千年のじゃロリ巫女、千年ぶり半年の休暇
何時も朝は一合で済ませる米を今日は二合焚いた。
味噌汁は何時も作り置きする量をそのまま。
幸い買出ししたばかりで紅鮭の切り身は二切れあったのでこれも大丈夫。
ご機嫌な朝飯をゆっくり食べながら俺は口を開いた。
それは勿論目の前の白い着物にみょうちくりんな金糸で編まれた紋様がはいった服を着た、黒髪スベスベスベロングヘアーの、好みから下を狙いすぎてファーボールになってる女児の正体を探る為だ。
「あのさぁ、君何者?」
事の起こりは、良く解らん。
簡潔に言えば朝、目が醒めたら布団の中に知らない女児が居た。
これ以上説明できないし、理解も出来ない。
状況を把握する前に俺が起き出した気配を感じたとでも言うのか、目を覚ました女児に朝飯を要求されたからだ。
解るのは女児に騒がれると圧倒的に弱いのは社会人の俺の方ということ。
どう考えても知らない女児の方が侵入してきたというこちらの言い分より、女児を連れ込む独身中年、逮捕だ!という方が通るだろう。
そして俺は社会的に抹殺……いや、そんな事はどうでもいい。
とりあえず、俺の問いかけに器用に買い置きの割り箸を使って鮭の身をほぐしてもぐりもぐりとお行儀良く……回数は解らんがよーく噛んで召し上がった女児は言い放った。
「うむ。今日からそなたの家に世話になりたいと思う。よろしく頼むのじゃ」
「いや説明になってないよね?」
思わず箸で指してしまった。
指し箸はマナー違反なので良い子はしてはいけない。
「うーん、わらわはある世界の巫女でな、ちょっとばかり神様からの温情で長期休暇を異世界で過ごすことになってのぅ」
「……」
「なんじゃその哀しみを背負った瞳は。いや、哀れむでない。別にわらわのおつむりがいかれているわけではないぞ」
「でも、ねぇ。異世界とか。家で辛い事されてないかい?空想への逃避も時には必要だけど、ソレを理由に現実の社会秩序を乱しちゃいけないよ」
「まー、解らんでもないがの。大抵わらわを迎える異世界のものはそう、それよ。そういった物狂いを見るような目でわらわを見やる」
「慣れちゃうほどこんなことを繰り返してるのか君は……」
「こちとら外見は童子でも悠に万年を超えて生きとる筋金入りじゃぞ。今更へでもないわ」
こやつかなり出来おる。
普通の厨二病患者ならもう少しこう、自分の世界を否定されると起こしそうな反発とかいうリアクションが無い。
よほど深く自分の世界に没入しているのだろう。
「まぁそういう設定ならいいけど。俺が君を養う理由ないよね?だから親御さんの連絡先言ってみなよ」
「何もわらわはただ厄介になろうとして居るわけではないぞ。金の問題なら神よりの餞別で幾ばくか持たせてもらっておる」
「いや、金の問題じゃなくてね。ここ1LDKのバストイレ付き独身男性用の寮だしね」
「なんじゃ、貸し家なのか?それならわらわの用意してやる金子で居を移すがよかろうて」
「引越しとかそんな簡単にできないから。今日だって会社に出なくちゃならないし……いやいや、なに自然に一緒に暮らすみたいな流れにしかけてるの。しないよ。」
「まぁ論より証拠よな。このポーチを見ておくれ」
「しないから」
「そこらへんは今はおいとけわっぱ。状況は常に流れとるんじゃ適応せんか」
「いや、そんな小物入れを見ろといわれても。それより俺は君を家に置かないことを強硬に主張する、ノーと言える日本人でありたい」
なんじゃなんじゃ、余裕がないのぅなどと呆れながらも俺の声を無視して小物入れをあける女児。
そういえば俺はまだこいつの名前すら聞いてない。
本当に万年生きてるご老体ならそこらへんの礼儀がなってないんじゃないの。
と、やや愚痴っぽいことを思ってた俺の目の前でとんでもないことが起こった。
幼稚園に通ってそうな、紅葉サイズのちびっこハンドがするするっと金塊らしい棒を取り出したのだ。
「え?」
「ほほっ、なんじゃなんじゃちょいと顔の間が抜けておるぞ」
「いやだって、手品?」
「手品ではないぞぅ、ほれほれ、まだまだ出てくる金子の素じゃよー」
するりするりと、出された金塊はごとりごとりと重量感を伴った音を立ててちゃぶ台の上に並べられる。
明らかにその手品を超えた質量保存の法則無視は、ちょっと俺に異世界の実在を感じさせた。
ちょっとなのは、その、正直混乱しているからだ。
なんだこれ、どういうことなのだこれは、どうすればいいのだ?
