レオ君
「う……ここは、いったい?」
静かな屋内でロッキングチェアに揺られながらルカは目を覚ました。穏やかな午後の時間が訪れる家の中。先ほどのシモネッタと全く同じ状況なので、なんだかシチュエーションコメディみたいになっているがそこは目をつぶってほしい。
「あら、目が覚めましたか? ルカ」
声をかけられてビクリとルカは振り返る。シモネッタだ。目じりに現れ始めたしわが、時の流れを感じさせる。
「そうだ、僕は……NTR幻魔拳を受けて……」
何が状況を変化させるのかは全く謎ではあるが、しかしルカは先ほどのシモネッタと違い、どうやら自分が幻魔拳を受けたという記憶があるようだ。
しかし、たとえそれが現実のものではないと分かっていても避けようのない恐怖は襲ってくる。それがNTR幻魔拳なのだ。ルカにそれが回避できるのか。
(登場人物は……シモネッタさんか。しかし、どうなんだ? 失礼だけどシモネッタさんが誰かに寝取られたとして、僕にそこまでダメージあるのか?)
どうやらルカとシモネッタが夫婦という設定の様であるが、押しかけ女房の彼女が寝取られたとして……そりゃまあショックではあるものの、泣き崩れるほどではない。
「それにしても緊張しますね。ルカ。あの子が彼氏を連れてくるだなんて」
「え……あの子って、もしかして、メレニー?」
メレニーか。なるほどそう来たか。ルカは生唾を飲み込む。
そう。ネトラレの対象となるのは何も恋人とは限らないのだ。このお話を読んでいる博識な読者の方々は当然ながらF△NZAやD□siteなどの事情にも明るいはずなので説明は不要かもしれないが、ネトラレ物は実際に付き合ってもいない幼馴染だとか、母親のような家族が寝取られるものも決して珍しくはないのである。
(メレニーが、男を連れてくるのか……)
複雑な心境ではある。
本当の娘ではないものの、ほぼ実際の親子のように接して、育てている赤ん坊が、成長して男を家に連れてくる。成長がうれしい反面、少し寂しくもある。
手塩にかけて育ててきた記憶が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。おしめを変えたり、ミルクを与えたり、寝かしつけたり……それから、ミルクを飲ませたり、うんちを拭き取ったりだとか……まあそんな記憶しかないのだが。実際まだ一ヶ月くらいしか育ててないのだから。
「ただいま、パパ」
噂をすれば。メレニーが帰ってきたようだ。
「その……へへ、なんか照れちゃうな。彼氏、連れてきたよ」
来た。
覚悟はできている。子供はいずれ巣立っていくものだ。複雑な心境ではあるが、しかし決して涙は見せまい。暖かく二人を見守ってやろう。愛する一人娘を奪われる、そんな気持ちも全く無いと言えば嘘になるかもしれないが、相手だって一人の男なのだ。認めてやる。そんな覚悟が、ルカにはすでにできていたのだ。
「ちょり~ッス」
「えっ!?」
ギャル男である。
「あの~、自分、メレニーさんとぉ、本気ラブってるぅ、レオっていうもんッス!」
くすんだ茶色の中途半端な長髪に胸元の大きく開いたシャツ。そこから覗くのは貧弱ながらも浅黒く日焼けした肌。話す時にペコペコと頭を下げるものの、顎をしゃくりあげるようなお辞儀は仔犬を思わせる風情である。
どんな人間を連れてきても、何ならちょっとくらい人外でも、娘が連れてきた男なのだ、笑って迎えてやろう、とは思っていたものの、なぜギャル男。
こんな奴に大切な一人娘が……ふつふつと湧いてくる怒りを抑え、ルカは平静を装う。
「なんかぁ、聞いてはいたッスけどぉ、なんつーかアレっすよねぇ。だいぶしょっぺぇ感じの家ッスよねぇ。あっ、いい意味で。もちろんいい意味でッスよ?」
イラッ
「とっ、ところでレオ君は、その、仕事は何をなされているんですか?」
なんとか怒りを抑えながらルカは質問をする。見かけはアレだが、外見で判断するのは良くない。そう考えたのだ。
「あっ、自分、今は充電期間っていうかぁ、仕事はしてないんスよねぇ」
ガタリッと大きく音を立てて椅子から立ち上がろうとするルカを、背後にいたシモネッタが押さえる。
「聞いてパパ! レオ君はね! 大きな夢があるのよ!!」
そして間髪入れずにメレニーが彼氏をフォローする。
「そうなんスよぉ! やっぱ男にはデカい夢がないとッスよねえ! 小さいのはメレニーの胸だけで十分っていうかぁ」
「んぎいぃぃぃぃ……」
全力で立ち上がろうとするルカをシモネッタが両手で押さえつける。
「まあ小さい分感度はいいんスけどねぇ」
「んんぬぐううぅぅぅ」
ルカの食いしばった歯茎から血が漏れ出る。だがそれでもシモネッタが彼を押さえつける力を弱めることはない。今手を放せばバネのようにレオ君の方にすっ飛んで一撃を加えることだろう。
「そ、それで……夢、とは」
本人は務めて冷静にふるまっているつもりであるが、声は震え、額に青筋を立てて、怒りを今にも爆発させようとしていることは想像に難くない。
「やっぱぁ、男として生まれたからにはぁ、つまんねぇ宮仕えだとかぁ、誰かの下で働くのってほんとクソって思うんスよねぇ? クソっス。クソ」
いろいろと言いたいことはある。
まずこちらが聞いているんだから結論から言え。貴様の下らない前置きなどに興味はない。しかもその前置きで他人を否定するようなことを言うな。誰かの下について、地道に努力することの何がいけないというのか。誰かのために働くことに、ものの貴賤などあろうか。いやありはしない。
いろいろな感情と言葉が頭の中を荒れ狂って感情が爆発しそうになるが、それでもルカは耐え続けた。お父さんは強いのだ。
怒りのあまり涙まで浮かべながらレオ君を見ていると、彼はゴソゴソと荷物の中から何かを取り出した。
ルカ自身よく見覚えのある道具。
それは、リュートであった。
「自分、吟遊詩人で食っていこうと思ってんスよねぇ」
「あああぁぁぁあぁぁぁああフザケンナァァァァァァァァァッ!!」
ここからしばらく変な展開が続きます




