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伸手  作者: 久志木梓
8/9

八、宦官

 夜明けになってあたりが少し明るくなると、俺と娘はいつものように洛水のほとりで流れてくる死体を漁っていた。

「おっとう、変なのが流れてきた」

 めぼしい死体を探うよう言いつけた娘が、俺を呼ぶ。

「俺は変なのじゃなくて、金を持ってそうなのを探せって言ったんだ」

 俺は死体の懐を探ったまま、顔も上げないで答えた。くそっ、懐はすっからかんだ。着ているおべべがいちばん高く売れそうだ。

 娘を見れば、まだその変なのとやらをじっと見たまま動かない。

「おい、持ってそうか?」

 しびれを切らした俺に、

「わかんない」

 めんどくせえなあ。

 俺は立ち上がって娘のそばに行く。娘が見ていたのは、ああくそ、何てこった。

「宦官じゃねえか。しかも罪人かよ」

 髭のないつるつるした鳥の卵みてぇな顔に、しかも入れ墨がはいっていやがる。どう見てもはずれだ。

 入れ墨つきの罪人なら、ごくたまに盗みの直後におっ死んだのか金目のもんを持っていることもあるが、宦官の盗人なってたかが知れてる。宦官なんて女よりもなお弱気で非力なやつらだ。たいしたもんを盗めるはずがねえ。

 娘には入れ墨のはいったのは罪人だってことは教えてあるし、ごくまれに金目のもんを持ってるから、一応当たり、見かけたら俺に言えと教えてある。ただ宦官については教えてない。娘は賢い子だから、それで変だとか金を持ってそうかわからないと言ったんだろう。

「宦官ってなあに」

 娘の質問にどう答えるべきか俺はちょっと悩んで

「髭が生えてねぇやつのことだ。股のあれを切っちまったから」

 思いつく限りできるだけ遠回しに言う。

「宦官は、はずれなの?」

「はずれだな。少なくとも今ごろ逃げ出してくるようなやつはだめだ」

「どういうこと?」

 娘にさらに質問されて、俺はなんとか頭をしぼって説明を考える。

 娘は俺とちがって、なぜなのかくわしく知りたがる。説明はめんどくせえが、いちど説明してやりゃそのあとずっと覚えてるし、俺の仕事を手伝うのも一気に上手くなる。だから俺は娘にはできるだけ説明してやることにしていた。

「宦官ってのは、宮殿に住んでるんだ。宮殿に住んで、帝だの后だの、帝の女たちの世話をしている。あれがねぇから、帝の女に手をだせるわけがねぇからな。

 宦官ってのは宮殿でしか生きられない。あれをちょん切っちまったやつなんて、気持ち悪いだろう? 元は男だから男みてぇななりしてるのに、声は女の裏声みてぇだし、年取るとでっぷり太るし、さらに年取ると痩せてしわくちゃになるんだ。

 それに何より、親不孝もいいとこだろ? 親に子供の顔見せてやれねえんだから。だからまともな人間なら宦官となんか付き合わねぇ。だから宦官は宮殿で、帝のそばにべったりひっついて生きてる。

 帝にべったりだから、宦官ってのは帝をたらしこんで、自分の言いように帝をあやつってやりたい放題する。ともかく、ろくでもねぇ連中だって覚えとけばいいさ。

 でも宮殿もひでえありさまだからな、宦官もだいぶ逃げ出した。宮殿の宝物持って。だから、だいぶ前ならあたりだったんだ。まだ宮殿に金目のもんがあったときは。今じゃもう、宮殿に金目のもんなかありゃしないさ。だからはずれだ。髭のないやつは俺に言わなくていい」

「わかった」

 娘はおとなしくうなずいた。

「さあ、しゃきしゃき働こうぜ。昼頃になってしらふになりゃ、やつらも俺たちの商品をほしがるさ。なんせ胡だ。田舎もんだ。ちょっときれいなもん見せりゃ飛びつくさ。ものめずらしくてな」

 腕まくりする俺に、

「お客さん、変わるの?」

 娘はまた質問だ。

「変わったよ。昨日のは久しぶりにすごかっただろ? 聞いた話じゃ、ついに帝は胡に捕まったか殺されたかしたらしい。今俺たちから買う余裕があるのは、みんな胡だろうな」

「ふうん」

 俺の言葉に、娘は洛陽の城のほうを見た。ぷすぷすと黒い煙が、まだ何本ものぼっている。

「お客さん、胡でもいいの?」

「どうでもいいな」

 俺はちょっと金持ちっぽい死体をちょっと離れたところに見つけて、ばしゃばしゃ川の水を蹴りながらその死体に近づいた。

「俺たちの商品を買い取っておまんま食わせてくれりゃあ、何だっていいだろ」

 お前を食べさせるためなら何でもするさ。じゃなきゃ女房も浮かばれねぇ。

「つまんねえこと考えてないで、お前もさっさと探せ。深いとこには絶対行くなよ」

「はあい」

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