「これこれ、そのように呆けるでない。適応せんといかんよ」
「いや、でもだって、これ……ちょっと触っていいかな?」
「うむ。存分に検めるのじゃ」
無造作に並べられた金塊を持つとずしりとした感触。
ひんやりとした温度。
テレビのCMで光を浴びた時のような絢爛とした輝きは無いが、蛍光灯の光を受けて輝く視覚にずしりとくる山吹色。
本物、なんだろうか。
なんだか、急に水が飲みたくなってきた。
「ええと、金箔かな?」
「本物じゃ。なんじゃ、金塊は気に入らぬか?こちらの世界の紙幣もいくらか神より賜っておるぞ」
「いやいや、さすがにもうでないでしょう」
「まぁ見ておれ。このポーチは神の祝福によって神域の倉庫と繋がる特別製なんじゃよ」
ポーチをちゃぶ台の縁につけて、金塊をすべり落とすように仕舞いこんだ女児は再びポーチに手を突っ込んで。
非常に見慣れているけど、こんな大量にはお目にかからないなぁという日本円の最高額面を並べてくれた。
なんだこれ、こんな金額ドラマの身代金を用意するシーンとかでしかみたことないぞ。
「え?ちょっとまって……まじで?マジでこれ使えるの?お札はコピーするだけでも罪なんだよ?」
「大丈夫じゃよー。神の使いがこの世界の人間に扮して宝石なんかと交換してきてくれたお金じゃから。綺麗なお金じゃよ」
「ちょっと、確認させてね」
「うむ。良いぞ」
とりあえず、透かしを見てみる。OK。
次に通し番号。一束分、大よそ五十万円分ざっと見た分には被っているのは無い、と思う。
それ以上は素人目には、後はもう普段使ってる札との違いは新札同然でピンピンしてるか否かくらいしか解らない。
「異世界とかマジ、なんですかね」
「うむ。ああ、そうそう遅れてしまったのじゃ。わらわの名はアシュー・モデロット・リアット。星霜を生きる巫女じゃ」
「ああ、はい。あの……アシューさんは……」
「あっちゃんでよいぞ」
「今はそれ逆にやりにくいですよアシューさん。その、ちょっと扱いがぞんざいですいませんでした」
「いや、わらわも悪いことゆえ、わらわの方こそすまぬのぅ。いきなりわらわに住居へ入り込まれたものの反応など解っているのに、ちと悪戯心で反応を楽しみすぎたのじゃ。すまぬ」
「じゃあ、そこはお互い様ということで。ええと、じゃあ俺の名前ですけど、岩永哲です」
「岩永哲か。てっちゃんと読んでも良いかのぅ」
「あ、そこらへんはお好きに……」
なんだか急に畏まる俺だが、ソレも致し方ないだろう。
部屋の中に忽然と現れた、多量の金品をするする引き出す不思議な小物入れ持ちの、自称万年超えの女児。
普段神様いねーよそんなもんという俺も、幾ばくかの敬虔さを刺激されるというものだ。
こうしてのじゃのじゃ……とは案外言わないロリババァアシューさんとジャパニーズリーマン哲こと俺は出会ったのだった。
俺は上司に電話して急に上京してきた親戚の対応をするために有休を取る旨を伝えた。
たっぷりの嫌味と当て擦りをされたが、それより少女の持っている金である。
なんなら今日にでも自己都合退職して少女の金で食いつないでその間に次の仕事を探しがてら面倒を見るのもいいかもしれない。
なんていう風に想像の翼を羽ばたかせていたのである。
「ちなみにですね。アシューさんが俺に何を求めるかお伺いしても?」
「ん?そうじゃなぁ。この世界での身元引受人のようなことをしてくれればよいのじゃが」
「あ、それ結構現代社会だと厳しい奴です。ガチにアシューさんみたいな少女の身元引受人になるのは独身男性には難しい世界ですよ」
「まぁそんなガチガチに保障してほしいというのではないのじゃよ。遠方から来た親類を引き取ってとか、適当なカバーストーリーを作ってくれるだけで良いのじゃ」
「そんなんでいいんですか?」
「そんなんでいいんじゃよ。それだけしておけば後は神様がうまい具合につじつまあわせしてくれるでな」
「神様ってすごいんですね」
「凄いから神様なんじゃよ」
「なるほど。確かに」
俺が深い納得を見せるとアシューさんはちゃぶ台の上に手をついて指折り数える様子を見せる。
なんだろう?と俺が思っていると彼女は独り言のように言った。
「ええと、たしかこの世界でひのふの……六か月くらいじゃったかな。休暇の期限は」
「あ、結構長いんすね」
「千年のお勤めの後の六か月じゃぞ。短いくらいじゃ」
「あ、それは……ブラックですね」
「ぶらっく?どういう意味じゃ」
きょとん、と首をかしげるロリには余計なこと言っちゃったなぁという表情で俺は顔を伏せる。
そして微かな抵抗として調子っぱずれな口笛を吹きながらわざとらしく口に出した。
「おっとー、半年と言えばさすがにこの独身寮に居座るのは難しいぞー。色々手続して今日中にでも新居の物件を見つけないとー」
「むっ。露骨に話を逸らしおったな。まあよい。若人の思惑に敢えて乗ってやるのも老人の甲斐性と言う物じゃ」
「さんきゅーアッシュ!」
「なんじゃお主急にノリが軽くなったの」
「いや、まぁこれはこっちの世界のネタみたいな。ネットで半年ROMると解りますよ」
「半年、ROM…?ようわからんが半年もかまけていたら休暇が終わってしまうではないか」
「あ、そっかぁ……しかし半年かー。ちゃんと面倒みるなら仕事辞めちゃってもいい期間ですねぇ」
「む。基本的な事を教えてもらえればわしゃ適当にやれるくらいのことはできるぞ」
「いや、なんかこうアシューさんからはお世話しないといけない感がひしひしとするんですよね。なんでかな」
「ふふん。それはわしが傅かれてきた者としての威厳よな」
「はぁ、そういうものですか」
「そういうものじゃ」
なんだか納得いかんなぁ、という表情の俺に対して、アシューさんは余裕しゃくしゃくの顔。
傅かれてきた者って、お主正気……いやマジでしたね。
神様から多量の金品付きで異世界旅行する程度には特別なサムシング、○ェルタースオリジナルなんてボックス買いできる特別さでしたね。
「他人の金で遊び歩きたいです。安〇先生」
「安〇先生は分からんが一気に下衆な本性むき出しにしてきたのぅお主」
「遊び歩かなくてもいいんです。今となってはネットの発展によって家に居ながらにして旅行するかのような体験ができたりする世界なんですよ巫女様」
「ほぅ……家に居ながらにしてか。それはちと興味のある話じゃ」
「あれ、そこは家にいて何が旅行か。実地に出向いてこそ旅行じゃろーとかいうところじゃ」
「はぁ……説明してやろう。わしは巫女じゃ。そこはいいな」
「あ、はい」
「年がら年中霊峰と呼ばれる山中で祈りを捧げる日々……万年観光地にいるようなもんじゃ。自然物など見飽きとるわ」
「あ、はい。了解しました。アシューさんには主に電脳世界を堪能していただこうと思います」
「うむ。くるしゅうない」
「じゃあとりあえずはこのパソコンの使い方を簡単に教えておきますね」
「ぱそこんか……ふむ。水晶の様な板と箱じゃな?」
「デスクトップパソコンというタイプです。水晶の板はモニターといいます。この電源を入れると……そこに画像が」
「おお、本当じゃ!」
「今新しい使用者枠作っちゃうんで、使用者名とパスワード……パスワードっていうのは専用の合言葉ですね……忘れないの考えておいてください」
「うむうむ。暗記なら任せておけ。あっちの世界では八万を超える祈祷の呪文を覚えてきたこのわしじゃ。今更ちょっとした合言葉なぞ造作もないのじゃ」
八万を超える呪文とかこやつ正気にござるか、と思う。
いやー、万年超える人外寿命でも脳には容量ってものがあると思うんですよ。
それとも脳力百パーセント中の百パーセントってやつなのかな?
