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舐めるな

「ニンジャを舐めるなよ。こんな鉄格子なんぞ、俺にとっちゃあのれんをくぐるようなもんだぜ」


 全裸になったスケロク。その傲岸不遜な態度すらも頼もしい。


「とはいうものの、スケロクさんだけ脱出してどうするつもりなんですか? 僕達はそんなびっくり人間みたいなことできませんよ」


 ルカの言うことも尤もである。全身の関節を外して手枷を外し、牢の隙間から滑り出るなどということが出来るはずないし、仮にできたとしても巨人族のシモネッタには難しいだろう。


 ルカはあたりを見回してみるが、都合よく牢のカギが置きっぱなしにされているなどということはない。アルディ達もそこまで間抜けではない。


「スプーンを貸しな」


 言われるがままにルカはスケロクにスプーンを渡す。現代社会においては鉛が含有されているためにあまり使われないが、ここで使われているカトラリーは真鍮製であった。


 その真鍮のスプーンの柄の先をスケロクはがちりと口に含み、しばらくごりっ、ごりっと噛み締める。


 そんなことを数分続けていると元々細かったカトラリーの柄が針のように細くなってしまった。


「こいつでカギを開ける。もう一本いるな」


「まあ! スケロクさんさすがですわ。私も……」


 感極まったシモネッタが手枷に親指をかけてぐっと力を籠めるとめきめきと音がして手枷のヒンジの部分が曲がって壊れ、あっという間に自由の身となった。


「このスプーンを使うんですね」


 そう言って自分のスプーンの柄を人差し指と親指で思いっきり掴むと、丸かった柄が粘土の如くぺしゃりと潰れる。それを何度か繰り返していくうちに、スケロクのスプーンと同じように細く、鋭くなった。


「どうぞ、スケロクさん」


「いや……うん、ありがとう」


 なんだか張り切って技を披露したスケロクが阿呆の様である。規格外の力の前には練達の技術も無と帰すのか。


「まあ、もう少し人がいなくなってから全員脱獄するとするか。いったん戻るわ」


 またごきごきと関節を外して牢の中に戻る。まだ時は昼を少し過ぎたあたり。脱獄をするには少し早い。


 元の様に服を着ると、あとはスケロクは何もしゃべらず、ずっと壁に耳を当て、眠ったようにじっとしていた。「もしかして落ち込んでいるんだろうか」とも思われたが服を着た状態のスケロクは何時間もしゃべらないことも珍しくない。今はおそらく上階の情報収集にいそしんでいるのだろう。ルカ達は彼をそっとしておくことにした。


 しばらくそんな状態で静かにしていると、衛兵長の男が地下牢に降りてきた。


「おい、クソ変態ども。いままでさんざ調子に乗ってくれたみたいだが、俺が来たからにはそうはいかねえからな。霊薬ソーマの在処、必ず吐いてもらうぞ」


「だからそのソーマってのはいったい何なんだい?」


 呆れ顔でヴェルニーが問いかける。


「とぼけるな! あの水筒に入っていた滋養強壮の霊薬だ! あれを一体どこで手に入れた!」


 腕組みをし、しばし考える。


 いや、やはりそんなものはない。


 手に入れたのは黄金の音叉だけだ。


 そもそも。何か入れていたとしてももう最低でも五日以上も前のことだ。水筒に、何か貴重な物でも入れていたであろうか。いくら考えてもそんなものはない。水以外のものを入れた記憶が無い。


「待てよ、そういえば……」


「思い出したか! 神々の飲料、万病を治し不老長寿を約束する霊薬ソーマをどこで手に入れたのかを!!」


「いや、やっぱり知らない」


 ヴェルニーが一瞬思い出したのはサキュバスの母乳である。


 一時期はメレニーの命を繋ぐため、それはもう大切に大切にしていた母乳。しかしそれはとっくの昔に飲み干してしまったはずだし、よしんばいくつかある水筒の中に予備がまだ残っていたとしてもとうの昔に腐っているはず。


 しかもだ。衛兵長の言葉が彼のその記憶をかき消した。サキュバス如きの母乳がそんな不老長寿を約束する霊薬のはずがない。衛兵長、盛りすぎる。


 実はシモネッタが余った母乳を特に大した理由もなく(ルカに飲ませたかったから)水筒に入れていたのだが、それを飲んだのはグローリエンだけであったし、もともと長旅で体調の浮き沈みが激しかった彼女はその効能に気づかなかった。ヴェルニーは彼女が母乳を水筒に入れていたこと自体失念していた。


「くっ、あくまでとぼけるというのか。いいだろう。そっちがその気ならこっちにも考えがある。今日は夜に人払いをして警備を最低限にする。誰もあずかり知らぬところで今夜、貴様らを一人一人拷問にかけて聞き出してやる!」


 とうとう彼は本性を現したようだ。この町の安全を守るために、どれだけの者をその拷問にかけてきたのか。しかしヴェルニー達は犯罪者ではないのだ。私利私欲により拷問を行うことに正当性などあろうか。もちろん、たとえ山賊であろうとも拷問など不当である上に非合理なのであるが。


「ぐふふ、拷問のしがいのありそうなやつらもいるしな」


 いやらしい笑みを浮かべてグローリエンとハッテンマイヤーを見る。魔法も封じられたエルフの少女と、豊満な熟女は、彼にとっては格好の獲物に見えた事だろう。


「夜を楽しみにしていな」


 そう言い残して衛兵長は上階に戻っていった。


「あの方、バカなんでしょうか?」


 自分がターゲットとなっているにもかかわらず、ハッテンマイヤーは眉一つ動かさずにそう言い切った。仕方あるまい。自分の方から警備を手薄にして場を整えてくれるというのだ。それも「夜」という彼女らにとっての好条件下で。


「シモネッタ様が手枷を壊したことにも気づいていなかったですし」


 しかも注意力散漫。


「まあ、間違いなく今夜の責任者は彼になるだろうね」


 さらにもう一つの好条件。


 今までかなりいい対応をして、環境を整えてくれたアルディ達が宿直の日に脱獄をするのは少し良心が痛むところがあったが、彼が責任者となってくれる今夜にそれができるというのならばはっきりと言ってヴェルニー達にとっては渡りに船といったところだ。


 もはや「勝ち確」というものである。


「この町って冒険者ギルドの支部あるよね? ちょっとお金おろしたいなあ。何時までやってるのかな?」


 グローリエンに至ってはもう脱獄した後の予定の話まで始める始末である。「今日仕事の帰りにちょっとコンビニ寄ってお金おろしたいな」くらいの感覚である。


 だが、本当にそれでいいのだろうか。


 彼らこそ、舐めてはいないか。


 一つの町の平和を守り続けている男たちの実力というものを。彼ら冒険者の多くは、ヴェルニーの相棒のグラットニィですら、冒険者としての「あがり」は宮仕えだと考えていたはずだ。


 騎士と衛兵の違いはあれど、彼らはその「宮仕え」なのだ。


 ただ一人、ルカだけが眉間にしわを寄せ、険しい顔で忠告した。


「舐めちゃいけませんよ、衛兵ってやつを」

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