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幻魔拳

 三対一という不利な状況にもかかわらず山岳派カラテのモンテ・グラッパは余裕の笑みを浮かべている。


 ただの三対一ではない、そのうち一人はSランク冒険者のヴェルニー、Aランクのスケロク、そして無名だが身の丈二メートルを越える巨人族のシモネッタに囲まれているというのに、だ。


「一応もう一度言っておくが、僕達に勝ったところでその『神々の飲料ソーマ』なんてものは手に入らないぞ。そんなものは僕達は知らないからな」


「結構結構。とりあえずお前らをぶちのめしてからその辺はゆっくり判断するぜ。だがよう」


 何か言いかけたモンテ・グラッパ。しかしこれは試合などではないのだ。言葉を区切る間すら与えずにシモネッタがその大盾を構えて突進した。彼女も大分冒険者が板についてきたという所だろう。


 しかし衝撃を受けるはずの瞬間になってもインパクトを受けず、肩透かしを受けたような形になって彼女はよろめいた。


 大盾の正面にいるはずのモンテ・グラッパはいつの間にかシモネッタの背後に回り込んでおり、さらにカウンターで彼女の膝裏にローキックを打ち込んだのだ。シモネッタは小さな悲鳴を上げてその場に膝をつく。


 そして本来なら拳の届かない筈の彼女の頭部はちょうど肩ぐらいの高さに下がってきた。


「まずは一匹!!」


 そして手技において最強の威力を誇る鈎突き(フック)がシモネッタの頭部を狙う。


「!!」


 しかしインパクトの直前、スケロクの寸鉄がモンテ・グラッパの目を狙った。仰け反って躱すグラッパ。バランスを崩したところにヴェルニーの両手剣が横薙ぎに襲い掛かる。たとえ鎖を着込んでいても人の身体など容易に両断する力を秘めた一閃。


 しかしその刃が肉に食い込むことはなかった。彼の左肘と左ひざがワニの顎の如く剣に食いついてハサミ殺しにしたのだ。


「クッ……」


 押しても引いても全く動く気配がない。だがその隙にスケロクが小太刀を抜いて切りかかる。いや、切りかかろうとしたのだが剣の柄頭を押さえられて抜くことが出来なかったのだ。


 さらにその防御行動と同時にスケロクの鼻っ柱に頭突きを入れる。彼の身体は鮮血をまき散らしながら二メートル以上も吹っ飛んだ。


「えい!!」


 その間に何とか体勢を整えたシモネッタが右ストレートを叩き込む。カラテカ相手に取り回しの悪い大盾を捨てて白兵戦に持ち込むのは良い判断であったが、しかしそれは同時に相手の土俵に乗る事にもなる。


 案の定シモネッタの拳はグラッパの顔のほんの数ミリ横をかすめ、同時に彼女のわき腹にはグラッパの拳がめり込むこととなった。鎧の上から右脇腹を打たれたシモネッタはたたらを踏みながら数歩下がり、その場にうずくまることとなる。


 遠目に見れば踏み込みもない手打ちの突きでしかなかった攻撃が、鎧の上から当てて巨人を行動不能に陥らせるほどの力を秘めていたのである。


 だがそのおかげでヴェルニーの剣がフリーになった。


 おそらくテイクバックをすれば逃げられてしまうだろう。そう判断したヴェルニーは呼吸を臓腑に溜め、一気に吐き出しながら一度は止められた剣を一気に振り抜いた。


 フランベルジュ型の波打った刃はそれでも十分に相手に致命傷を与えるはずであったが、彼の剣は道着をほつれさせただけで、すぐに後ろに跳びのかれて距離を取られてしまった。


「おっとぉ、今のはちょっと危なかったな。刃が反ってなきゃあ少しはダメージがあったのかもしれねえのに、あんたついてねえな」


 モンテ・グラッパのわき腹は少し血が滲んだ程度。もともとフランベルジュ(炎型)の刃は相手を一撃で殺すよりは、形の悪い傷をつけて治りを遅くするのが目的。それでも一刀両断を旨とする彼が使い続けているのは単なる趣味に過ぎない。有り体に言えば彼のファイトスタイルに合っていないのだ。