まどと詮無い事を考えながらアカウントを作っている最中に気付いてしまった。
あかん、無職はあかん!
収入がなくなったら社会的信用がなくなる=カード決済ができなくなる!
世の中には金さえあれば誰でも作れるクレジットカードというのもあるにはあるが俺はこれまで培ってきた。
クレカの支払い能力の証明をふいにしたくない!
つまりどういうことかというと長期の離職はキャンセルだ!というか今の職場だって別にブラックというわけじゃない。
多少上司はねちっこいがあれはあれで良い所もある人だし、辞めたくない。
「アシュー様」
「なんじゃ」
「やっぱ仕事は止めないでアシュー様の面倒だけ見させていただきます」
「だから最初からそれでいいというておるに」
「でもせっかくの美少女なのでゲームする時は俺も構ってください」
「お、おう。正直な奴じゃな」
傍から見ると犯罪臭この上ないだろう。
だが美少女と遊べる機会を棒に振る男がいるだろうか。
いやいない。
「あ、アカウント名アシューでパスワードは俺にも教えないでくださいね」
「うむうむ。解っておる」
「あ。あとコレは一時的なものなんで。ちゃんとアシューさん専用のパソコン買いますからね」
「この箱をかや?」
「まま……まずはこの○ンターネットエクスプローラーを開いて……」
「○oogle?なんじゃこれは」
「そこの四角い空白に好きな単語をこのキーボードで入れてみてください。まずは全角半角ボタンで日本語入力をオンにして……」
「うむ。日本語というのは神の補助で解るから色々いれてみるぞ。まずはゲーム、と……」
なにやら便利な機能が本人についている少女を見ながら、改めて俺は今後の予定を考え始めた。
まずは社宅を出る準備と、物件探しと……やることは山積みだ。
でもなんだか楽しいことになりそうだと、俺はぼんやり感じていた。
なんとか独身寮という名の社宅を出る手続きを済ませるのに、アシューさんが現れてから一週間。
新居となる2LDKの部屋も比較的治安のいい場所に見つけられた。
引っ越しまでにアシューさんは完全にネットというかPCにはまり込んで、俺のクレカで買った○teamのゲームをやり続けていた。
お気に入りはサイバー系世界観のゲーム。
どうも元の世界にはそういうのがなくて目新しい、ということ。
なので若干引きこもり化を心配しながら転居と同時に新居に専用PCが届くように手配しておいた。
そしたら偉く喜んで。
「よくやったのじゃ哲!百万年延命!」
などと言い出したので丁重にご遠慮しておいた。
この世界で百万年も生きたら研究所行きだわいというのを説明して。
研究所、という言葉を言ってからあ、伝わらないかな?と思ったら。
アシューさんはちょっと可愛らしい小首をかしげた後。
「ふむ?ちと思い至るのに時間が要ったが、ようは万年生きる人間は標本にされるとかそういう心配じゃの?」
「あ、そういうことっす。研究所通じました?」
「いや、わしの世界じゃと魔術師や錬金術師連中が実験実験と言って居ったのぅ、と思い至ってな。そういえばこの世界には魔術師など折らんのだから研究という言葉が独り立ちして研究する所、すなわち研究所という言葉になるのか、とな」
「ああー。アシューさんの世界だと魔術師?や錬金術師が研究に深くかかわっててちょっと言い回しも違うって感じですか?」
「うむ。魔術探求所や錬金創造所などといった言い方になるの」
やれやれ、と言いたげに首をふるのじゃろ……アシューさん。
彼女は軽く肩をすくめて仕方ない、という顔をするのが外見に反してとても様になっている。
やはりこれは年の功……はわ!
い、今みぞおちを抉ろうとしたね!?親父には殴られたことあるけど痛いのは御免だ!
「てっちゃんよ。今詮無き事を考えたであろう」
「そんなことないよ?」
「ええー本当にー?本当かのー?」
「バカバカしい……俺が「アシューさんほどの年になると外見幼女でもやれやれ顔が様になるんだな」なんて思う訳が……はぉ!」
鳩尾ではない、この痛みは足の甲のやべー奴だ。
このババァ喧嘩なれしてやがる……!
