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衛兵

「さてと」


 時はまだ宵の口といったところ。


 関節をごきりごきりとはめて、スケロクはにやりと笑いながら立ち上がる。脱獄の時間だ。


「さっきのスプーンを貸しな、ヴェルニー」


 ヴェルニーから二本の柄を潰したスプーンを受け取ると早速スケロクは牢にかけてある錠前の前に跪く。


「思った通り、大した錠前じゃねえな」


 鼻で笑うとすぐに作業に取り掛かる。かかったのはほんの五分ほどであった。すぐにガチャリと音がして鉄格子の扉は力なく開いた。


「手枷もお願いできるかい?」


「まかせな」


 手枷に掛けられているカギはもっと簡単な構造だったようで、数回つついただけでやはりこれも簡単に開いてしまった。戦闘要員でもあるスケロクは盗賊(シーフ)の仕事をさせても一流である。


「スケロク、脱出するなら服を着ておいた方がいいぞ」


「おう」


 脱獄のために服を脱いでいたスケロクにヴェルニーは彼の服を手渡す。誰かの着古しなのだろう。くたびれた布地ではあるものの、しかしそれでも全裸よりは目立つまい。


「あ、じゃあ、次はグローリエンの牢、開けます……」


 服を着ると途端に気弱な受け答えになってしまうが、しかしそれでも当然ながら彼の実力に揺らぐところはない。あと十数分でグローリエン達の牢と、手枷の錠前もこよりのようにほどかれてしまうことだろう。


「ルカ様、手をお出しください」


 一方シモネッタはルカの手枷に指をひっかけると生卵の殻を割るかのようにいとも簡単にそれを破壊した。口には出さないものの、『化け物』という単語がルカの脳内にちらつく。


「ルカ君、浮気したりしたらそんな感じで頭蓋骨割られちゃいそうだねえ」


 目ざとくルカの表情に気づいたグローリエンがにやにやと笑いながら呟く。本当にこの女は他人の恋愛に口を突っ込むのが好きなようだ。


「浮気も何も……まだ付き合ってもいませんから!」


 それはそうなのだが、このままでは二人の仲を既成事実化されそうであるし、その空気をルカはひしひしと感じている。


「ふう……」


 久しぶりに手枷を外したルカはぷらぷらと両手を振ってから、メレニーを抱き上げた。


 冷静に考えてみれば、ダンジョンの中でナチュラルズのメンバーと出会ってから、本当に数奇な運命というものを辿ってきたと思った。


 なにより、自分はこの子(メレニー)を守らなければ。


 好意をよせてくれるシモネッタのことを悪しきには思ってはいないが、彼の今の一番の大事は、この無力な幼馴染み。それと同時に竜のダンジョンの攻略だって途中で船を降りるつもりはない。


 人生は一度しかないのだ。やりたいことは全部やりたい。やらなければいけないことも、やりたいことも、ひとしく大切なのだ。


 そんな中で、シモネッタの気持ちにはどう答えたらいいものか。自分の人生に、それもメレニーの子育てなんていう極めて私的な内容と、ダンジョンの攻略という自分の趣味に、大きく彼女を巻き込んでしまって、これをどうやって返せばいいのだろうか。


「ルカ様」


「あっ、ハイ。なに?」


 スケロクがグローリエン達の手枷を外すのを待つ間、そんなことを取り留めもなく考えていると、不意にシモネッタに声をかけられた。


「私は、ルカ様に見返りを求めてよくしているのではありませんよ。ルカ様が私たちを助けてくれたのだって、そうでしょう?」


 まるで心を読んだかのようなシモネッタの言葉に、ルカはぎょっとした。


「私は、助けてもらった恩で動いてるわけじゃないですよ。未知を渇望する冒険者のルカ様に、ついていきたいと思ったんです。だから、あなたのためなら、道を切り開きます」


 シモネッタは立ち上がって鉄格子の前に立つ。大きく足を開いて立っても、天井に頭がつきそうである。


「こんなふうに」


 そうして大きく息を吸い込んで両手を引くと、思いきりそれを前に突き出した。鉄格子を掴み、へし曲げながら前に進む。ガシャンと音を立てて、牢の鉄格子全体が石壁から引っこ抜けた。


「ちょ、ちょっと……大きな、音は……」


 まだハッテンマイヤーの手枷の開錠をしていたスケロクが小さな声でそれを咎めるものの、おそらくは時すでに遅し。


「なんだ! 何の音だ」


 二人ほどの衛兵が慌てて階段を降りてきたが、下で何が起きているのかを確認する間もなく、一瞬でヴェルニーが沈めた。


 たとえ武器を持っていなかったとしてもヴェルニーの強さは一切揺らぐことなどない。鞭のように腕をしならせて拳がアゴ先をかすめると、まるで催眠術にでもかかったかのように力なく崩れ落ちたのだ。


「て、手枷を外した。早いところ、逃げよう」


 どうやらそれと同時にスケロクの方も「仕事」が終わったようである。久しぶりに完全に自由となった体の動きを把握するように、グローリエンは伸びをしたり手足をくるくる回したりしている。


「いい休暇になったわ。さっさとベネルトンへの旅路を再開するとしますか!」


「そうはいかねえぜ」


 聞き覚えのある声。階段の上からだ。ヴェルニーが声の主に鋭い目線を投げかける。上階の薄暗い逆光の中に仁王立ちしているのは長槍を構えた衛兵長であった。


「好き放題やってくれるじゃねえか。ゲンネストの、ヴェルニー殿だったか? チカランの衛兵相手にそんな無法を働いて、ただで帰れるとでも思ってんのか?」


「ふざけるな! そもそも何の罪でろくな事情聴取もせずに五日間も牢に閉じ込めていたって言うんだ!」


 相当フラストレーションが溜まっていたのだろう。ルカの怒りが爆発した。だが衛兵長は当然そんなことでは動じない。


「黙れ。この町の衛兵に手を上げた事実は動かねえぜ。この罪だけで一生牢屋から出られねえようにしてやる!」


 そう言って衛兵長は槍を水平に、いや、階段の上にいるので少し下げて構える。スケロクとヴェルニーは動じないが、ルカは「少し厄介だ」と感じた。階段はどう考えても人がすれ違えるほどの幅のない細いものである。


 そんな細い階段で槍を水平に構える男。


 竜のダンジョンの第八階層でヨモツイクサを迎え撃った時と逆の構図となったのだ。その上ヴェルニー達は無手。


 ひゅんひゅん、と数度槍を素振りする。やはりこれだけの大きな町の防衛を任されているというだけの実力はあることが見て取れる。位置エネルギーをもってして高所からの攻撃は十分に破壊力も見込める。強敵だ。間違いなく。


「行こうか? ヴェルニー」


「いや、殺すと面倒なことになる。グローリエンは下がっていてくれ。


(わたくし)に任せてください」


 ヴェルニーはこの状況を打破する絵図が浮かんでいるのか。しかし彼が戦闘態勢に入る前に一歩前に出たのはシモネッタ王女であった。

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