 さらに刃が反っていることにまで気づかれた。ヴェルニーも知っていたことだが、第七階層で落ちてくる天井を支える時つっかえ棒にしたために刀身が反ってしまったのである。


「なんて強さだ……」


 今のやり取りに全く頭を突っ込む余裕すらなかったルカが呟く。


 ダンジョン内でユルゲンツラウト子爵と戦った時よりも激しい連撃だったはず。それが余裕で躱されてしまったのである。


 筋力、技術力ともに高いレベルでまとまっている。だがそれ以上に立ち回りが圧倒的に上手い印象であった。一対多の戦いでは何よりも立ち回りのうまさが物を言う。


「ゲンネストのヴェルニーともあろうものがだらしねえなあ。ゲンネストの他のメンバーはどうしたんだ? そもそもこれ、どういう集まりなんだ?」


 全裸同好会である。


「大丈夫ですか、シモネッタさん」


 ルカが心配して声をかけるが、呼吸が荒く、額には脂汗を滲ませている。戦線復帰は厳しそうである。一方頭突きを受けて吹っ飛んだスケロクは出血こそしているものの、戦いに支障はないように見える。


 こういった強敵相手であれば戦い方のセオリーとしては前衛が動きを止めている間にグローリエンが呪文を唱えて、魔法で一撃を入れる事であろうが、何の用事かは分からないがそのグローリエンもいないのだ。


 一方のモンテ・グラッパは戦闘能力だけで言えば間違いなく一流の使い手。ヴェルニーとスケロク、それにシモネッタの猛攻を受けて無傷でいられる人間がまさかいようとは、誰も考えていなかった。しかも無手で。


「そろそろこっちから仕掛けるとするか」


 恐ろしく速い踏み込みでヴェルニーの方へ間合いを詰めるモンテ・グラッパ。得物が短く、搦手を得意とするスケロクよりもそちらの方が相性がいいとの考えであろうし、実際その通りである。


 両手剣を構えていたヴェルニーはバックステップしながら剣を上段から振り下ろすがグラッパはこれをパリィで躱し一撃を入れようとする。しかし剣を回転させて柄頭での反撃をヴェルニーは試みたがこれも同じようにパリィされてしまう。


「お前の攻撃、軌道が読みやすいンだよ!」


 柄を払い避けるのと同時に跳んでくるカウンター攻撃は肘での一撃だった。体重をかけた肘の一撃は人中に受ければ一撃で絶命する可能性もあるが、ヴェルニーはこれを逆に間合いを詰めて胸で受ける。


 一瞬でも動きを止めれば仲間が何とかしてくれる。そして当然ながらその隙を見逃すスケロクではなかった。


 まるで一陣の風のように小太刀の刃が舞い、正確にグラッパの頸動脈を狙う。だがそれも読まれていたのか。あろうことかグラッパは先ほど払ったヴェルニーの両手剣の柄を利用して小太刀を受けた。


そして、小太刀の刃が両手剣の柄に当たる時には既にスケロクもそれから手を放しており、一本拳にて喉を狙う。


 一秒以下の時の流れの中で、二手も三手も攻撃と防御の手が飛び交う超高速戦闘。その中で勝負を決めたのは山岳派カラテ、モンテ・グラッパの拳であった。


 しかし何か妙だ。


 グラッパの拳はスケロクのほんの数センチ前の状態で制止していた。要は「寸止め」の状態だったのだ。


「な……何が?」


 しかしスケロクはグラッパの拳を前に微動だにしない。まるで時が止まったかのようにだ。何が起きたのかが分からず、グラッパを警戒しながらもヴェルニーが事態を測りかねていた。


「う……」


 グラッパが拳を下げる。ようやくスケロクが何か反応を見せたが、しかし目の焦点が合っていない。彼の身にいったい何が起きたのか。



「うあああああああぁぁぁぁぁ!!」


 突如として大きな叫び声をあげて、頭を抱え、涙を流しながらその場にうずくまってしまった。尋常な事態ではないことは見て取れるのだが、しかしいったい何が起きたのかが全く分からない。


「見たか、奥義NTR(ネトラレ)幻魔拳」

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