「乙女に年齢の話をするとか喧嘩売っとるんかお主。死にたいようじゃな」
「ひえ……この子本気よ……!」
「なんてな、冗談じゃよ。そんな事よりお主今日は休みか?」
「え?ああ、土曜っすからね。いちおー休みですよ」
「ではちょっくら買い物に付き合って欲しいのじゃ」
「車を出せい!と?」
「ダメかの?」
眉根を寄せて、ダメカナ?と上目遣いで見てくるアシューさん。
止めてくれ、その攻撃は俺に効く。
「あー、どこに出るんですか?」
「上野か御徒町!」
「要するにアメ横ですね。それなら電車の方がいいっすね……」
「えー。車に乗りたいぞてっちゃん」
「停める場所ないんすよ、あそこらへん」
「むぅ」
「ふくれっ面になっても駐車場はできませんよ」
ぷくーっと柔らかそうな頬っぺたを膨らませる、女児服を着こなす万年幼女婆様。
もっちもちの頬っぺたを突っつきたくなるが自重。
オデ、ロリコン、チガウ。
「じゃあ駅まで!駅まで車で行くのじゃー!」
「まぁそれくらいなら……駅前の二十四時間駐車場なら高くなっても五百円くらいですし」
「よし、ならば出発シンコーじゃ!」
「そっすね。でもその前に……」
「なんじゃ」
「朝飯っすね」
きゅう、とアシューさんの腹が鳴る。
可愛い。
なんだこの可愛い生物。
「う、うむ。そういう事ならまずは朝餉じゃな。頼んだぞてっちゃん」
「アシューさんは作ってくれないんすよねー」
「作れないのではないぞ。作らないだけじゃ」
「はいはい」
「むー。信じとらんな」
「まぁそもそも踏み台が無いと流し台に届かないお方の言葉ですし?」
「むぅ。それを言われるとちと弱いのじゃ……」
完 全 論 破 。
いや傍から見たら完全に大人げない大人ですけどね。
「まぁその内踏み台でも買いましょう。踏み外さないようにでっかい奴を」
「そんなのあるのかのぅ」
「探せばあるんじゃないですかね。アシューさん軽そうだし」
「そこは重要ではないのじゃ」
「重要ですよ。壊れない台を選ぶのには」
「てっちゃんはでりかしーに欠けると思うのじゃ」
はい。
そう言われて半年前に彼女が居なくなりました。
でもしかたないよね。
ヒトってそんな簡単に変われない……。
ふふ……それはさておきお出かけだよな……朝飯、作ろう。
新居から車で駅近駐車場まで5分、駅についてから山手線で10分ちょい。
俺とアシューさんは上野に立っていた。
「おぉー、アメ横はいつ来てもごちゃごちゃしておって面白いのじゃ」
「そういうもんですかね」
「うむ。活気があるのは好きじゃ」
今日のアシューさんの外出着は通販で買ったかんたん浴衣……アジサイ柄の水色の奴……なんだけど。
目立つからもっと違うのがいいんじゃないすかね?っていったら。
こういう服が故郷でも一般的で落ち着けるからいいのじゃ!ということだそうで。
そんなわけでおっさんが浴衣幼女の手を引いて歩くという怪しい状況になっているわけですよ。
心なしか視線の量が多い気がするのは多分気のせいじゃないだろう。
今時黒髪……はそんなことないとして、アシューさんくらいの年で膝丈の髪の毛っていうのはそうそういないだろうし。
おまけに彼女はちょっと見られないくらいの美幼女だ。
そんな幼女が、冴えない風貌のカッターシャツに灰色のチノパンのおっさんに連れられてるのは非常に目立つんです。
ええ。
だからそこのお姉さん通報しようとしないで。
「今日も食料品買っていきますか?アシューさんや」
「そうじゃのー。わしはまたあれが食べたいぞ」
「あれですか」
「うむ、あれじゃ」
「じゃあちょっと行ってみますか」
「うむ」
期待からだろう。
アシューさんの歩調が軽い。
あ、待って。俺より足短い(短足ではないよ?単純に身長差だ)のに回転数が高いからアシューさん足速っ……。
「おー、あったあった。てっちゃん、すじこじゃ!」
「うん、美味そう!でもアシューさん、冷静になろうぜ。Be cool」
「なんじゃい」
「今買ってもすぐ家に帰る訳じゃないから鮮度を落とすことになる」
「……そうじゃなあ、じゃあ後回しにしておくかのぅ」
若干落ち込みを見せるアシューさんの肩にぽんと手を置き、サムズアップ。
フツメンなりに笑顔を輝かせるつもりで笑みを浮かべる。
「昼飯までいるようだったら寿司屋でいくら丼喰いましょう!」
「それはよいのぅ。うむ、とてもよい」
「でもー」
「じゃがー」
「「それはそれとして帰りにすじこも買っちゃうゾイ!」」
「いえー」
「ほっほっほ」
それにしても我ながらノリノリである。
さて、さっき通報されかけてた割りにはしゃぎすぎじゃない?という疑問を諸兄は感じたことだろう。
でも大丈夫、アシューさんのノリに合わせている限りにおいて「ああ、仲のいい親子(兄妹……は無理があるか?)ね」って感じに補正が掛かるのだ。
さっきケータイを取り出そうとしてたお姉さんも納得顔でケータイを収めていらっしゃる。
「で、アシューさんは今回目的が御有りで?」
「アメ横の服屋で適当な服をなー」
「服なら新居に移る前にも結構買い込んだじゃないっですか。それより踏み台はいいんすか?」
「踏み台は良いわい。冷静に考えたらてっちゃんに家事やってもらえばいいことじゃと気づいた」
「そ、そんな……仕事して帰ってきて疲れてる俺に三食作れだなんて……」
「車の購入にあたって」
「ハイ喜んで料理位しますよ!任せてくださいよ姉御!俺に料理させたらちょっとしたもんっすよ!」
「てっちゃん自炊派じゃからな、期待しておるぞ」
「あの、もしかしてなんですが」
「なんじゃ」
俺の疑惑の眼差しに対して、俺の手を引いてはよ行こうやと言わんばかりに引っ張るアシューさんへ問いかける。
「もしかして……そういう所も神様の査定が?」
「とーぜんじゃ。自分とこの巫女を下手な輩に預ける神がおるわけなかろ?ちなみにてっちゃんは全国1億人の中の内3000人の内から栄誉ある抽選で選ばれたザ・ワンなのじゃよ」
「あまりにも高い倍率、俺じゃなくても別にいいんじゃ……って思ってたのが崩された」
「色々面倒な条件があったみたいじゃぞ。唐突な同居人の増加に対応できる環境、巫女を粗略に扱わない精神性、攻撃性、協調性、適応力の高さ、などなど」
俺、なんか選ばれちゃいました?ってのは冗談にして。
まぁ神様も色々いってるけど要は都合のいい人間ってことよね多分。
あたい……あたい悔しい!そんな安い男じゃないわよ!
