在しないのに、あれほどのダメージを与えたのだ。たとえ嘘と分かっていても再起不能のダメージを与える。それがNTR幻魔拳のはずなのである。
このネトラレ勝負、モンテ・グラッパの敗北なのだ。それが分かっているからこそ、彼もそれ以上の反論ができなかった。
そんな時であった。二人の背後で、女性の声がした。
「まったく……なってないわね」




