モンテ・グラッパ
「山岳派のモンテ・グラッパ……、確か、Sランクパーティーの」
「よく知ってるじゃねえか。さすがは諜報組織黒鴉の実力者だな。いかにも。冒険者パーティー『ゲー・ガム・グー』のモンテ・グラッパだ。まっ、今日はオフだがな」
ギルドの建物から引き揚げようとしていたスケロクの前に立ちはだかったカラテ着の男、モンテ・グラッパは笑いながら答えた。
西部のマリャム王国と呼ばれる国の、Sランクパーティーに名を連ねる『ゲー・ガム・グー』の構成員である戦士のモンテ・グラッパ。「山岳派」と呼ばれるのは流派ではなく山籠もりの鍛錬によって超常的な力を得た一団の事で、その名に「山」を意味する「モンテ」を冠する。
「私もオフなんで。じゃ、これで……」
ヴェルニーはSランクパーティーだがスケロクの所属する黒鴉はAランクである。「格」で強さが決まるわけではないが、強敵であることは間違いない。
その強敵が急に「立ち会え」などと言ってきたのだ。これは無視するに限る。付き合ってられるか。
「逃げるのか?」
挑発をしてくるモンテ・グラッパであるが、戦士であればともかく、ニンジャのスケロクはその程度の事で心動かされたりはしない。そもそも黒鴉リーダーのエーベルーシュからも「面倒事からは逃げろ」と常々言われているのだ。そして、スケロクが本気で逃げれば彼を止めるのはあのヴェルニーですら不可能である。
「じゃ、こいつはいらねぇのかな?」
「!!」
当然それは向こうも分かっていたのだろう。モンテ・グラッパは無理に引き留めたり攻撃を仕掛けるのではなく、腕を胴着の合わせの中に入れ、ちらりとそれを見せたのだ。
きらりと光る金色の金属。二股に分かれた棒、黄金の音叉を。
「そ、それを、どこで手に入れた」
「さあ? どこだったかなぁ? 何処かのダンジョンで手に入れたような気がしないでもないなあ」
にやにやと嫌らしい笑みを浮かべながらとぼけ、道着の奥に音叉をしまう。
衛兵のうちの誰が音叉を盗んだのかは分からない。だが結果的に最悪な相手に渡ってしまったのだけは確かなようだ。
「とりあえず、話を聞く。ついてきてくれ」
スケロクはため息をついた。黄金の音叉が思ったよりも早く見つかったのは良かったのだが、持っている相手が最悪だった。返してくれと言って素直に返してくれるような相手には見えない。当然彼は、少しでも交渉を有利に進めるべく、仲間のいる場所に案内する。
「ヴェ、ヴェルニー、グローリエンは?」
「少し用事があると別の場所に行った」
おそらくヴェルニー達は少し離れたところからスケロクが絡まれているところを見ていたのだろう。モンテ・グラッパが口を開く前からすでに緊張感のある雰囲気を漂わせていた。
「おっ、お仲間も一緒だったか。ゲンネストのヴェルニーに……あとの奴は知らねえな」
モンテ・グラッパの方は、他に仲間のいそうな雰囲気はない。メレニーとルカ、それにハッテンマイヤーを数に入れずとも三対一の状況。とても余裕を見せられる状況にはないと思えるのだが。
「で? どうする? こいつを返して欲しいってんなら力づくでやるしか方法はないぜ」
「何が望みだ?」
ヴェルニーの問いかけにモンテ・グラッパはふん、と鼻を鳴らして笑った。
「ゲンネストのヴェルニーがどの程度の力なのか知りたい……とかいうと格好いいんだろうが、俺はあいにくと俗物でね。お前ら、ギルドの依頼書は見てねえのか?」
なんのことか、と首を傾げる。ヴェルニーはスケロクの方に視線を送ったものの、彼もギルドの中で依頼書など確認していなかった。
「なんだ、知らねえのか。まあ、今日貼り出されたばっかりだし、俺は依頼者から直接言われてるからな。神々の飲料ソーマ、お前らが持ってるんだろう?」
またその話か、とヴェルニーはため息をついた。
この五日間、ひたすらに「神々の飲料、ソーマはどこにある」と聞かれ続けているが、誰にどう聞かれても知らないものは知らない。
「他の冒険者から所持品を奪うような依頼が出せるはずない」
「もちろん、公式に出てる依頼書には神々の飲料ソーマを探してくれ、ってだけだ。付帯情報としてゲンネストのヴェルニーが何か知ってるらしい、とはあるがな」
「はっきりと言わせてもらうが、君達がずっと言っているソーマなんてものは僕達は持っていないし、知らない。何の事を言っているのか、心当たりすらないんだ。いい加減にしてくれないか」
「依頼書は」
どうやらモンテ・グラッパはヴェルニーとまともに会話などする気は無いようである。
「言い訳だ。これは、俺個人への依頼だ。依頼者は普通の依頼を出したに過ぎない。だがちょっと素行に問題のある奴が無茶なことをした。そういう言い訳なんだよ」
「ゲー・ガム・グーの看板に泥を塗ることになるぞ」
「おいおい笑わせるなよ。冒険者の看板なんざ泥で汚れてるもんさ」
言い終わらぬうちに動きがあった。まるで稲妻のような速さでヴェルニーが一瞬しゃがみ、それと同時にベルトで背に担いだ両手剣の柄に手をかける。しかし顔が触れ合うほどの至近距離。当然ながら切りつけては間に合わない。
奇襲攻撃は姿勢を低くすると同時に行われた茎打ち(柄頭による打撃)である。
だがモンテ・グラッパはそれを紙一重で躱すと同時に鎖骨の内側に指をめり込ませていた。激痛が走り、一瞬体が硬直する。しかしその隙を縫って突風のようなスケロクの小太刀が舞う。
「おっと」
横薙ぎの一閃。それもモンテ・グラッパにとっては織り込み済みなのか、危なげなくバックステップで下がって距離をとった。
「ようやく話が呑み込めたみてえだな。お前らをボコってソーマを手に入れる。ついでにどっちが強いかも世間様にはっきりと示して一石二鳥ってとこだな」
そこまで言い終えて、ようやくモンテ・グラッパは構えをとる。だが、孕んでいる空気はこれまでと変わらない。ここまでもこの男纏っていた空気は、構えこそとっていないものの、最初から立ち合いのさなかのそれであった。
そのカラテ家を、ヴェルニー、スケロク、シモネッタの三人が囲む。
「泥で汚れるほどの看板が無いというんなら、まさか三対一如きで文句は言うまいね」
「もちろん。俺は最初から全員一度に相手をする気だったぜ」