「てっちゃん。よくわからんがそんな分かりやすい悔しい顔して見せても別にてっちゃんを便利扱いしておるということではないからな」
「そうなんですか?まぁ言われてみればアシューさんを粗略にしないといっても結構ラフに扱ったりしてますけど」
「てっちゃんとの相性で重視したのは多分、都合のいい相手になるかより、気心の知れた仲になれるかだと思うんじゃよ」
「ええー、ほんとうにござるかー?」
「そういうところじゃぞ」
「そういわれるとぐうの音もでないですねえ」
アシューさんが俺の手をぐいぐい引くのでそれに合わせて歩を進める。
アメ横のガード下のカオス空間をあてどなく歩く。
「お、この店いいのう。みりたり系?というのか。わしの世界にはない系統じゃ」
「あ、ないんですか」
「うむ。ビキニアーマーというか布巻き付けただけの蛮族スタイルはあっちにもあるがミリタリーという分類はないのう」
「じゃあちょっと覗いていきます?」
「うむうむ。存分に見分し、買いあさろうぞ」
「はーい。それじゃあお付き合いさせていただきます」
「うんむ。苦しゅうない」
その後滅茶苦茶買い物した。
すじこ以外にミリタリー系衣装や光る!鳴る!系の玩具なんかを買い込んだアシューさんとのお出かけからしばらく。
アシューさんはインターネットの荒海で「古典 名作」「読書 お奨め TOP10」「アニメ 名作」などの検索ワードでディープな世界に入り、俺がご飯作って、洗濯して、偶の休暇にはアシューさんの買い物に付き合ってアッシーと財布君(中身はアシューさんのだけど)になって出かけるという労働にもにた活動に精をだしているのに、日中はエアコンの効いた部屋で漫画小説アニメをどかどか摂取、気が向いたら近所の公園で軽い運動という、良い空気を吸いまくっている。
「はー……」
「アシューさん、なんか、リラックスとは違う吐息をついてますね」
「んー。まあのぅ」
「なにか、お悩みですか?」
「それなんじゃがなー。贅沢な悩みなんじゃが」
「話くらいなら聞きますよ」
今日は休暇だ。
俺も朝飯の用意した後は二度寝して昼起きてさっき出前取ってラーメン手繰ってと充実してたから余裕もある。
「休暇、半年貰ったじゃろ」
「そっすね。何のかんのとそろそろアシューさんがこっちきてから3か月ですかね。もう半分終わってますよ「
「……仕事がしたい!」
「え、まじでいってるんですか?」
「まじじゃー。怠惰も過ぎれば飽きるで、巫女としてのお務めが恋しくなってしもうた……」
「それは……正直アシューさんほどの長期休みなんて貰えるはずないジャパニーズリーマンなんでその気持ちは分かりませんけど。神様に休暇終了をお願いすることはできないんですか?」
「神様が休暇半年といったら半年は休暇なのじゃ」
「うわ、融通利かないんですね……」
「のー、てっちゃーん。どうすればいいと思うー?」
「んー。所感でいいですか?」
「よいぞー」
ふにゃらーと力の抜けた様子でちゃぶ台に伏せるアシューさんの前に、俺は両肘をちゃぶ台に付き、組んだ手に口元を寄せ企んでる感じに口元を釣り上げる。
「アシューさんが休暇の一環と思えばそれは休暇である」
「ほ?」
「難しく脱力しなきゃとか考えなくていいんですよ。休暇だからアシューさんはしたい事をする。それでいいんです。そりゃ、世界が誓うですから?全部アシューさんが元の世界にいるとおりにできるとはいいませんけど。“趣味”で神様に祝詞を上げたりする分にはかまわないんじゃないですかね」
「おー……なかなか難しいことをいうのうてっちゃん」
「難しいですか?」
「だって、そんな骨の髄まで義務感がしみ込んだ行為絶対プロ意識が出てしまうわい……」
俺はナイスアイディア!だと思ったんだけど、アシューさんにとってはそうではないようで。
気楽に型をなぞったりしたら本気になっちゃう☆的な思考なんだろうか。
「千年連勤でしたからねぇ、信仰が義務感になっちゃうのも仕方ないと思いますけど」
「む。わしの信仰心は義務感などではないぞ」
「いやいや、そのつもりがなくても千年の連勤でそうなってるかもって話で。仮の話ですよ。もし仮にそうなら神様は休暇の中で気楽な、発心から出る気楽なお祈りをアシューさんに思い出してほしいのかもしれませんよ」
「ふーむぅ……難しいのぅ」
「おばあちゃん、初心に帰るための時間はいくらでもあるでしょ」
「ま、それもそうか……いっちょやってみるかの?」
ちょっと力を取り持だしたように体を起こしたアシューさんをさらに励ます。
「やってみようじゃないですか」
「よし!それではわしは明日から元の世界の神に祈りを捧げるのを再開する!」
「今日からじゃないんです?」
「明日から本気出す」
「ダメな奴じゃないですか」
ダメダメじゃんねと俺が笑えばアシューさんもいい具合に力の抜けた笑顔を見せた。
その色素の薄い、端正な造りの顔で微笑むと花が咲いたようだ。
「わははは!明日から本気出すは冗談じゃが、今日思い立ってすぐに初心に帰るというのも難しいのよ!今日ゆっくり考えて明日から、じゃな」
「そういう事なら納得です」
「そこでてっちゃん。一つお願いがあるんじゃが」
「なんでしょう」
「信仰の基本に立ち返るためにてっちゃんにわしの神様についてしってもらいたいんじゃよ」
「なるほど。話して整理する、って奴なのかな」
「そのとおりじゃ」
「しかたないにゃあ……いいよ」
「おう。サンキューてっつ」
「いいってことよ」
そういう事になったので、ひとまずお茶とお菓子を用意して長話の態勢に入ったのだった。
「まず神様の名前はニッキロック様。火を纏う岩という意味なんじゃが、解りやすく太陽の化身であらせられる」
「アシューさんの世界では太陽が燃える岩だっていうのは既知の事なんですか?」
「卵が先か鶏が先か分からんが、太陽の分け身と言われる火岩、かがんと言われる強い光と熱を放つ岩が鉱山から取れるんじゃな。人々はそれを人の生まれるはるか以前に大地に降り立っていたニッキロック様の欠片だと信じたのじゃ」
「はあ……なるほど。元から太陽をニッキロック様と呼んでいて火岩が太陽に重なる属性を持っているから太陽の分け身と呼ばれていたのか。太陽の様で太陽の分け身と言われる火岩が火の岩だから太陽が火を纏う岩、ニッキロックと呼ばれているのかは分からないんですね」
「うむ。呑み込みが早くて助かるの。で、じゃ。当然のように一神教じゃ」
「他の神様はいないんですか?」
「ニッキロック様からのお告げと、長い年月の積み重ねの中でいない、ということになっておる」
「長い年月の積み重ねの中で、というのは。現象としてお告げを降したり奇跡を起こしたりする存在がニッキロック様だけだったんですね」
「うむ。これもその通りじゃ。故に厳然としてわしの世界に宗教はニッキロック様を祀る日光教だけなのじゃ」
はー、リアルに神様の居る世界は違うなぁ、というのが感想だった。
そう思うとともに、じゃあ神様が実際いる世界で巫女が1000年連勤する必要ある?とも思ったんdけど。
問いかけてみれば簡単にその理由は知れた。
「ニッキロック様は唯一神、確かに強大な力をお持ちじゃ。じゃが全能神ではない」
「全能神じゃ……ないんですか?」
「うむ。創造者……世界を作ったのは神ではない故に創造者と呼ばれるんじゃが、そういうわけで世界を作ったのもニッキロック様ではないのじゃ」
「という事はアシューさんのお仕事って……、巫女の役目って?」
「日々各地から集まる情報を基に、なるべく民が自己の力で、それがかなわぬ時はニッキロック様の御力を正しく振るえるように祈祷をもって地上の事をお伝えするのがお務めじゃ」
一度口を閉じ、お茶を飲み、どら焼きを頬張るアシューさんに、月餅を齧ってから俺も茶を飲んで、問う。
「じゃあ半年もアシューさんが居ないのって結構な問題なんじゃ?」
そんな、俺の若干の懸念を含んだ問いにもアシューさんはかんらかんらと笑いつつ答える。
「なーにをいっとるかてっちゃんや。巫女はわしだけではないぞや?そりゃ巫女長として情報の精度を測ってニッキロック様にお伝えする情報の量、質は飛びぬけていたという自負はあるがの。巫女はわしだけじゃないんじゃ。後進の巫女たちもきちんと育っておるよ」
「ああ、それなら安心ですね。あれ、アシューさんは別に初代巫女長ってわけじゃないんですよね」
「うんむ。32代目巫女長じゃよ」
「あの、これって失礼になるかもしれませんけどアシューさん以前の巫女長の方々って引退なさった後はどうなさってるんです?」
「んー。まあそれぞれよな。莫大な金子を与えられてこっち風に言う実業家として商家を起こして子を育んだ後に没するとか、巫女長からお嫁さんにジョブチェンジして子を成して没するとか、マジで路線変更キメて何でも屋として巫女長時代に培った武力と経験と人脈を使って名をはせた後に没したり」
「はー。かなり自由なんですねえ」
何でも屋て。
巫女長引退後に付く職業としてはかなりアグレッシヴだと思う。
「巫女長として務められる間はニッキロック様との交信能力を拠り所とした、ニッキロック様からの能力のバックアップがあってな。大体の巫女長はニッキロック様との交信能力が衰えた後もその力が残留して人より優れた能力を発揮するという事が多いんじゃよ」
「超人なんですね。巫女長さんって」
「そうなんじゃよー。じゃが巫女長としての能力がある間は不老になるでな。わしなんかまだまだお務めは先が長いわと思うわけじゃ」
「アシューさん、まだ小学生五年生くらいにしかみえませんもんね」
「なんで小学生を引き合いに出す。嫌分かるが口には出すなよてっちゃん」
「悟り」
「まぁ実際巫女長に在任するおなごはこのくらいの歳の容姿で悟りを開くことが多いらしいが……ってうっさいわい」
ぽかりとちゃぶ台越しに身体を伸ばしたアシューさんが俺の頭に神罰を振り下ろす。
その威力は、思い切り手加減してくれてるのか、話していた超人・巫女長という感じの威力ではなかった。
さすが神に仕える巫女長ともなるとその心も寛大らしい。
だが、ふと違和感に気づく。
「……そのくらいの歳格好の時に悟りを開くって。巫女長って不老だから巫女長になった時から退任するまで悟り世代なのでは?」
「……勘のいいてっちゃんは嫌いじゃよ」
「やべー!殺られる!」
「ふはは!怖かろう!と、馬鹿な掛け合いはこれくらいにしておいてじゃ。進行の基本に立ち戻ろうかの」
「あ、はい」
仕切り直し、その後つらつらと俺はアシューさんに日光教の教義、祭祀、それこそ日常生活における細々とした道徳にいたるまで解説を賜った。
異世界の宗教の話はそれなりに興味深かったけど、やっぱり基本は「むやみに殺すな、奪うな、他人を慮れ」という感じで、朝何刻(太陽の傾きで測る時間らしい)に礼拝とか毎日のお務めも宗教のイメージからそう外れないものだった。
んでもまあ、そこら辺の道徳が大きく外れた世界から休暇には来ないよね、というのも正直なところだ。
生活の端々で共通点があり、当たり前に正しいと思っていることが間違いだとされる世界で安楽な休暇なんてとても遅れないだろう。
そこらへんも神様チョイスなんだろうね。
と思いつつさらに話は数時間。
日はとっぷり暮れて夕食の時間になっていた。
「はー。随分話したのぅ」
「そうですねえ。今日は出前でいいですか?」
「そうじゃのー。てっちゃんは話に付き合わせてしもうたし、出前じゃな」
ありがたいことに出前の許可が出たので近所の出前リストからどれを食べるか相談する。
この住居の近辺、それなりに飲食店が充実してて色々迷ったが、アシューさんはピザ屋、俺はかつ丼屋の出前を取ることにした。
その後はぽつぽつとアシューさんと食後にレンタルDVDを借りにいって映画を見よう、という話になって、お出かけすることになった。
で、ちょっと古めの緑のマスクの怪人がコミカルに悪党をやっつける娯楽作品を借りて笑顔の内にその日は終わったのだった。
あの、信仰の基本に立ち返るという話の日からアシューさんはできうる限り、あちらの教義に乗っ取った神への祈りを捧げ始めた。
良く晴れた日に太陽の下に晒した水を聖水として場を清めるために使うとか、衣装はできるだけ緋の入ったものを選ぶとか(さすがに日常的に巫女っぽいぞろっとした衣装を着こむというほどではなかった)、そういうの。
そういう事が行われるとなんだか俺も厳かな気分になって、生活リズムとかなんとなく正されていったのは、アシューさんのさすが巫女長のカリスマ、といったところだろうか。
そうなるとなにが起こるだろうか。
そう、贅沢になりきっていた食事の簡素化だね。
まあ簡素化といっても無駄に質素倹約ってのではなく、ご飯はしっかり炊く、お味噌汁は出汁を取るかだし味噌を使う、平日はお肉より魚がメインに、お漬物は常備しておく、野菜はミックスベジタブルを活用して多めにとる、くらいの手を抜くところは抜いて、でも栄養的には丁寧に取っていくみたいな感じだ。
そしてそんな丁寧な生活をしているうちにまた2か月が過ぎ、アシューさんの滞在は残すところあと1か月となった。
「アシューさん。長いようで短い5か月でしたけど、休暇は楽しかったですか?」
「なんじゃてっちゃん。休暇終わりまであとひと月あるんじゃぞ。思い出話にはちとはやくないかのぅ」
「まあ余裕はあるんですけど、振り返りって奴ですよ」
「ふむ。そうじゃのー」
アシューさんの朝のお務めが終わり、朝食を食べた後のリラックスタイムで彼女に問いかける。
期間自体は1か月残ってるけど、俺が仕事の日はまとまった時間取るのは難しいし、きっとこうして落ち着いて話せる機会は、思った以上に少ないだろう。
そのことにアシューさんも気づいたのか、宙に視線を飛ばし言葉を口の中で転がしているかのようだ。
「まず、じゃな。数々の娯楽は純粋に楽しかった!お務めを再開した後も読書や動画鑑賞、げぇむは嗜んでおるしな!」
「お祈り始めてからは節度をもって付き合い始めましたよね」
「うむ。で食物じゃが、あちらにはない物も色々あって楽しんで居ったぞ。特にすじこは良い。あちらに魚卵を食べるという文化はなかったからのぅ。帰ったらぜひともあちらにも伝えるつもりじゃ」
「それはいいですね。美味しいものは皆で分かち合うべきです」
「まぁ新しい文化じゃ、見た目も味もちょっと人を選ぶかの?という感じじゃからゆっくりやっていくつもりじゃよ」
「あ、服飾についてはどうですか?」
「そうじゃのぅ。既製品を安価に大量に生みだす技術力は凄いと思うぞえ。じゃがわしは一点物の織物を人の手で紡ぐあちらのやり方も味じゃと思う」
「安い服を作る技術を導入しようとかは考えないんですか?」
「それは良し悪しじゃからのぅ。あちらの世界には大量生産、大量消費を行う基盤がない。わしがもっと若ければその基盤を育てるという道も取れるんじゃが」
苦笑するアシューさんに、俺は軽い気持ちで突っ込んだ。
「若ければもなにも、まだまだアシューさんが巫女長を退くのなんてもっと先の話でしょ。大丈夫ですよ」
「ふむ。そうかの。そうかも」
「あれ……なんか巫女長退任も近いみたいなニュアンスを感じるんですけど」
「そうじゃなあ。1000年。多分これ歴代巫女長の在任期間でも割と長い方なんじゃよ。……人に1000年の刻は永すぎる」
そういったアシューさんは、それまで一度も感じさせたことのないような、深い深い疲労感を覗かせていて。
俺、まだ全然この人の深いところには踏み込めていなかったんだなって思った。
「すまん。こんな事てっちゃんにいうても詮無いことじゃったのぅ」
「え、いや、ちょっと今までの気楽な感じとの落差に驚いちゃいましたけど……アシューさんもそういう、長寿からくる精神の摩耗ってあるんだなってなんとなく納得しました」
「ほほ、見た目と違ってこれでも結構がたがきとるんじゃよ?婆は」
なんだか、ちょっと斜め上から殴られた気分だ。
想像もつかない所から、想像もつかない重い話がでてちょっと混乱してる。
でも、俺は雰囲気が重くなるのが嫌なわけじゃなくて、それよりもむしろ。
「アシューさんは、お務めを仕舞いにしたいと思って、るんですか?」
「そうさのぅ……」
アシューさんが、整った顔に静けさを呼び、目を閉じゆっくりと考える。
「そうじゃな。正直に言えば……巫女長からは降りて静かな信仰の下に生きていきたい、とは思うておるよ」
深く、胸の奥から出た風の、重い言葉。
俺はそれを受け止めて、考えて、ああ、きっと俺はこの人に楽になってもらいたいのだ。
まだ半年にもならない付き合いの中で、俺はこの人を好きに(恋愛的な意味はないかもしれないが)なっていたんだよ。
「良いんじゃないですか。巫女長を辞めても普通の人と同じくらいに時間は残るんですよね?」
「うむ。不老がなくなり通常の老いを重ねるようになるのぅ」
「なら休暇終わってすぐ巫女長辞めてもしばらくゆっくりしてからでも魚卵のおいしさを伝える時間くらいあるでしょうし、他にもやりたい事いくらでもできますよ。アシューさんの1000年の巫女歴の前に欠片みたいな長さに感じるんでしょうけど、人生は長いんですから」
「ふふ、てっちゃんはやさしいのぅ」
「俺、アシューさんのこと好きになってましたからね。優しくもしますよ」
「おお、嬉しい事を言ってくれるのじゃ。わしもてっちゃんは好きじゃよ」
ちょっと嬉しい。
でも凄くではない。
心ドキドキ、ではなく胸ぽかぽかの塩梅。
「まあ恋愛的な意味ではないんですけど」
「わしもじゃよ。胸高鳴るような好意ではなかったが、てっちゃんの傍はなんというか、そう。とても楽じゃった。1000年のお務めで凝り固まっていた魂が解れた心地じゃった」
「なんだかんだ俺もアシューさんが一緒に暮らしてて張り合いがありましたよ。また独りになったらもっとだらしない生活になるんだろうなーっていうのが見えますよ」
俺のそんな軽口に、アシューさんもちょっと苦笑して、生活習慣は自分で保たねばならんぞ、と言い含めてきた。
そんなアシューさんに、俺はアシューさんの心の凝りをほぐせる人はあっちにいるんですか?とは聞かなかった。
アシューさんは俺よりよっぽど長生きで、達観していて、そしてありのままを受け入れられる人だ。
そういう人間が必要なら自分で探して見つけるだろう。
そんな相手を1か月後には関係が切れる俺がどうこういうのは余計なお世話というものだろう。
「はー、あと1か月かぁ」
「1か月じゃなぁ」
「なんかしたいこととかないです?」
「んー。そうじゃなあ……」
目を閉じ、頭をかしげ、腕を組んで頭をトントンと指先でつつく。
そしてひとしきり考え込んだアシューさんは……。
「何にもせんでええ。わしはてっちゃんとの日常を思い出にあちらに帰りたい」
「そっか。アシューさんったら無欲なんだから」
「なに、わしは我儘を言っておるよ。普通こういう時、人は思い出に何かをしたがるもんじゃろ。それをしないで欲しいというんじゃ。結構な我儘じゃろ」
「そのくらいの我儘なら幾らでも叶えてあげないといけませんね」
「サンキューてっつ。その柔らかさがわしにはありがたい」
そういって微笑んだアシューさんの笑顔はとても綺麗で。
なんとなく、ああ、これが年月に研磨された人の笑顔なんだ。
そう思った。
そしてそれから1か月。
俺とアシューさんは粛々と日々を過ごし、なんでもないことに笑い、同じドラマに泣き、同じ本の解釈で角突き合わせた。
そんな、なんでもなくて大切な日々を過ごして半年の最後の一日を迎えた。
「じゃあてっちゃん。わしそろそろ元の世界に戻るからの」
「了解です。なにかやりのこしはないですか?」
「ない、何にもない。一先ずは全部したと言えるわい」
「ほんとーにござるかー?」
「ええい、人を不安にするのはやめ……あ」
「ん?マジでなんかやり残したことあります?神様の半年は融通が利かないんですよね」
「いや、なんてことない。ちょっとしたことなんじゃがな」
「今からできることですか?」
「うむ。ちょっとてっちゃんが屈んでくれればよい」
「そんなことでいいんです?じゃあ……どうぞ」
アシューさんの前で膝を折り、腰を曲げて両手を膝に添えてアシューさんの方を向く。
するとアシューさんは俺の方に手を伸ばして、戸惑い、そして。
「わしがあちらで自分の子供にしてやる予行演習じゃ。ありがとうな、てっちゃん」
そっと、小さな手で俺の頭を撫でた。
「よしよし。わしが帰ってからもちゃんと生活するんじゃぞ」
慈愛を込めた声色と、柔らかな眼差しで見つめてそういうアシューさんに、俺は笑顔で返した。
「アシューさんこそ、こっちでは俺に家事任せてたし、巫女長なんて地位にいたから神殿でも家事してないなんてないですよね?帰ってから自分で家事できます?」
「で、できるわいっ。まったく年寄りをおちょくるもんではないぞてっちゃん」
「それが強がりでないことを祈りますよ」
「マジじゃって。わしは休暇だからせんかっただけで神殿に戻れば家事もお務めの一環になるんじゃからな。マジじゃぞ。自分の部屋くらい綺麗にできるわ」
「まあそこまでいうなら信じますけど。……それじゃ、元気でいてくださいね」
「うむ。わしはあっちでも元気にやるぞ。てっちゃんも元気でな・そうそう、わしを滞在させたお礼がてっちゃんの口座に振り込まれるからの。ちゃんと確認するんじゃぞ。結構長くじゃが一生遊んで暮らせるほどではないから身を持ち崩すことの無いようにな」
「アシューさんうちのおふくろみたいだ」
「年の差的には曾祖母じゃぞ。まあそれはいいとして。てっちゃんと撮った写真とか、わしの書き残した作品の感想文とか全部残るからの。思い出したくなったらいつでも見返してくれりゃ」
「了解です。アシューさんも四次元ポケットに思い出の写真入れ忘れてないですね?」
「ちゃーんと持っておるわい。こっちで買った服とかもな、全部全部大切な宝物じゃ。残さず持っていくわい」
お互い、口うるさいほど確認する。
そして、とうとうお互い気が済むとお互い顔を見合わせ押し黙る。
でも、何か通じるものがあった。
同時に口を開き。
握手を交わす。
「ねえアシューさん」
「なあてっちゃん」
「「この半年楽しかったね!(のう!)」」
最後は笑顔でお別れを。
アシューさんの背後に後光が差し始める。
「じゃあなてっちゃん。半年間世話になったでな。本当にクソありがとうございました!なのじゃ!」
「そこで1ピースネタ持ってくる?俺こそ楽しかったよアシューさん。楽しい半年間をありがとう!」
もう会えない。
でも、悲しい別れではない。
お互いに楽しくて、心癒される思い出を胸に、互いの生活に戻っていく。
明日に続く温もりだけを残して。
半年間の巫女様の休暇は終わりを告げたのだった。
あれから一年が経った。
アシューさんと暮らした住居は賃貸だったので俺は社の独身寮に舞い戻り、その関係で色々、処分しなければいけないものもでた。(主に家具類だ)
でも、アシューさんとの思い出は一つも捨てられなかった。
写真類のようなかさばらないものから、結構かさばるログインできないアカウントが残るデスクトップのPCも、狭い部屋の中に残してある。
アシューさんの残したデータの、俺に見せるための物は外付けハードディスクドライブにまとめてあった。
だからアシューさんのアカウントで閲覧すべきデータ(お気に入りなど)が入っているデスクトップは残していてもしかたないのだが。
モニターとPCの組み合わせを見ていると、その前で笑っていたアシューさんを思い出す。
そんな感傷の為に残している。
アシューさんの説明だと、アシューさんとの思い出の品は「親戚の物」っていえばすぐ信じてもらえるように補正が働くそうだ。
まさに至れり尽くせり。
だから、俺はアシューさんとの思い出を部屋に残したまま、そろそろ彼女でも作ろうかなと考えてる。
アシューさんと約束したもんな。
ちゃんと生活していくって。
人生を前向きにするアルバムに思い出を追加して、俺は生きていくのだった。
あ、アシューさんのその後は分からない。
でも、きっとのんびりやってるんじゃないかな。
なにせアシューさんは超人なんだし、身分も、お金もある人だ。
そもそもそんなものなくても賢い人だ、きっとなにがあっても上手くやる。
そう信じてる。
書き始めたのは10年以上前だったと思います。
でも最近ようやく纏めよう!っていう気力が沸き上がって何とかまとめました。
露骨に途中からのじゃロリの描写に差があるのはそういう理由からです。
貴方にのじゃロリの導きがあらんことを。